甘味なし
乱闘が終わった後の談話室。
マルスはティーカップに口をつけ、ふと、正面で同じくお茶を口にしている少女に訊ねる。
「ねえ、マリアはゼルダの親戚なんだろう?」
「うん、そうだよ」
「ということは、王族として名を連ねている?」
マリアは少し考え、
「……多分。でもうちの両親はハイラル王家に取り入ろうとしてるタイプだったし、親戚ってもたかがしれてるよ」
物凄くどうでもよさそうに言う。
まあ、マリアの返答を見る限り、真実どうでもいいのだろう。
血筋だの、立ち位置だのは。
「遠縁にしては、ずいぶんゼルダと仲が良いみたいだけど」
「小さい頃から、ちょくちょく遊んでたしね」
ゼルダの回りには、マリアよりも貴族らしい少年少女がたくさんいた。
彼女はそれらの子たちよりも、マリアに安心感や親近感を覚えていた。
だから彼女がハイラル王女になった今でも、友達として接することを許されているのだが。
「そういえばマルスは王子なんだよね。本当なら、私なんか会話もできない存在なわけだ」
マルスは苦笑し、手にしていたカップをソーサーに置く。
「なんでだい? 君だって貴族だろ」
「元、がつくよ」
今はただゼルダを友達に持つ、トアル村のしがない住民だと笑うマリア。
トアル村。
リンクの村でもあり、マリアの村でもあるそこは、自然と共に生きる場所らしい。
マルスはトアルに強い興味を掻き立てられはしないが、マリアの、普段の生活は見てみたいと思っている。
この乱闘者のための城は、所謂普通に生活、とは少しばかり離れている気がするし。
リンクが羨ましく思う自分に、微かな不満を覚える。
そんなマルスには気づかないマリアは、話を続けた。
「王子っていうのも大変だよねー。ゼルダもそうだけど、わからないとか知らないでは許されないこと、多いでしょ」
「まあ……」
「私には絶対に無理だなあ。物凄く自分本位だし」
「絶対に、とか言わないでよ。僕が君と一緒になりたいって言ったら、どうするの」
マリアはぱちぱちと目を瞬き、それから笑った。
何をバカな、と言いたげに。
「マルスはそんなこと、言わないでしょ」
「……なんで?」
「王子ってのは、節度を守るって認識なんだけど。違う?」
一般的には、それで間違っていないとは思う。
ただマルスは、一般的、ではない。恐らく。
マルスは指先でティーカップの縁をなぞりながら、自覚できる精一杯の、所謂かっこいいと言われる笑顔を向けた。
「僕はマリアが好きなんだけど、知ってた?」
マリアの動きが止まる。
しげしげとマルスを見つめる顔に、赤みは全くない。
欠片も動揺しない彼女。なんて面白いんだろう、この人は。
「付き合おうよ、マリア」
「ダメ」
「どうして? 王子が相手じゃ嫌かい?」
「というより、付き合うほどあなたを知らない」
「付き合いながら、相手を知るって手もあるんじゃないかな」
「無理。ちゃんと好きじゃないのにお付き合いとか、ほんと無理」 不器用だからと失笑するマリアを見ながら、マルスは肩をすくめる。
「じゃあ、仕方ないね。お互いをより知ることから始めようか」
「例えば?」
「こういうのはどうかな。明日、僕と二人で遠乗りに行く」
馬ならあるしね。
「あ、それいい!」
マルスの提案を、マリアはあっさり受け入れた。
楽しみにしていると微笑むマリアに、少しは警戒しなよと言いたくなる。
あまりに無防備だと、襲えなくなるから……とは口にしなかったけれど。
「まずはお友達から……ってとこかな」
苦労が多いほど、手に入れた時の喜びは大きい。
マルスは微かに口端を上げて笑んだ。