互国響動 12



 グウェンダルの城から戻って数日。
 テッドの様子を時折見に行きながら、と共に多くの勉強に身を浸していた。
 付けペンを紙から離し、は窓の外を見る。
「……?」
 ふいに首を傾げたを見て、向かいに座っていたが肩眉を上げる。
「どうしたんだ?」
「…………ううん、たぶん、なんでもない」
 言って、はまた紙に目を落とした。



 急に天気が悪くなった。
 乾いた空気を纏う風が、そこかしこに流れている。
「……妙な天気だな」
 呟き、コンラッドは兵士宿舎からの帰り道を、時折通る召使に挨拶をしながら歩いていた。
 を呼び出した庭の横を通った時に、急に強い風が吹き込んできて目を細めた。
 不自然な風だ。
 まるで、発生源が直ぐ側にあるような。
 風が身を切る錯覚さえ起こす。
 目を瞑らざるを得ない程の一風が吹いた。
 それを境に、一切の風が霧散する。
 不思議に思いながら、コンラッドは目を開いた。
 視線の先――が現れたその場所に、少年が立っていた。
 薄茶色の髪、同色の目。
 着ている服は見た事のない雰囲気のもの。
 少年は乱れたらしい髪を乱雑に撫でつけ、周囲を見回した後、コンラッドに目線を向けた。
「――城の者ではないな?」
 コンラッドは剣の柄に手をかけながら問う。
 の現れ方を思えば、きっとこの少年もの知り合いだろうが、何も聞かぬままに警戒を解く訳にはいかない。
 ここは血盟城。魔王の御所だからだ。
 少年はひどく不機嫌そうな顔をして、腕を組む。
「……城か。あんた、ここの人?」
「そうだ」
ってのがいるだろ? 案内してよ」
 自身の紹介を全くしないという、初対面相手に素晴らしく不遜な態度。
 ある意味、ヴォルフラムに似通った所があるかも知れないと、コンラッドは知らず苦笑した。
 、2人の知り合いだからといって、警戒を解くべきではないが、悪意は感じられない。
 コンラッドは頷いた。
「その前に教えてもらう。君は何者だ?」
「僕はルック。紋章師」
「武器を持っているのなら、出してくれ」
 彼は眉をひそめた。
「持っているように見えの? あんたには」
「表面上はないが、隠しているなら出してくれ、という意味だ」
「ない。さっさと案内してよ。ただでさえ面倒くさい事させられて、疲れてるんだからさ」
 軽く手を振るルック。
 コンラッドは、確かに彼が武器を携帯していないか注意深く視、後、背を向けた。
「こっちへ」
 片手は剣の柄に軽く添えたまま、コンラッドは少年を先導し始めた。


