がっ、と音を立てて矢が板にめり込む。
 息を吐き、また1本矢を手に取ると、弦を引いて構えた。
 リンクが毎日剣術の鍛錬をするように、もまた、毎日の弓術の鍛錬を怠らない。
 彼女の真剣な表情を横目にしながら、ダーク彼女の家の軒下で、難しい顔をしていた。



以前は気にしなかったのに



 数十本打ち込みをし、やっとで肩の力を抜いたを、ダークは手招いた。
 用意してあった水筒を投げてやる。
 彼女はそれを手にし、蓋を引き抜いて中の水をノドに流し込んだ。
 額に浮いた汗をタオルで拭う様を見つめ、ダークは口端を上げる。
「色っぽいな」
 言った途端、は物凄く嫌なものを見るような顔でダークを見た。
 これがリンクに言われたのなら、きっと彼女は顔を赤らめるに違いない。
 同じ顔に対してこの違いかと思うと、腹立たしいを通り越して笑えた。
。お前はこのままでいいのか」
 彼女は何を言われているのか分からないらしく、小さく首を傾げる。
 視線でリンクの家を示してやると、合点がいったようで。
 は息を吐き、ダークの横に腰をおろした。
「なあ、
 何気ない顔をしてまた水を飲む彼女。
 ダークはため息をつく。
「……リンクとの関係、このままでいいのか」
 リンク、と名を出した瞬間、彼女の身体が微かに震えた。
 こういう所は分かりやすいのに、なぜ、自分の気持ちを素直に口にしないのだろう。
 ダークはどちらかといえば――少なくともの前では――遠慮もせず、言いたいことを言ってしまう。
 その彼にとって、想いを寄せている相手が己の気持ちを口にできないのは、ノド元に魚の骨でもつかえている気持ちになる。
 物言わぬの耳を、ダークは軽く引っ張った。
「痛い」
「お前、オレの話をちゃんと……」
「分かってるよ。でも、いいの。このままでいいの」
 綺麗な笑顔を作るは、傍から見ればなんの厭いもないようだが、真実、そうであるとは思われない。
 少なくともダークはそう思わない。
 こういうのは自分の立ち位置ではないはずなのに、つい、お節介を焼いてしまうのは、やはりを思うからなのだろう。
 彼は黒灰色の髪の中に手を入れ、がしがし掻き乱す。
「あいつの気持ちは知っているんだろう?」
「リンクの気持ちなんて、私には分からないよ」
 ――報われない男だ、あいつも。
 も本気での発言ではないだろう。それでも、そう言わせる理由がある。
 そしてダークも、それを理解していた。
 少し高い位置にあるリンクの家を見上げ、ダークは細く息を吐く。
 周囲の木々が、風でざわざわと音を立てる。
 あの家の主は、朝からずっと仕事に出かけていて不在だ。
 今頃、幼馴染と一緒に昼過ぎの茶でもしていることだろう。
 ダークが見る限り、リンクの幼馴染のイリアは、リンクを好きでいる。
 それがに二の足を踏ませていることは確実だ。
「イリアか」
「………リンク、次の村長だからねえ」
「馬鹿馬鹿しいな」
 吐き捨てるように言う。
 本当に馬鹿らしい。
 は貴族のしがらみを嫌ってこの村に来た。
 それなのに、今また、今度は村のしがらみに囚われている。
 本人もおそらく気づいているのだろうが。
「やはり、お前のことを連れて帰るか……」
「嫌だよ」
「そんなにリンクの傍にいたいのか」
 彼女の腕を取り、顔を近づける。
 まっすぐ見つめたその瞳は、すぐに逸らされた。
「違う。私は、この村が好きだから。……ただそれだけ」
「嘘をつくな。目を逸らしながら言っても、真実味がない」
 顎を掴み、こちらに向かせた。
 一瞬、泣きそうな顔になる。

「ごめん、ダーク」
「なにを謝ることがある」
 額をこつんと合わせ、瞳を閉じる。
 いっそ、本当に彼女を連れて、ハイラルの自宅へ戻ってしまおうかとダークは考えた。
 けれどそんなことをすれば、一気に嫌われる。確実に。
 そんなのは冗談ではない。
 かつては、誰に好かれようが、誰に嫌われようが、気にしたことなどなかった。
 他人は他人、自分は自分だと。
 けれど今は少しだけ変わった。
 ダークにとって大多数の人間は、以前と変わらぬ存在でしかないが――は違う。
 彼女に嫌われでもしたら、人生の楽しみが損なわれる気がしてならない。
 実際、彼女といることは楽しい。
 無体を強いて自分のものにしようと、考えたこともある。
 だが、実行したとしても、は己を見やしないだろう。
 少なくとも、今実行すべきではない。
 いつか、本気でさらおうとすることがあるかも知れないが。
「……お前のしたいようにしたらいい。お前を傷から守るなど、オレには約束できない。だが、傍にはいる。リンクの代わりだというのは、冗談ではないが」
「代わりになんてしないよ。ダークはダークだもの」
 それに、顔以外は全然似ていないのだから、代わりにしようがないと笑われた。
「ダークは優しいね」
「……始めて言われたな、優しいなどという言葉は」
 微笑む
 その耳朶にはリンクからの贈り物がある。
 彼女の心にいる男を如実に示している気になり、不快だ。
「今度、髪飾りをやる。着けてくれ」
「へ? でも悪い――」
「好意は素直に受け取れ。オレは滅多にそんな気にならないんだからな」
 決定だと強く言うと、彼女は苦笑して頷いた。


2009・8・12