婚約者だという人をひと目見た瞬間、は目を見開いた。
 立会人のゼルダは、完全に身動きを止めてしまった彼女に首を傾げる。
 じぃっと婚約者を見つめる
 彼は微笑む。
 ――どこからどう見ても、リンクだよ。



それは反則



 席に着き、ゼルダが両者の説明をしている間も、はずっと婚約者を見ていた。
 どこからどう見ても、リンクだ。
 一般的な貴族の格好をしているリンク。
 髪の色はアッシュグレーで、リンクよりも少し長めだし、瞳は紅玉色だけれど、体つきも顔つきも、見事にリンク。
 変装でもしているのかと訝るほど。
「……?」
「へ? ああええと……」
 ゼルダが心配そうにこちらを見る。
 は軽く頭を振った。ここは、何でもない風を装っておいた方がいい――たぶん。
「それじゃあ、わたくしは隣室に控えております。話が終わったら、呼んでくださいね」
「ありがとゼルダ」
 彼女は微笑み、隣の部屋へと引っ込んで行った。
 残ったのは、と、婚約者の2人。
 暫くの間は無言だったが、沈黙に耐えかねたのか、男の方が口を開いた。
「……オレはダークだ」
「え!? え……えっと……私は
 いきなりの自己紹介。は慌てて返事をした。
 彼は面倒くさそうに、きつくしまった胸元を開く。
「堅苦しいな。お前もそんなドレスを着て大変だろう。脱いだらどうだ」
「は!?」
「……いや、すまない。そういうわけにもいかないな」
 あまりのことに、思考がおっついていかない。
 以前聞いた話では、容姿端麗、性格良好――将来性あり。
 容姿はともかくとして、性格良好はちょっと違うような気がしなくもない。
 もちろん、堅苦しくされるよりは、ずっと好感が持てるのだけれど。
 黙りこくったままのを、紅玉色の瞳が射抜く。
「なんだ? 手紙とはだいぶ雰囲気が違うんで、驚いているのか?」
「いや、普通驚くでしょ」
 彼は鼻先で笑う。
「あれは、親だの回りだのが喧しいから、仕方なく書いたんだ。検閲までするもんだから、否定的なことは書けない。それで、あんな熱烈ラブレターみたいになった」
 口端を上げて笑むダーク。
「……ま、あんたが普通の貴族娘じゃないとは聞いていた。昔から興味があったのは事実だ」
 リンクとは違う種の笑みを浮かべる人だな、とは思う。
「一応聞くけど、あなた、双子とかじゃないよね」
「? オレは一人っ子だが」
 ならいいと手を振る。
 他人の空似っていうものもあるだろう。
 空似どころの話ではないが。
「それで、ええと……とにかくこれで顔合わせしたし、立派に婚約破棄ってことで良いんだよね」
「会ってすぐそれか。本気で嫌なんだな、政略結婚。……オレが嫌いか」
「政略結婚は踏んづけてグリグリするぐらい嫌いだけど」
 別に、ダークが嫌いなわけではない。
 好きだと言えるほど、知ってもいないが。
「私、元々結婚する気なんてないし。あなただってそうでしょ」
「言っただろう。オレは昔からお前に興味があった、と」
 予定とは違う言葉が返ってきた。
 目を瞬くに、ダークはにやりと笑う。
「有名だという自覚がないらしいな、お前は。王家の血筋ながら無茶をする女だと、あちこちで吹聴されているんだが」
 嫌な有名っぷりですね。
 貴族の中では浮いている存在だという自覚は、一応備わっているけれど。
 他人から正面きって言われることも、珍しくはないし。
 ダークは椅子に背を預け、大きく反る。
「オレは、堅苦しいのは嫌いなんだ。だから、お前のような奴と結婚したら楽しいだろうと思ってる」
 彼は息を吐き、の方へと身を乗り出す。
「本気で婚約しないか」
「いや、それは。だって私、帰るし。今ここに住んでないの、知ってるでしょ」
「トアル村、だったか。……なんだ。そこに好きな男でもいるのか?」
 はぐっと詰まる。
 その反応を見て、ダークの瞳が細まった。何に対してか、ゆっくりと頷く。
「ふん……いるんだな」
「……まあ、その、うん」
 否定するのもおかしな話だったので、は素直に頷いた。
「どんな奴だ」
「ええと……ダークと凄く似てる」
「なんだそれは。だからさっき、双子がいるかと聞いたのか」
 またも頷く。
 恐ろしく似ているが、彼はダークであってリンクではない。
「付き合っているのか」
 今度は首を振る。
 おそらく、好きだと告げるようなことは、未来永劫ないだろう。
 コリンに聞かれて素直に答えたことはある。
 当人に伝わることはきっとない……と思う。
 伝わっては不味い。
 リンクは次期村長で、つまり、イリアの結婚相手になる人だ。
 2人とも大事な友人だし、波風など立てないほうが良い。
 知らず、ため息をついていたの手に、ダークのそれが重なる。
「ダーク」
「――オレのものになれ。辛そうな顔してるより、ずっといいだろう?」
「無理」
 とろけるような甘い声で囁くダークの言葉を、は問答無用ですっぱり切り落とした。
 嫌な顔をするかと思った彼は、ひどく面白そうな表情をしている。
 コンマ一秒すら満たない間での拒否は、彼のお気に召したらしい。
「お前……間髪入れずに拒否するか? 普通」
「殆ど知らない奴のものになるなんて、口が裂けても言えないね。いくらリンクにそっくりでも嫌」
「お前の好きな男はリンクというのか」
「…………と、とにかく。婚約話はご破算でお願いします」
 真剣な顔(のつもり)で言うと、ダークはやれやれと肩をすくめた。
「では、友人ではどうだ。そこから始める。……それならいいか?」
「婚約はなしで?」
「ああ」
 それなら、と頷く。
 ダークは徐に立ち上がると、の傍らに立つ。
 なんだと問う前に、頬に柔らかい感触があって。
「うわ!」
 慌てて離れようとしたため、椅子から転げ落ちそうになった。
 ダークの手に引かれ、なんとか事なきを得たけれど。
「な、なにすんのこのっ……」
「好きだ、
「――ッ!!」
 リンクみたいな笑顔で告白するのは反則だ!



「……なんだか不思議なことになったわね」
 話を聞いたゼルダは、お茶を飲みながら軽い失笑を零している。
 としては、失笑どころの話ではないのだが。
 ダークとは、定期的に連絡を取る、ということで合意した。
 文通みたいなものだ。
 実際、どれほど続くか分からないが。
 ダークは筆まめであるようには思えないし。
「とにかく、やるべきことは終わったし。明日にでも帰るね」
「そう……。ねえ、もう少し一緒にいられないかしら」
 寂しげにしているゼルダ。
 気取らず、心許せる相手が出て行ってしまうのは、彼女にとっても辛いことだ。
 王族として、王女として、苦労を重ねているゼルダのために、自分が出来る何かがあるのなら、は喜んでそうしたいと思う。
 彼女は親類であり、トアル村を紹介してくれた恩人でもあるのだから。
「…………じゃあ、あともう少しだけね」
「ええ、ありがとう」

 リンク。
 もう少しだけ、私の畑をお願いします。




…いや、出したかったんです、ダークリンクを。
無理やりこじつけて出しちゃったんですが…これって今考えるとヤバいような。
最終的な方向性が物凄く絞られている。……いや、うん、後で考えよう(汗)

2008・6・10