完璧にお遊びです。
ありえん話ですけど、深くは気にせずに!
大学生成歩堂と、ニットと夢主な話。
21歳+33歳+28歳
みぬきのパンツは小宇宙だし、大魔術師としての素質が備わっていることは、重々承知している。
けど、綾里家の霊媒なんかで相当に鍛えられたぼくですら、今回のこれには驚かざるを得ない。
というか正直に言おう。
――悪夢だ。
「あ、あの……ぼくに何か?」
「…………いや」
「そうですか? ……そっちの子、なんか目が落ちそうなぐらい驚いてますけど」
ぼくの隣に立っているまりあは、口許を押さえて驚愕に目を見開いている。
当たり前だ。
だって、ぼく達の目の前にいるのは、明らかにぼくだったんだ。
しかも若い。
目に優しくないピンク色のセーター。
そのど真ん中にハートが描かれていて、更にRYUという名前が入っている。
これを着ているということは、21歳のはずで、しかも例の事件に巻き込まれる前だ。
何も知らない、弁護士を目指している勇盟大学の学生。……成歩堂龍一。
「あの……失礼ですが、成歩堂龍一……さん、ですよね?」
恐る恐るまりあが訊ねる。
彼は目を瞬き、怪訝な顔をした。
「ぼくの事を知ってるの? 同じ学部?」
「い、いえ、そういう訳では」
まりあはどうしていいのか分からないらしく、胸元に手をやり、小さく唸る。
「えっと、う……噂で……その」
『大学生』は品定めをするようにまりあを見つめる。
かと思うと、いきなり照れたような――弛緩しきってるな――顔になり、
「キミ、もしかしてぼくのファン? やだなあ、困るなあ。ぼくには既にウンメイのヒトが」
猛烈に殴りたくなるような発言をし出した。
まりあはぼくが気になるのか、ちらちらこちらを見てくる。
気分は分かるよ。
苛ついてないかの確認なんだろう?
安心していいよまりあ。
しっかり苛々してるから。
ぼくの表情にも雰囲気にも全く意を介していない『ぼく』は、完全にまりあをファンか何かと勘違いしている。
……痛々し過ぎる。
かつてのぼくは、こんなに自意識過剰だっただろうか。
ひきつり笑いのまりあにも、苛立たしさで棘立った雰囲気のぼくにも気づかず、『ぼく』はひどく饒舌だ。
「これから、ちぃちゃんとお昼ご飯を食べるんだ。ちぃちゃんは小さくて可愛くて服なんか何を着ても似合って可愛くていつも『リュウちゃん』てぼくを呼んでくれて可愛くてこのセーターもちぃちゃんが編んでくれて」
……ぼくは、こんな奇妙な生き物だったのだろうか。
何回『可愛い』と『ちぃちゃん』を繰り返せば気が済むんだ。
「……最悪だ」
思わず呟く。
まりあは明らかに腰が引けていた。
当たり前だ。ぼくでも引く。
「だからね、君がいくらぼくを好きでも、付き合ってあげられないんだ」
「は、はぁ……」
「ぼくはちぃちゃんをおヨメさんにして、二人で毎日ラブラブに過ごすんだ」
「そ、それは凄いですね……」
『ぼく』は嬉しそうに何度も頷く。
「会ってみたい? でも君、ちぃちゃんに会ったらショック受けると思うな! 君じゃあちぃちゃんに敵わないよ。君なんかよりちぃちゃんの方が、ずぅ〜〜っとカワイイからね!」
つらつらと、恐ろしく聞き捨てならない言葉が、『ぼく』の口から発せられた。
ぼくは彼の前に立つと、
「な、なんですかアナタ」
気勢を削がれた『ぼく』を真っ直ぐに見る。
「君ね、その発言をきっと後悔するよ」
「え?」
「この女性(ひと)は可愛くて優しくてついでに我慢強い。君の今の恋人なんかより、ずっと魅力的だ」
「りゅ……いや、なる……も駄目だ。ええと……もう!」
まりあが僕のパーカーの裾を引く。
薄色に染まった頬にキスしたくなるけど、『ぼく』の怒声に阻まれた。ウザったいな。
「な、なんだよ! ちぃちゃんの事を知りもしないくせに!」
知ってるんだよ、残念ながら。
君なんかよりずっとよく、ね。
「君だってこのヒトを知らないだろう。……まぁ、いずれ謝ることだね、君の出会う『親戚』に」
「意味が分からないこと言うなよ! ちぃちゃんは……く……うわああぁん! ちぃちゃあああああん!」
「あっ」
反論しようとしはしたものの、ぼくの視線に抗えなかったのか、彼は泣きながらこの場を後にしてしまった。
……やれやれ。
「ちょっ、龍一さん、いいの?」
「何が」
「だ、だから……」
「33歳のぼくが21歳のぼくを泣かせたことなら、気にしなくていいんじゃないかな」
これで、何が変わるわけでもないだろうし。
強いて言えば、彼がまりあに会ったときに、ぼくとは違う反応をするだろう、ということぐらいのはずだ。
「いくら過去のぼくでも、君を馬鹿にするなんて許しがたいからね」
「……それにしてもさあ……改めて見ると、凄いね、『なるほど君』は」
「ぼくを見ながら言わないでくれるかな」
自分でも、同一人物だと思いたくない。
まりあは彼の立ち去った方向――勇盟大学の食堂の方だったかな――を見、軽く息を吐いた。
「それで、この訳の分からない状態から、どうやって抜け出そう?」
そう。それが問題だ。
「携帯で連絡してみようか。みぬきの大魔術で来たんだし」
「……みぬきちゃん、ここに私たちを飛ばして何がしたかったのかな」
「案外、面白みだけじゃないかな」
ぼくの娘だし。
言いつつ、ポケットに突っ込んであった携帯を手にとり、事務所の番号をコールした。