「……こっ、こっ、こ……こんにちは……?」
 まだ『おはようございます』の時間だとか、来客を迎えるにしては寝巻きのままで品がないだとか、そんなことは問題ではない。
 にとっての問題は、なぜ、この人がここにいるか、ということで。
 口端を上げて笑む、の隣人とは似て否なる男を見つめ、は寝癖で少しばかり飛び跳ねた髪を撫で付けた。



「友達」でも油断しないで



 一番鳥が啼く前に起き、一仕事を終えたリンクは自宅に戻ろうとして、の家の前に見慣れない馬があることに気付いた。
 来客だろうか。まだ朝早いのに。
 不思議に思いながら、自宅へのハシゴを登ろうと手に力を入れて――
「えーーーーーっ!!?」
 の大声に動きを止めた。
 なんだ、今の大声。
 ハシゴから手を離し、足をの家に向ける。
 一応来客があるという前提で、2度ノックをしてみた。
「ちょっ……ま……」
 の慌てたような声がした直後、扉が開いた。
 そこに現れた顔を見て、リンクは目を見開く。
 目の前に、鏡がある。本気でそう思った。
 だがその鏡の中にいる自分は、髪がアッシュグレーで、瞳は紅玉色。
 口端がくい、と上がり、実に生意気そうな表情を浮かべる男。
 身なりは整っていて、貴族らしき雰囲気がある。
 間違っても自分ではない。
 ――俺はこんな小生意気な顔しないぞ! たぶん!
「ふ……ん、お前がリンクか」
「…………うわ、なんか気色悪いな」
 自分がしゃべっているような気にさせられて、思わず顔をしかめた。
 男は品定めをするように、じろじろと全身を見回す。
 妙に居心地が悪い。
 何を口にすべきか分からず、言いあぐねている間に、男の後ろからが出てきた。
 彼女は急いで着替えたらしく、まだいつもの格好よりも薄着だ。
 寝癖もつきっぱなし。
「リンク、おはよう」
「おはよう……。それで、この人は」
 彼女はひどく困惑したような表情で、男を見上げる。
 男は仏頂面――というか静かに佇んでいて、自分からは口を挟まないとでも言いたげだ。
 は溜息をつく。
「とりあえず、中入って。時間ある?」
「あ、ああ……」
 リンクは非常に複雑な思いで、の家の中に足を踏み入れた。


 出されたお茶に手を付けながら、男の姿を改めて見る。
 見れば見るほど自分に似ている。
 リンクが彼に似ているのか、それとも彼がリンクに似ているのか。
 そんなのは、どちらでも構わないことだが。
「ええと……紹介するねリンク。こちらはダーク。えー……っと」
の婚約者だ」
 しれっとした顔で言うダーク。
 初対面ながら苛立ちを感じ、リンクは眉をひそめる。
「違うだろ。元、婚約者だ」
「元、ではなくするつもりなんだが」
 言って、ダークは不敵な笑みを浮かべた。
 自分の顔でそんな、悪役のような顔を浮かべてくれるなとリンクは思う。
「それで、なんの用で来たんだ、ダーク……さんは」
「『さん』は不要だ。同じ顔をしているしな。――オレがここに来る理由など、ひとつしかないだろう」
 ぐ、とに顔を近づけるダーク。
 少なからず苛立ちを感じて、リンクは男を睨む。
 普段なら、初対面の相手にこんな態度を取ったりはしない。
 ダークが自分にそっくりだからこそ、そんな対応になるのかも知れなかった。
 自分にはできないことを、彼ならば簡単にやってのける気がして。
 彼はリンクに睨まれているなど、なんとも感じていないような素振り。
 テーブルに頬杖をついて、笑った。
に会うために、ここに来た。暫く一緒に住まわしてもらおうと思っている」
「や、やっぱり本気だったの!?」
 大仰に反応したのは、リンクではなくだった。
 彼女は今まさに口を付けようとしてた木製のカップを、中途半端な位置で停止させた。
 それをテーブルに置きながら、恐る恐るダークに――再度、問う。
「今、一緒に住むって……言った?」
「ああ。何か問題でもあるのか」
「あ、あるに決まってるだろ!」
 リンクは我慢がならず、が口を開くよりも先にテーブルを叩いて、椅子から腰を上げた。
 ダークはしれっとした表情のまま、リンクに視線を移動させる。
 赤い瞳がすぅ、と細められた。
「お前の許可など、必要としていないが」
 物言いに奥歯を噛み、リンクはぎゅっと眉を寄せる。
 彼の、青い瞳が色合いを濃くした。
「誰が聞いたって、駄目だと言うに決まってるだろ! お前は男で、は女なんだぞ」
がいいと言えば、問題ないだろう」
「言うはずないだろうが!」
 がなるリンク。うるさそうに髪を、ダークはに問いかけた。
「それで、お前もやっぱ駄目と言うか?」
「そりゃあ……喜んでー、とは言えないよ、さすがに」
 いくらでも、好意を寄せられている相手(しかもかなり強引)と、毎晩を一緒に過ごすのは躊躇われるらしい。
 それでもキッパリと拒否しないのは、リンクに似ているからなのだと当人は気付いていないだろうけれど。
 軽く溜息をつくダーク。
「言っておくが、オレは家に戻る選択肢だけは、何があっても選ばない。駄目なら、の家の軒下で寝る」
「ちょ、ちょっとダーク……」
「本気だからな」
 瞳は如実に、彼の決意を伝えている。
 もしかしたら、彼もまたとの『友人』の関係に気を揉んでいたのかも知れない。
 手紙でやりとりするだけの関係ではなく、会って、話して、笑いあう関係を切望したのかも。
 が『友』だとはっきり言っていたから、油断していた。
 あちらは彼女との立ち位置を、いつだって詰めにかかってきていたのに。
 リンクは拳を握り締め――力を抜く。
 こいつは絶対に退かない。
 静かな顔をして、しれっと言い分を通すに決まっている。
 当然、の家に住まわせることなは論外だ。
 そんなことをさせたら、嫉妬心にかられて喚き散らす自信があった。
 かといって、彼が軒下で寝ることを、が何も思わないはずがない。
 そのままでいれば、最終的にダークを受け入れるに決まっている。
 ――だったら。
「ダーク。俺の家に住め」
「……お前の家?」
 彼は顔をしかめる。
 表情を歪めたいのはこちらの方だというのに。
「でもリンク……いいの?」
の家に一緒に住まれる位なら、こっちの方がいい」
 そんな暴挙は認めない。
 誰が惚れた女の子の家に、男が転がり込むことを好しとするものか。
 ダークは物珍しげにこちらを見ていたかと思えば、急に何かを理解したかのように、意地の悪い笑顔を浮かべる。
「ふぅん……。なるほどな」
「な、なんだよ」
「いいや。では、オレはコイツの家に厄介になる」
「リンク、ごめんね……?」
 本当に申し訳なさそうに謝る。リンクは柔らかく微笑んだ。
「前に言ったろ。俺はちゃんと君に協力する」
 言って、左耳についているピアスを指先で軽く撫でた。
 は目を瞬き、ふうわりと笑う。
「うん。ありがとう」
 ダークはそんな2人を、非常に面白くなさそうな顔で見ていた。





フリーダムすぎる内容でスミマセ…。
2008・10・3