が婚約者に会うため、ハイラル城へ向かって数日。
 リンクは早くも、自分の言動を後悔し始めていた。
 数日前の自分に言ってやりたい。
 を引きとめろ、と。


これって禁断症状?



「もう! 腑抜けてないで少しはしゃきっとしてよリンク!」
「あー……」
 少しばかり苛立ちの混じったイリアの言葉に対し、リンクは妙に力の抜けた返事を返す。
 腑抜けているつもりはない。
 仕事はいつも通り、きっちりこなしている。
 問題は、それ以外の所にあった。
 どうにもこうにも、覇気がない。
 ちょっとした瞬間――例えば今のように、少し早めのお昼を摂っている時とか――に、ものを考えてぼうっとしていたりとか。
 幼馴染のイリアのみならず、村人の多くもリンクの変化に気付いていたが、それが何に起因しているものかはよく分かっていない。
 ――イリアを除いては。
 もそもそ食事を進めながら、頭の中はどこか遠くへ飛んでいってしまっているリンクを見て、イリアは深々とため息をつく。
「そんなに気になるなら、お城に行ってみればいいんだわ」
「そんなこと、できるはずないだろ」
「あら。を気にしてるって認めたわね」
 茶化すなと手を振り、リンクはサンドイッチを口に詰め込む。
 憎いものを砕くように食んだ。
 数日程度でこれじゃあ、先が思いやられると呟くイリア。
 リンクは食事を全て平らげてしまうと、水筒に入っていた水を勢いよく飲む。
 勢いが良すぎて、むせた。
「げほっげほっ!!」
「馬鹿ね。少しは落ち着きなさいよ。……午後は、コリンと釣りをするんでしょ? 今のあなたじゃ、一匹も連れないわよ」
「……なあイリア。、大丈夫かな」
「今のあなたよりは、ずっと大丈夫なはずだわ」
 ごもっともで。


 コリンは父親に借りた釣竿を垂らしながら、一生懸命にトアルの川を見つめていた。
 その様子を見守りながら、リンクは息を吐き出す。
 気にしないようにと努めてはみるものの、どうにも調子が狂いっぱなしで、だから余計に考えてしまう。
 いつもと余りに違う様子に、コリンがリンクを気遣い出した。
「リンク……お姉ちゃんのこと、気にしてる……?」
「……俺、そんなに分かりやすいか?」
 訊けばあっさりと頷かれた。
「だって、お姉ちゃんが出かけた日から、リンクの様子が変だし……だから」
 子供にまで見抜かれるとは。
 リンクは額に手をやり、大きく息を吐いた。
 少し落ち着こう。
 心の中で深呼吸し、荒れる気持ちを抑える。
 コリンは釣り糸を垂らしたまま、話を続けた。
「お姉ちゃん、帰ってくるんだよね?」
「そのはずだよ。どれ位かかるかは聞いてないけどな」
「早く帰ってくるといいなあ」
 コリンは子供たちの中で、一番と一緒に過ごす時間が長い。
 ちょくちょく遊んでいるし、今では家族ぐるみでお付き合いしているようなものだ。
 彼女がいなくなって、少なからず寂しい思いをしているに違いなかった。
「……でも、お姉ちゃん、リンクのこと凄く好きだから。早く戻ってくるよね」
「ああ……って、え!?」
 驚いてコリンを見ると、彼はしまったとばかりに口元を両手で抑える。
 釣竿が川の流れに持っていかれそうになり、リンクは慌ててそれを掴んだ。
 今まさに食いつこうとしていた魚は、川の中に逆戻り。ヒットならずだ。
「コ、コリン? 今なんて」
「ぼ、ぼく、何も言ってないよ」
 その態度で言われても。
 暫く口を噤んでいたコリンだったが、リンクの真剣な瞳は、彼の心を揺さぶったらしい。
 口元から手を離し、リンクに向き直った。
「……ぼくが言ったって、言わないでね?」
「約束するよ」
 殊更優しい声を出す。コリンは安心したのか、表情を緩ませた。
「あのね、前、お姉ちゃんに弓を教えてもらってる時に……ぼく、聞いたんだ」
 ひとつ間をおき、
「リンクがすき? って」
 かなり衝撃的な言葉を発する。
 頷くことしかできないリンクを他所に、コリンは話を続けた。
「そしたらお姉ちゃん、ほっぺた赤くして、うんって」
「……そ、か」
 実際にどういう意味合いで放たれた言葉か、判断はつかない。
 それでも、リンクにとっては相当に――こう、何かを揺さぶられる発言で。
 指先だけでもいい。
 彼女に触れたいと、心の底が訴える。
 思ってはみても、現実にはハイラル城へ行けるわけもないし、はここにいない。
 数日前の自分をぶん殴ってやりたくなった。
 とはいえ、きっとが目の前にいたとして、こんなゴチャゴチャになった気持ちのままでは、何も言えやしない。
 そもそも、自分が何を口にしたいのかも分からないのだから。
 コリンはリンクから釣竿を受け取り、また糸を垂らす。
「ねえリンク。リンクも、お姉ちゃん、好き?」
「……秘密だぞ」
 元気よく頷くコリンは、妙に嬉しそうだった。



 風呂上りの濡れた髪を乱暴にタオルで拭き、リンクはベッドの上に寝転がる。
 仰向けになり、まだ少し濡れている指先で弄りながら、ため息をついた。
 に出会ったあの時から、少しずつ自分の中を駆けているそれは、当人に自覚すら与えぬ間に、手放せないものになってしまったらしい。
 ――禁断症状もいいとこだ。
 手足が震えたりはしないが。
「……認めるの遅すぎだろ、俺」
 触れたいだの、キスしたいだの、普通の女友達に抱く感情じゃない。
 自分の中の気持ちに、気付いてはいた。
 あえて目を逸らしていただけで。
 気付いてしまったら、大変なことになると理解していたから、蓋をした。
 結局、最初から蓋などできなかったのかも。
 人の気持ちは、簡単に止まらないものだから。
 イリアへの好きとは、全然違う感情。
 馴染みがなくてムズムズするが、不快ではない。
 きっと、自分は村長職にはつけないだろう。
 村長を継ぐための資格がなくなった。
 を想うほどに他の誰かを想うなど、できそうもない。
 短い時間で、随分と骨抜きにされてしまったものだと口端を上げた。
 リンクは瞳を閉じ、脳裏に彼女の姿を描く。
 ――帰ってきたら、遠乗りに行こう。弁当持って、2人だけで。
 好きだなんて、きっと言えないけど、それでいい。
 もう少しこの気持ちに慣れたら、その時に言おう。

 瞳を閉じていたリンクは、そのまま眠りに誘われる。
 ヂリ、とロウソクの炎が揺れた。




2008・5・23