「。どうしても行かなくちゃいけないのか?」 尋ねた先のは、愛馬のに鞍をつけている。 荷物を載せて、それからやっとリンクの方を向いた。 「どうしても、という訳ではないけどね」 例えば君がいなくなったら 事の始まりは、久方ぶりに届いたゼルダの手紙だった。 彼女らしい繊細かつ美麗な文字。 その文面は、に至急、ハイラル城へ戻って欲しいというものだった。 理由は書かれていない。ただそれを読んだ時に過ぎった不安が、を行動に駆り立てた。 自分の畑と家をイリアとリンクに任せ、ダークには即急に事の次第を告げ、その日の午後には旅立ちの準備を済ませていた。 はリンクの愛馬、エポナとの別れを惜しんでか、なかなか離れようとしない。 自分の漠然とした予感で、仲のいい2頭を引き離すのは悪いとは思うが。 外套を纏い、下ろしていた髪をひとつに括る。 弓を身に着けてから、後ろにいるリンクに向き直った。 彼はなんとも言えぬ複雑そうな顔をしている。 腰に手を当てて軽く背を曲げ、子供がいじけている時のように、足先で土を掻いていた。 「リンク」 「……引き止めたら、困る、よな?」 「困るよ。行きたくなくなっちゃうから」 だから、引き止めないでくれと言外に伝える。 ダークは引き止めなかった。 ただ、面倒に巻き込まれる前に帰って来い、とだけ。 今もハイラル王家への献上物を作っていて見送りにも来ない。 それはとても彼らしいような気がした。 イリアからは「どうして」とか「行かないで」と散々言われたが、最終的に無事に戻ってくる、という約束をして開放してもらった。 今この場に彼女がいないのは、当人がここにいたら出発がより延びてしまうだろうという、彼女なりの気遣いでだ。 そんな訳で、見送りはリンクとエポナだけ。 「、また婚約者が増えたとか、そういうことではないよな」 「まさか! そんなのじゃないよ。ただゼルダの召喚には極力応えようと思ってるだけで」 「ハイラル王女だからか?」 「ううん、大事な友達だから」 彼女がいなければ、今の自分はここにはいなかった。 貴族社会というものに『自己』は折られて、今の『』はいなかった。 そう思うからこそ、ゼルダの望むことを、自分のできる範囲では叶えたい。 「すぐ戻ってこれるよ、多分。前回みたいに誰かを待つんじゃないと思うし」 「呼び出された理由は判らないんだろ」 「それはそうだけど。……まあ、ゼルダにも色々あるからさ」 そうやって言葉を濁す。 リンクは深くため息をついた。 す、と彼の指先が伸びてきて、今や体の一部ともいえる、リンクから貰った青いピアスに触れた。 「無理はしないこと。何かあったら、すぐに手紙を出すこと。……危ない目には遭わないこと」 「最後のは、私の一存ではどうしようもないけど、尽力する」 くすくす笑う。リンクも引き結んだままだった口角を緩める。 最後の別れでもあるまいし、厳しい顔つきのリンクを見て、ここを立ち去りたくなかったから、笑ってくれてほっとした。 耳朶から頬に触れる彼の手を振り切るように、はに騎乗する。 瞳を閉じ、トアルの風を胸いっぱいに吸い込んだ。 「――行ってきます!」 「ああ、気をつけて」 手を振るリンクを背に、はを走らせた。 ゼルダのいる、ハイラル城へ。 の不安は、不幸にも正しいものだった。 彼女がハイラル城へ到着して数日後、得体の知れない黒い軍団に城は侵された。 抵抗しなかったわけではない。 ハイラル城兵士も、その場にいた勇敢な貴族たちも戦った。 ゼルダも己の魔法の力と剣を駆使して挑んだし、も弓で応戦した。 けれども、侵略者たる何者かは幾ら倒してもきりがなく、まさにどこからか湧いて出てくるかのようで。 戦いつかれて疲弊し、兵士の数も相当数が減った頃。 王座の間にまで後退したゼルダの前に、侵略者の頭らしき者が現れ、問うた。 降伏か。 ハイラル全土の死か。 はゼルダがどちらを選ぶか理解していた。 そして彼女は選んだ。一国を治める者として、ひとつの答えを。 ゼルダの手から、剣がこぼれ落ちる。 同時には弓を下ろした。 瞬間、世界の全てが塗り替えられる。 恐ろしく濃度の濃い何かが、自分の中を浸食して行く気がした。 側に立っていたゼルダが悲鳴を上げた。の腕を掴み、何事かを伝えようとしている。 急速に狭まっていく視界の中、は小さく息を吐き出す。 ――リンク、ごめん。 ひどく冷たい呼気だと思った。 風が、恐ろしく冷えたような気がした。 牧場から帰ろうと、エポナの手綱を引いていたリンクは 「――――?」 ハイラル城にいるはずの隣人の名を呟く。 ほんの微かな間、リンクの体を不安と恐怖が這って行った。 足を止めたリンクに、エポナがどうかしたのかと言わんばかりに嘶くも、別段何事かが起こったようには見られない。 リンクは首を振り、また歩き出した。 意味もわからない恐れを、心の端に残したまま。 2014・2・16 |