痛む場所にキスを



「あだっ!」
 ごちこん、と手酷い音がした。
 は思い切りぶつけた額を手で摩りながら、今しがた自分を攻撃してきた飯ごうを睨みつける。
 とはいえ、別にその物が意思を持って危害を加えてきたわけではない。
 上棚に適当に突っ込んでいた物が、戸を開いた途端、落ちてきただけだ。
 整頓して入れておかなかった自分のせい。
 フライパンでなかったのが、せめてもの救いかも知れない。
 だが、文句のひとつも言いたくなるのは、人の性というものだろうか。
 は床に転がった飯ごうをきちんと元に戻し、弁当用の器を取り出した。



 数名の村人と声を交わしながら、目的の場所に着く。
 扉からひょこんと顔を出すと、中から溢れた熱気がの顔を打った。
 思わず表情を歪める。
 鍛冶場が稼動している時の熱気は、周囲のそれとは比べ物にならない。
 この場だけは常に夏だ。
「よう。ダークに用事か?」
 側近くの水場で手を洗っていたモイが、に気づいて問う。
 こくりと頷くと同時に、奥からダークが出てきた。

「お昼持ってきたよ。まだ作業終わってないなら――」
「いや、少し休憩する。モイ、いいだろう?」
「構わんよ。2人で行ってくるといい」
 ダークはタオルで乱暴に汗を拭うと、の横をすり抜けて表へ出た。
 もそれを追う。

 彼は鍛冶場の近くにある川辺の畔に腰を下ろし、大きく息を吐いた。
 外気を吸い入れ、体に溜まった熱を放っているようだとは思う。
 熱された空気の中に居続けた彼の体からは、急速に汗が引っ込んでいっているだろう。
 水浴びでもしてのんびりしたい所なのだろうが、残念ながら彼は食事を済ませたらまた仕事で鍛冶場ごもりだ。
 はダークに持ってきた弁当を渡す。
 それから水筒の中のお茶を、これまた持ってきていた2つのカップにそれぞれ注いだ。
 ダークは包みを開き、微かに微笑む。
「ちょっと奮発したか?」
「そうでもないと思うけど」
 言いながら、は自分の分の弁当を開く。
 彼に渡したのと同じ、ハイラル湖で獲れた魚と野菜などのサンドイッチを手に取り、ぱくりと食べる。
 ダークも同じように口にした。
「ん、うまい」
「よかった」
「しかし、ハイラル湖にまで行ってきたわけではないだろう?」
「行商人さんが来てたから」
 なるほどなと納得しながら、ダークがひとくち食べる。
 はお茶でノドを湿らせ、リンクとイリアがいるであろう牧場の方を見やった。
「リンクのお弁当はイリアに持って行って貰ったんだけど……気に入ってくれるかな」
「さあな。まあアイツは、お前の作った物なら文句など言わないだろう」
「不味いものは不味いと言うと思う」
「オレ美味いと思う。だからあいつも大丈夫だろう」
 変な安心のさせ方だ。ダークらしいといえば、らしい。
 リンクとイリアが一緒にいると、彼は殊更のことを気にする。
 の気持ちを汲んでいて、けれども大っぴらに、何かを手助けするようなことはない。
 その間柄が心地いいのは確かだ。
「ダークは今、何を作ってるの?」
「モイの、ハイラル王家への献上品を作る手伝いだ。かなり上等な剣だぞ」
 ハイラル城に納められるだけあって、素材も高質なものばかりのようだ。
 ダークは元々――というか彼は現在進行形でハイラル貴族のはずで、その彼が王家のために剣を作っているなど、誰に想像がつくだろう。
 考えてみると、ダークも自分に負けず劣らず自由奔放だ。
 婚約者に会いに行く、という理由で全てを容認されているのだろうか。
「そういえば、私とダークって婚約破棄した……よね?」
「してないな。友達からという話で、その辺はうやむやになっているはずだ」
 は軽くため息をつく。
 彼にはリンクのことで、あれこれと迷惑をかけているのに。
 こちらからは何も返せないのに、それでも側に居てくれる存在がいるというのは、とてもありがたいことだ。
「……、お前どうしたんだ、額が赤くなっているが」
 ふいにダークの手が、額に触れた。
 そこは確か、ダークたちの弁当を作ろうとした時、頭上から飯ごうの攻撃を食らった場所だ。
 まだ赤いのか。
「適当に突っ込んだ食器が落ちてきて、当たったってだけだよ」
「少しは整理整頓するんだな」
「結構、ダークって几帳面だよね」
 くすくす笑う。ダークは口端を上げ、つぅ、とに近づく。
 額に柔らかな感触があった。
 驚いてぐいぐいダークの服を引いた。
 こちらを見つめてくる彼の目線は、どこか悪戯っぽくあって。
「な、なにしてんの」
「まじないだ。痛みがなくなるように」
「痛くなんてなかったよ……」
「じゃあ、赤みが引くように、だな」
 今の貴方の行動で、額じゃなくて頬に紅が差した気がするよ。
 ダークは軽く鼻を鳴らし、元の位置に戻った。
「お前はリンクばかり見ているからな。たまには、オレも見ろ」
「見てるよ、ちゃんと」
「今よりもちゃんとだ。最近は婚約者というより、家族の枠に括られてるからな」
「それはリンクに対しても同じだと思うけど……」
 彼は深々とため息をつき、の髪をぐしゃりと撫でる。
 仕方のない女だ、とでも言いた気だった。
「そういうお前に惚れたのはオレだ。……まあ、選ばれずとも離れるつもりはないからな、そこのところは覚えておけ」
「う? うん……」







水筒を竹筒と表現したほうがいいのか。フライパンではない表現にしたほうがいいのか。
あれこれ悩んだ結果、どっちつかずになってしまった


2013・12・23