甘くもなく明るくもないですが、4蛇です。
ソファに座って煙草をふかしている彼の背中は、ほんの少し丸まっていた。
時々むせながらも、決して止めようとしない。
すっかり白くなった髪。
放つ気配も小さくなった。
マリアはファイルを手にしたまま、どっかと彼の隣に座る。
スネークは咎めるようにこちらを見た。
煙草を吸っているから近付くな、の意。
わざとらしくファイルを広げ、綺麗に無視してやる。
気にしてくれるなら、止めればいいんだ。
じろりと睨めば、彼は肩をすくめる。煙草を持つ手はそのまま。
火を消す気がないのは、今に始まったことではない。
紫煙を吐き出し、小さく咳をこぼす。マリアはため息をついた。
「咳き込んでまで吸うの?」
「老い先短い身だからな」
好きにさせてもらうと無感情に言う彼。
マリアは軽く口唇を噛んだ。
スネークは後頭部を掻く。
「……すまん。お前を責めているわけじゃない」
「わかってるから、謝らないで」
マリアには、スネークの老化を止める特異な細胞が在った。
以前に彼に投与したそれは、しかし機能しなかった。
対処しきれなかったのか、別の要因でか、スネークは急激に老化した。
彼は自分の体が老いて行くにつれて、他人に触れられるのを拒むようになった。
マリアははっきりと拒まれたことはないが、無言の中にある雰囲気は雄弁だった。
だからわざと、側にいるようにしている。
嫌がらせではない。
ただ、距離を取られるのが耐えられないだけだ。
「マリア、検査結果はいつ」
「今週中には出るって、オタコンが」
「そうか。死神との距離が遠ければいいが」
吐き出された紫煙が舞う。
マリアはファイルを閉じ、それを机に放り出すと、彼の膝に頭を乗せた。
慌てて煙草をもみ消す彼が、なんだか面白い。
「危ないだろうが」
「うん、ごめんなさい」
微笑みながら謝る。彼は深いため息をついて、マリアの額にかかった髪をよける。
仕方のない奴だという顔で。
「先のない男に関わっている暇があったら、いい男でも探せ」
「オタコンとか?」
「お前な……視野を広げろ。選択の幅が狭すぎるぞ」
「スネークのおかげで、随分と世界は開けたけどね」
でも、他の誰かなんて必要ないの。
言えば彼は渋い顔をする。
「マリア、現実を見ろ。俺は」
「見てるよ。ちゃんと見てる。理解してる。分かってないのはスネークの方」
スネークは肩眉を上げた。
「俺の方だと?」
「そう。私はスネークが好きだって分かってない」
「……俺は老いた。釣り合わん」
「それは老化前から、散々人に言われてるし」
「……それはそうだが」
「今さらだし。他の人を好きになれる段階なんか、とっくに通りすぎたみたいだもの」
まさか、外見を全く気にしない程だとは。自分でも驚いた位だ。 スネーク自身が言う通り、彼は老いた。
出来ることなら、別の人を好きになるべきだ。そうしようとしたけれど。――出来なかった。
若かろうが年だろうが、スネークはスネーク。
触れて、触れられて、嬉しいのは彼だけだから。
「迷惑だったらゴメンね」
「ああ、迷惑だ」
マリアはびくりと体を振るわせる。
恐る恐るスネークの目を覗くと、
「どうあっても、お前の元へ帰らないといけない気になる」
彼は笑っていた。
以前と変わらない、少し悪戯っぽい笑み。
「うん、ちゃんと戻って来てね」
「全く……敵わんなお前には」
スネークの口唇が、マリアのそれに重なる。
マリアは瞳を閉じて受け入れた。
姿が変わっても、貴方は貴方。 だから側にいる。たとえ終わりが来るとしても。