リンクはあることに気づいた。
 彼女の髪に、何かがくっついている。以前まではなかったものが。
 ――銀色の髪飾り。



隙だらけの君



 牧場の仕事が早く終わって、久方ぶりのとのお茶の時間が持てた。
 いや、茶自体はしょっちゅうしているのだが、2人きりとなると話は別で。
 最近はことあるごとにダークが一緒だった。
 昼夜問わず、リンクが会うといえばたいていはダークも一緒で、だからこういう風に、草べりで、2人だけで――というのが久方ぶりなのは間違いない。
 静かな森の泉の傍で2人きり。
 リンクの気分も上々――のはずだったのだが、実際はそうではなかった。
 の髪に着いている、銀の飾り。
 ちらりと見ただけだが、技巧の凝らされたもので、トアル村には売っていないものだ。
 彼女自身がどこからか買ってきた、という可能性もある。
 ただリンクは、が装飾品の類にあまり興味がないことを知っているから。
 ……いやな感じがした。
 隣で、両手でカップを抱えているをちらりと見、リンクは自分のお茶を一気に飲み干す。
 干渉しすぎだと文句を言われたりはしないだろう、の性格だから。
 自分を奮わせてカップを置き、思い切って聞いてみた。
、その髪飾り……綺麗だな。着けてるってことは、気に入ってるんだよな?」
「うん。髪留め、便利だしね」
「……自分で買ったのか?」
 そうであってくれと願ったのに、彼女はあっさり首を振った。
「ダークが作ってくれたの」
 リンクは目を瞬く。
 ヤツから贈られたものだと、予感はしていた。
 だが、まさか彼が作ったとは。
 じっと見つめてみると、銀のそれは、彼女の金の髪によく映えていた。
 主張しすぎず、埋没しすぎず。
 添え物としての役割を弁えているのだと、貴金属に疎いリンクでさえ分かる出来。
 宝石の類はない。細かな造詣が、宝石以上の価値を思わせる。
「あいつ……こんな凄いもの作れるんだ」
「私も驚いた。小さい時から、鍛冶技能を学んで、その傍らで色々やってたらしいけど」
 店が出せるだろう、これは。
 ダークは以外に、こんな精魂込めたものを作る気などなかろうけれど。
 驚きがやがて過ぎ去ると、今度は不快感が競りあがってきた。
 今まで彼女が大事に身に着けていたのは、リンクのピアスだけ。
 そこにダークの髪飾りが加えられたことが、少なからず不満だった。
 ちゃちな嫉妬心。
 けれど灯ってしまったものは消えてなくなってくれず、じわじわとリンクを蝕んでいく。
「オレのピアスは外したら?」
 彼女は驚いたようにリンクを見た。
 いきなり何を言い出すんだとでも言いたいのだろう。
 本当に唐突だとリンク自身も思う。
「……ダークが好きなんだろ」
 答えを恐れているくせに問いかけるなんて、愚かだ。
 の視線が突き刺さる。
「なんで、そんな風に思うの」
 リンクは答えない。
 不機嫌さを滲ませているを、感じてはいる。
 だが、嫉妬が渦巻く自分の心に引きずられ、彼女を気遣うことができない。
 ダークお手製のものを着けている。
 その事実だけが、リンクの内部を駆け巡っていた。
 返答しない彼。
 は軽く息を吐き、後、無理やりに笑顔を浮かべた。
「そろそろ戻ろうか。……疲れてるんだよ、リンク」
 腰を持ち上げようとしたの腕を、リンクは思い切り掴んで引き寄せた。
 予期していない行動に、彼女の身体はあっさり地面に横たわる。
 両腕を地に縫いとめ、リンクはを下に組み敷いていた。
 は目を丸くしている。
「……な、に」
「…………外せよ。ダークのは」
 低い声。ぎらついた目をしている自覚がある。
 こんなのは醜い。
 八つ当たりもいいところだし、まるで子供みたいだ。
 の目を見ることが出来ず、彼女の唇や胸元ばかりを見る。
 理性が、こんなのは最低だと叫ぶ。
 そう、最低だ。理解している。それでも彼女を解放してやれない。
 告白さえできない情けない自分に苛立ち、銀の装飾を嬉しそうに着けるに苛立ち。
 ――これは我侭でしかない。
 押し倒され、少なからず動揺しているの口唇が、リンクを呼んだ。
 流しきれない衝動を抱え、リンクは彼女のそれを塞ぐ。
 抵抗は、ない。
 疑問に思いながら顔を離すと、彼女は――
……」
 ひどく悲しそうな顔で、こちらを見つめていた。
 頭蓋に、一気に理性が流し込まれる。
 後悔がいっせいに襲ってきて、リンクは彼女から離れた。
「ごっ……ごめん……ごめん!」
「リンク」
 彼女はゆっくりと起き上がると、リンクの頬に優しく指先をつける。
 何かを口にしようとして、発言のないまま閉ざされ、温もりが消えた。
「……帰ろっか」
「あの、
「今のは忘れる。それでいいよね」
 いいわけがない。
 言いたいのに、今は何を口にしても裏目に出そうで、リンクは何も言えなかった。
 無言のまま片づけを済ませ、は荷物をリンクに持たせた。
「はい、持って」
「あ……ああ。……そのっ、。怖がらせて……ごめん」
「謝らないでいいよ。別に怖かったわけじゃない」
 彼女に浮かんだ笑顔は、どこか困ったようなもので。
 嫌悪感を抱かれているのではないと、リンクは思う。
 自分の手前勝手な判断かも知れないが。
「さ、行こ。エポナの面倒もみなくちゃね」
 それ以上の問答は、背中で拒否されている気がした。
 リンクはため息をつき、の後に続く。
 ――怖かったわけじゃないというのは、どういうことだろう。
 今は訊ねる術を、持たない。



2010・5・22