リンクがを押し倒しても、彼女の態度は変わらなかった――表面上は。 ただ、2人きりになることを避けている節がある。 このままずっと、何もしないままでいられるかも知れない。 けれど、何事もなかったかのように過ごすことなど、できはしなかった。 二人だけの場所へ 受け入れてはもらえないだろうと思っていた、遠乗りへの誘いは、リンクの予想を良い方に裏切る形になった。 はこともなげに了解し、いつ行くのかと逆に訊ねてきた。 勢いそのままに、これからはどうかと言ってみたら、それもすんなり受け入れられて。 ろくな準備もしないまま出発し、2人は今、トアル村から離れた丘で寝転がっていた。 「気持ちいいね」 「……ああ」 幾度か深呼吸を繰り返す。 リンクとは隣り合い、横になっていた。 ついこの間押し倒されたというのに、の無防備は筋金入りかも知れない。 リンクへの信用の上で成り立っている、と言えばその通りだが。 抜けるような空を見つめ、己に活を入れる。 なにも、彼女と一緒にごろごろするために、遠乗りに誘ったのではないのだから。 「なあ、」 「うん?」 「……この間のことだけど。…………本当に、ごめん」 が笑う気配がした。 「いいんだってば、本当に」 「……よくないよ。だから俺を避けてるんだろ」 避けてなどいない、という言葉は戻ってこなかった。 それは間違いなくこちらを避けているという証で、リンクは少なからず苦い思いに襲われる。 彼女の態度は当然のことだ。 半ば襲った上に、彼女が気に入っている『物』に難癖をつけ、無理やりそれを引き剥がそうとしたのだから。 ダークが作ったというの髪飾りは、傍目に見ても素晴らしいものだ。 己の勝手な解釈や理由を排除してしまえば、それは確かに彼女に似合っている。 リンクは大きく息を吸い、吐いた。 「に嫌われたくないんだ。あんな事しておいて、今またこんな事を言うのは、最低だとも思う」 彼女は何も言わず、ただリンクの言葉を待っていた。 「けど、嫌なんだ。嫌われたくない。それだけは絶対に……耐えられないんだ」 「私だって、リンクに嫌われたくないよ」 彼女はゆっくりと体を起こす。 それに倣うように、リンクも起き上がった。 こちらを見つめてくる瞳に怯えはない。 むしろ、どこか安心しているようですらあって。 「うん、ごめんねリンク。私あなたのこと確かに避けてた」 「当たり前のことさ」 「でもね、あの時も言ったけど……あなたが怖かったとかじゃないんだ」 苦笑を浮かべる。 「なんていうのかな……とても難しいことになっちゃったな、って思ったの」 「どういう意味だ?」 「最初ここに来た時は、こんな風に自分がごちゃごちゃするなんて思ってなかった。畑を耕して、牛とか山羊から牛乳とってみたりして……自分で出来ることを自分でして……そうやって、独りで生きるんだって」 「独り、で?」 そうだよと微笑む彼女の髪を、風が通り過ぎていく。 儚くて、今にも消えてしまいそうで。 リンクはの手を、そっと掴んだ。 彼女はそれを振り払ったりしないで、握り返してきてくれた。 温もりと一緒に、少しでも彼女への気持ちが伝わればいいのに。 「私、自分が貴族だなんて少しも思ってなかったから、きっと村でだって立派にやっていけると思ってた。けど……」 「は初め、村人たちにとっては『貴族』だった」 「そうなんだよね……。だからリンクが気にかけてくれて、凄く嬉しかったし、助かったの。私の恩人」 ――その『恩人』が、君を押し倒したりキスしたりしてるんだけど。 考えると、リンクは自分が相当きわどいことをしていると、改めて思う。 ダークに文句を言う前に、自分を省みた方がいいような。 などというリンクの葛藤を知らず、彼女は話を続ける。 「リンクも、勿論イリアも私の恩人だからさ、2人に幸せになって欲しいの。そう思うのに……」 「、イリアは幼馴染だ」 「知ってるよ。2人ともお互いを大事に思っていて、いずれ村で一緒になる」 もしもが現れなかったら、きっとその通りだったはずだ。 けれどもリンクは、自分の気持ちを理解している。 最初は、イリアではない年頃の女の子が側にいるから、物珍しさで錯覚しているのかも知れないと思っていた。 でも今は違う。 彼女に触れられる手を、幸せに思う。 彼女と共に歩む自分を、幸せに思う。 ――君と一緒にいたいんだ。 「」 「……凄くごちゃついてるの。自分がどうしたいのか分かんない。でも、リンクやみんなと一緒にいたいの」 こちらを見る彼女の瞳は、今にも涙に濡れそうで。 リンクは何も言えなくなる。 彼女の口唇が、微笑を浮かべた。 「ねえリンク。イリアと貴方が一緒になった世界に、私の居場所はあるのかな」 ――ああイリア。俺はきっと彼女を守るためなら、なんだって犠牲にしてしまうよ。 リンクはを抱きしめながら、地面に倒れる。 体が硬直しているところを見ると驚いているのだろうけれど、逃げ出そうともがく気配は感じられない。 「と一緒にいるよ。君が傷つかないように、独りにならないように」 「同情だったら要らない」 「そんなものじゃない。俺は君が」 「リンク!」 好きだと、言おうとしたその口は、の声によって阻まれた。 背中をきゅっと掴んでくる手が震えていて、『それ』を言わないで欲しいと如実に伝わってきて。 「私、リンクが大好きだよ。イリアも同じぐらい好き」 「…………」 「私は臆病だから。優しい空間が壊れるのが恐ろしいの。誤魔化しだって分かってても、それでもまだ……」 イリアを表立っては傷つけたくないのだと、彼女の全身が訴えていた。 それはイリアにとってもにとっても残酷だ。 自分たちの気持ちを、いつまでも見ない振りなどできるはずもないのに。 何事にも、終わりは来るのだから。 リンクは深くため息をつくと、の耳朶にそっと唇を寄せた。 「……ごめん。でも俺、きっと我慢できなくなる」 誰かを傷つけてまで欲しいものなんて、俺には縁のないものと思っていたけれど。 君との出会いが、全部を塗り替えてしまったから。 「我慢が切れちゃったら、諦めてくれよな」 ――それまでは極力頑張るよ。君のために。 2013・6・30 |