トアル村の住人は、予想外にダークをあっさり受け入れた。 物静か――ある種の仏頂面――で、しかも人との接触を余り好まない男。 だが彼もまた、と同じように、およそ貴族らしくない一面を持ち合わせていた。 ――鍛冶をするのだ。気に入った物を作り己で扱う、が基本のダークは、名匠に弟子入りしたこともあるそうな。 鍛冶場で人を手伝うこともある。そのせいか、『とっつきにくいが、悪い奴ではない』と理解されている。 リンクに瓜二つだという理由も、かなり大きくあるようだが。 手を振った先 ダークが居候するようになりはしたものの、だからといってリンクの生活が極端に変わるわけではない。 毎日の仕事をこなし、剣の鍛錬をし、明日に備える。 それ自体に変わりはない。 だが、もちろん変化もある。 その最もたるものを思い返し、リンクはむかむかしながら、干草に鋤を突き刺した。 「お、おいリンク?」 「……なんでもないよ、ファド」 そんな訳がないだろう、とでも言いた気なファドの視線を無視し、リンクは黙々と仕事を進めた。 苛々しながらやったせいか、常時よりも仕事の上がりが遅かった。 おかげで昼食の時間をゆうに越えている。 「リンク、今日は随分と遅かったのね」 「イリア」 村長の家――つまりイリアの家だ――の軒下に座り込んでい彼女は、抱えていたバスケットを軽く持ち上げた。 リンクは彼女の横に座り込み、持っていた水筒に口を付ける。 イリアにバスケットを手渡され、礼を言ってそれを開いた。 几帳面に並べられたサンドイッチを手に取り、がつりと口にした。 「どう?」 「ああ、美味いよ。ありがとう」 よかったと微笑むイリア。 彼女は時折(いや、割としょっちゅうかも)こうして食事を作ってくれる。 仕事が手一杯の時は、かなりありがたい。 そんなことを思いながら食べ進めていると、割合と大きな声が聞こえてきた。 リンクはそちらを向く。 今居る場所から少し離れた斜め向かい――橋の袂に、とダークがいた。 何が面白いのか、2人は笑いあっている。 ダークもああして笑うと、よくよく自分に似ていると思う。 以外には、あんな笑顔など見せやしないが。 ぼうっとそちらを見ながら、食事を口に運ぶ。 先ほどまでは物凄く美味しかったのに、今は変に味気ない。 意識が、全く食事に向いていないからだ。 イリアがリンクの視線を追い、2人を見つける。 何の気なしに彼女は呟いた。 「ダークさん、本当にリンクにそっくりね」 「……そうだな」 「なんだか最近、ダークさんにを取られちゃった気になるわ。あの2人、いつも一緒なんだもの」 言って、イリアはつまらなさそうに息を吐く。 彼女もまた、と2人の時間を阻害されて、少なからず不満を抱いているようだった。 とはいうものの、リンクの不満よりは大分控えめだ。 何しろリンクはこうしている間にも、2人を引っぺがしたい気分に駆られているのだから。 ダークがやって来て、明らかにリンクとが一緒にいる時間が減った。 事あるごとにダークはに声をかけ、彼女も別段それを厭わない。 以前は2人で食事をしていたのに、今はダークも間に挟まる。 子供のような嫉妬だという、自覚はある。 リンクはとにかく、との時間を奪われることに、ひどい苛立ちを覚えていた。 イリアはリンクの様子には気付かず、言葉を続ける。 「あの人、の婚約者なんでしょう?」 「元、だろ」 「まあ、そうだけど。……それにしても不思議ね」 何がだとイリアに視線を向ける。 彼女はダークに目線を向けたままだ。 「リンクと雰囲気とか性格とか、凄く違う感じがするのに、に向ける視線はなんだかとても似てるわ」 「…………気のせいだろ」 似てるだなんて、冗談じゃない。 俺はあんな風に軽く『好き』だなんて言えない。 リンクは苛立ちを抑えながら、水を勢いよく飲んだ。 「……なあ。お前さ、本当にのこと、好き……なのか?」 夕食後、片づけを終えて空いた時間。 改めてリンクはダークに尋ねた。 ダークは読んでいた本から全く視線を動かず、指先で紙をめくりながら、 「お前に関係ないな」 しれっと答えた。 問う前に、態度を見てわからないのかと皮肉染みた声で言われ、リンクは口をつぐむ。 ――分かってる。ダークが本気だってことぐらいは。 ただ、そのことを認めるのが嫌なだけだ。 認めてしまったら、いつか、ダークがを攫って行きそうで。 「か……軽い気持ちなら」 「それこそ、お前の知ったことじゃない」 すぅ、とダークの視線が寄こされる。 紅彩に灯った、色に違う冷たい光に、思わず身じろぎした。 居心地が悪い。 せめてもの抵抗で睨み返してはみるものの、明らかに気合負けしている。 ダークは軽く鼻を鳴らし、また本に視線を戻した。 「告白する気もない奴に、どうこう言われたくもない。これ以上、問答不要だ」 「俺はッ……!」 告白する気がないんじゃないと、叫んでやりたかった。 かといって、ダークのようにはっきりと『好き』だと言葉に出すには、乗り越えるべきこともある。 二の足を踏むのは事実で、リンクはまたも口をつぐんだ。 自分と同じ顔、同じ姿の男のように振舞えない自分が、苛立たしい。 物言わぬリンクに、ダークは軽く舌打ちした。 「好きにしろ。オレは勝手にするさ」 ダークはそれきり、口を開かなかった。 2008・12・30 |