大人気なくても



 風が、周囲の森の香を運んでくる。
 そよぐそれに心地よさを感じながら、は家の出入り口にある階段の前に座っていた。
 その背中側には、ダークがいる。
 互いに互いが寄りかかっている姿は、リンクが見たら文句のひとつでも言うだろうけれど、生憎と彼はここにはいなかった。
 ファドやイリアと一緒に、牧場で仕事をしているはずだ。
「ダーク、ちょっと重たい」
「ああ、そうか。悪いな」
 背中に重みを感じながら、は少しだけ前のめりになって、近くに置いてある紅茶を手に取る。
 蜂蜜とミルクが入った、甘い紅茶。
 疲れたときには抜群の効果を発揮する。
 ダークが片手にしているそれは、
「……ダークってば、なんでくっついてるの」
「今日は邪魔者がいないからな」
 彼の言っている邪魔者が誰かを理解して、は苦笑した。
「そういえば、今日は仕事どうしたの」
「彫金の設計が決まらないから、親方共々休業中だ」
「設計?」
「ああ。剣の彫り物。やたらと美術に煩い野郎の発注なんだ」
 背面のダークが、不愉快だといったため息をつく。
 互いに逆を向いているから表情は見えないが、眉根を寄せていることは想像に難くない。
「刃全体に見事な彫り物をしろ。だが剣としても逸品であれ。……馬鹿かと言いたくなる」
「全部に彫り物ねえ……」
「刃の均衡を考えない愚か者の発言だ。……観賞用にしかならんに決まっている」
 ダークは剣などの武器に関しては、相当実用重視だ。
 見栄えばかりを気にして、いざという時のことを考えない輩が気に食わないのだろう。
 特に、相手が貴族だと。
 は甘い紅茶を飲み干し、はふ、と息を吐く。
「ねえダーク。ハイラルに戻らないの?」
「お前がここにいる。戻る理由がない」
 よくもここまで好かれたものだと思う。
 どう見ても、彼はモテるのに、どうして自分に固執するのかが分からない。
 好きだといわれる理由が、全く見当たらない。
 彼の気持ちを疑っている訳ではないのだけれど。
 ――しかも私がリンクを好きだって、知ってるのになあ。
 ダークの気持ちに応えるということは、リンクへの気持ちを忘れるということだ。
 少なくとも、今の自分にはムリ。
 リンクとイリアが結婚でもしてしまったら、そもそもここにいられる気さえしない。
「オレが側にいるのは、嫌か」
「ううん、ありがたいし、嬉しいと思ってるよ。……ごめんね、寄りかかっちゃって」
 今、物理的に寄りかかっているのはオレだがと静かに言われ、は軽く笑った。
 そうではなくて、精神的に、の意味だ。
「ダークの好意に甘えてる。貴方の気持ちを知っててこんな接し方してる。酷いことしてるよ、本当に……」
「構わない。嫌だと思っているなら、とっくにお前の元を離れている。それに」
「それに?」
「お前を力ずくで奪うのは、いつだって簡単にできるからな。恩を売っておくのも悪くはない」
 ――なんだか、さらりと凄いこと言ったような気がする、この人。
 は瞳を閉じ、ダークの温かさに集中する。
 普段は人を近づけさせない、よく言えば物静か、悪く言えば怖い雰囲気を持つ人。
 けれども彼は、いつだって優しいから。
 優しさが不器用すぎて、見えないこともあるけれど。
「私がダークと一緒になったら、全部が収まるのかな」
「それはないな。余計に問題が広がるだろう」
「……そうかな」
「リンクはお前を想っている。今は互いが均衡を保とうとしているから、普通、という日常に乗れているに過ぎない」
 ダークはノドの奥で笑った。
「お前少しは自覚しろ。もしお前とオレが一緒になったら、恐らくリンクはお前をさらって村を出るぞ」
 は目を瞬いて振り向く。
 彼もこちらを向いた。意地の悪い笑みを浮かべている。
「オレとあいつは似ている。姿だけでなく精神性もだ。方向性は違うが、根本にある部分は似ていると思う」
「………そう、かなあ」
「妙に真っ直ぐな分、オレより性質が悪いと思うが」
 そういうものなのかな。
 だが、リンクがそんな強硬手段に出るとは思われない。
 彼は優しくて人の気持ちを考える人だから。
 確かに、多少激昂するところもありはするけれど。

「ん?」
「オレはあいつのようには在れない。優しくもできない。いつか無理やりお前を奪うかも知れない」
 ダークの紅い瞳が、目の前にある。
 少し驚きはしたものの、距離を取ることはしなかった。
 これで驚いていたら彼と一緒には行動できないことを、は既に学んでいたから。
「どこかへ閉じ込めて、誰の目にも触れさせないようにするかも」
「それが、ダークの望む『私』なの? 個室におさまってる私が?」
 純粋な疑問として訊ねてみる。
 彼は瞳を細め、くすりと笑った。
「違うな」
「じゃあダークは、少なくとも私を閉じ込めたりはしないね。安心安心」
 微笑む。彼はため息をついて、
「……少しは警戒しろ」
 彼女の口唇に己のそれを重ねる。
 瞬間、の体が後ろに流れた。ダークに押し倒されたわけではない。
 肩を掴み引かれて、ダークから距離を取った形になる。
 何がなんだか分からないまま、背後の人物を見ると、
「リンク」
 不機嫌の面でダークを睨みつけるリンクがいた。
「か弱い女性を襲うなんて、男のすることじゃないなダーク」
「どこから湧いて出た」
「だれが湧いただ!」
「子供のように喚くな、同じ顔で」
「うるさい! に破廉恥なことして、何を偉そうに……っ」
「お前に言われたくないな」
 自分を間にしたまま言い合いをする2人に、はどうしたものかと困惑しながら、とりあえずリンクの手を軽く叩く。
?」
「あんまり強く掴まれると痛いよ」
「ご、ごめん! 大丈夫か?」
 うんと返事をしながら、はリンクの横に立った。
「イリアは?」
「ああ。そのイリアが焼き菓子を作ったから、食べに来ないかって」
「そっか。じゃあお招きされようかな。ダークも行こうよ」
 リンクが微妙な顔をしていることには気づかず、はダークの手を引く。
 ダークはにやりと口端を上げる。
「だとよ。あんまりガキくさいことをするな」
「……同い年の癖に」
 物凄く良くなさそうな顔をしているリンク。
 はイリアのクッキーが何かを考えながら、空になって放置されているティーカップを片付けに家の中へと戻った。
 キッチンにそれを置いて、すぐにリンクたちの所へ。
「じゃあ行こうか!」
「ああ。そうだな」
「ダーク、さり気なくの手を握るなよ」
「お前に言われる筋合いはない」
 軽い言い合いをしている2人。
 彼らが心から仲良くなる日が来るのか、甚だ疑問だとは思った。



2013・8・3