 ユーリはギュンターの歴史の勉強を終えた後、ヴォルフラムと一緒にの部屋へと入っていた。
 今日はと一緒に居て、彼女の部屋で勉強している。
 ヴォルフラムはというと、そんな2人の横で暢気にお茶など楽しんでいたりする。
 勉強している人の横で茶。ある意味根性がいる。
「……ごめんヴォルフラム。ちょっといい?」
「なんだ
「ここの文字が読めないの。武……」
 本を示しながら言う。向かいにいるヴォルフラムは身を乗り出し、「ああ」と納得した。
「武豪王。22代目の王の通称だ。その手前は分かるか?」
「ええと、好戦王だよね」
 満足げに頷き、ヴォルフラムは佇まいを直した。
 ユーリは横からの読んでいる本を見て、うわ、と声を出す。
 ――おれなら、見るだけで直ぐに嫌になりそうなほどの字の羅列だ。
 の本の表紙には、のそれよりもっと難しそうな表題がついている。
 正直、今の自分には読めないだろうと、ユーリは思う。
 もう少し煮詰めて勉強をした方がいいのだろうなあ、と思っていると、扉が軽くノックされた。
「失礼、。ルックという少年が――」
「ルックだって!?」
 物凄く驚き、2人は慌てたように立ち上がる。
 それと同時に、コンラッドの横から少年が現れ、室内へ入って来た。
 ユーリの口から、思わず「うわ」という言葉が出た。
 眞魔国に来て、大勢の美形やら美少年やらを見て、大分慣れてきたと思っていた。
 だが、入って来た少年はヴォルフラムばりに美形だった。
 の世界も、美形ばかりなのだろうかと訝るほどに。
 唖然としているユーリを他所に、彼はの前で腕組みをし、子供を叱る母親の如き溜息をついた。
 は彼を窺うように見る。
「ルック、もしかしてレックナート様の言いつけで?」
「その通り。まったく……面倒なことさせないで欲しいんだけど?」
 じろりと彼女を睨みつけるルックに、は苦笑するばかり。
、あんたが居ながら、なんでさっさと帰ってこないのさ」
「それにはまあ、事情があるんだよ。ちゃんと説明するから――」
「おい」
 会話に割って入ったのは、金髪美少年のヴォルフラム。
 ツカツカとルックに歩み寄ると、不信の目で彼を見た。
「お前、なにを勝手に入って来ているんだ!」
 ヴォルフラムの初期ステータス、初対面には怒る、の効果発動だ。
 ルックは、形のいい眉をひそめてヴォルフラムを睨む。
 美少年VS美少年。
「あんた、目、付いてる? 今そこの男に連れて来られたんだけど、見えなかったわけ? 彼が僕をここに連れてきた時点で、入っていいと言ってるようなものだよ。許可なんて必要ないと知れたものだけど」
「なっ……」
「金髪と同じくらい頭の中も明るいなら、まあしょうがないね」
 綺麗な顔をして物凄い毒舌だ。
 眞魔国の面々では、追随できないだろうと思われるほどの毒舌。
 あの綺麗な顔で言われると、効果倍増。
 絶対に言われたくないとユーリは思う。
 怒りに震えるヴォルフラムを完全無視し、ルックの視線がユーリに向く。
 鋭いという訳ではないのに、グウェンダルに睨まれたような感覚に陥る。
 上から下まで、まさに舐められるように見られ、ユーリは引き攣り笑みだ。
「……もしかしてそこの子供が、を連れた魔力の元?」
「お、おれ? いや、おれっていうか……」
「ふぅん……」
 さして興味がなさそうなルックは、ユーリの弁解などいらないとばかりに、を見た。
 は苦笑する。
「分かった、説明するよ」


 説明される事柄を聞きながら、ルックは呆れ、深く溜息をついた。
「……つまり、その魔王と『テッド』のせいでってわけ」
「平たく言えばね」
 が片手を上げて言う。
「ふざけてるね」
 まさにふざけた話だ。
 勝手にを連れてきた魔王もだが、その状況を引き起こしたともいえる、テッドもふざけている。
 巻き込まれた側のが、肩をすくめた。
「ごめんね」
「なんであんたが謝るのさ」
 謝る必要なんてないだろと言うと、は苦笑した。
 ――全く。彼女はよくよく、色んな事に巻き込まれるよ。
 世界間を越えてまで。
「さっさと帰りたいけど、それも今は無理って話なわけね。どうせ君ら、僕に協力しろっていうんだろ」
「ご名答」
。君は少し、僕に対して遠慮してくれてもいいと思うけど?」
「それはどうも。だが、前回の戦乱の貸しもあるしね……遠慮は不要かな、と」
 それを言われると、さすがに詰まる。
 ルックは、自分の真の紋章を壊すために、国を戦争状態に陥れた。
 人生を閉じようとしていた所を、に――半ばムリヤリ救われた。
 からすれば、貸しといえば、貸しだ。
 ルックは頭を振り、なんだか話が見えないでいるユーリを見た。
「魔王とやら。……あんたが、魔王だよね」
「あ、ああ……人間だけど、魔王やってます」
 ペコリと頭を下げるユーリ。
 ――と同じ雰囲気があるな、こいつ。
「……まあとにかく、そういう事だから、僕の部屋を用意しておいてよ」
「は、あ……ああ、勿論」
「ユーリ!」
 ヴォルフラムがユーリを咎めて胸倉を掴む。
 コンラッドは手を上下させ、抑えるように言うが、余り効果はないようだ。
 ルックは騒ぎ立てるヴォルフラムを見て、目を細める。
「キャンキャン五月蝿い犬だね」
「……き、貴様っ!」

 様子を見ていたは、同時に思った。
 ――ルックとヴォルフラムは、犬猿の仲だと。



ルックとヴォルフは、折り合いが悪いと思うんですよ…性格上。
2007・4・6