俺だから気付く事




 村長の家にを連れて行ったリンクは、村長と彼女の話を、幼馴染のイリアと共にその場で聞いていた。
 そこで、の身の上を知った。
 は正真正銘、ゼルダ姫の親類であること。
 そのゼルダによって、トアル村に送り出されたこと。
 理由は、貴族内のごたごたした政略結婚からを逃がすため、なのだそうだ。
 二親は健在だそうだが、政略結婚の駒として使えなくなったを、既に見捨てているらしい。
 リンクには想像できない。世界観が自分と違いすぎる。
 イリアは政略結婚という単語に憤りを感じているらしく、の手を握って、固い握手をしていた。
様の家は……」
 村長の言葉を遮り、は苦笑しながら
「様、は要りません。単なる『』ですから。敬語も不要ですよ」
 告げた。
 村長は悩む素振りを見せてはいたものの、イリアに肘でつつかれ、ひとつ咳払いをした。
 次に口を開いた時には、様付けではなくなっていた。
「リンクの家の隣に空き家があるんで、そこを自由に使ってくれ」
「えっ、俺ん家の隣って……」
 リンクは思わず声を上げる。
 あそこは確かに空き家だが、随分と長いこと使われていない場所だ。
 修繕しないといけない箇所も多いだろうし、埃だって凄いはず。
 片付けが最優先だが、もう既に夕刻だ。
 大丈夫かとを見ると、
「大丈夫だよ。一応、寝袋あるし」
 彼女はいっそ爽やかに言った。


 の家になる場所は、やはりというか、当たり前というか、とにかく荒れていた。
 玄関までの小さな階段は雨風にやられて、補修が必要だ。
 家の内部には埃がそこかしこに積もっていたし、使えそうな家具など一切ない。
 台所や風呂は設えてあるが、当然、掃除しないと使えない。
 内部を一通り見回して表へ出ると、が馬から荷物をはずしている所だった。
「手伝うよ」
「ありがと。じゃあ、そっちの荷物を外してくれる?」
「了解」
 言われた通りに荷物を外す。思ったよりも重量があった。
 この青毛の馬は、が乗るのには少し大きい気がするが、彼女の愛馬なのだろうか。
 最後の荷物を外して地面に置いたは、リンクに声をかける。
「あの、悪いんだけど……掃除道具を貸してくれないかな。さすがに持ってきてないの」
「ああ、いいよ。ちょっと待ってて」
 リンクは急いで自宅に戻り、掃除用具一式を手にして走り戻った。
「箒と雑巾とハタキ、それから桶。俺、水汲んでくるから、中を適当に掃いてくれ」
「あの……手伝ってくれるの?」
 驚いたように問われたリンクは、何を当たり前な、と思った。
 彼女は、昔はどうか知らないが、今は独りだ。
 トアル村の住人はたいていが大らかだし、優しくもあるが、誰に対しても諸手を挙げて歓迎するわけではない。
 まして、は貴族だ――いや、貴族だったと知れているのだ。
 気構えをする者もあるだろう。
 親を持たず、幼子の頃にトアル村へとやって来たリンクには、新天地で独りきりで物事をなすの気持ちが、それなりに分かっていた。
 外見(そとみ)はどうあれ、内面では不安なはずだ。
 たぶんそれは、リンクが『外から来た』からこそ分かることだ。
 この村で生まれ、育ち、土に還ってく者たちには決して分からないこと。
 リンクは彼女を見つめ、微笑む。
「この時間から手伝えるのなんて、俺ぐらいだよ。ほら、早く掃除はじめて」
「う、うん」
 は頷き、馬を2度ほど撫でると、箒を掴んで家の中へと入った。
 リンクも桶を持ち、川へ向かい、水を汲んですぐさま戻った。


 箒で適当に埃を掃き出した後、リンクとは一緒に床を濡れ布巾で擦り始めた。
 押し黙ったままでいるのは具合が悪く、自然、どちらともなく会話を始める。
はここまで独りで来たのか?」
「そうだよ。ハイラルから、ずっと独り」
 必要最低限の物だけ準備してきたんだと笑う彼女は、確かに手持ちの荷が少ない。
 貴族の引越しというと、何台もの馬車に荷物を積んで、護衛を就けて、自分は豪勢な4頭馬車なんかに乗って目的地まで、という想像をしていたのだが。
 そもそもの姿は、リンクが旅人と間違うほどだ。
 煌びやかなドレスなど着ていない。
 装飾品も、指輪はおろか、イヤリングすら身にしていない。
 持ち物で最も高いのは、おそらく弓か剣だろう。
 トアル村に来るまで、ハイラル城辺りからは何日もかかるはずで、その間、彼女は独りで野宿してきたのだ。
 平和だとはいえ、ハイラルからここまで、女性の独り旅が安全だとは言いがたいのに。
 所見で旅人だと思ったのは、あながち間違いではないような気もしてきた。
 想像していた貴族のお嬢さんとはかけ離れたの姿に、リンクは良い意味で裏切られた気分だった。
 ごしごし床をこすりながら、がリンクの耳を見つめているのに気付き、彼は軽く眉を上げる。
「なんだ?」
「うん、綺麗なピアスだなと思って」
「あ、ああ……これか」
 自分の耳朶にぶら下がっている、リング状のピアスに指先で触れる。
「透き通った青色で、凄く綺麗」
「……耳のこと言われるのかと思ったんだけど」
「? ……ああ、そういえばちょっと尖ってるね。別にいいんじゃない?」
 物凄く簡単に言われて、思わず吹き出した。
 幼い頃、言われる度に気にしていた箇所だったのだが、こんな風に切って捨てる人は始めて見た。
 正直、面白い。
は、装飾品をつけるのって嫌いなのか?」
「まあ、ゴチャゴチャ着けるのは好きではないけど……なんで?」
 桶に汚れた雑巾を突っ込みながら、が問う。
 そろそろ水を替えたほうがいいかも知れない。
「だってさ、着けてないだろ、今」
「家を出た後で、必要なものを買うために軒並み売っちゃったからねえ。貴金属類は、生活必需品に化けた。小さい頃からつけてた物とかもね」
 からからと笑いながら言うに、リンクは目を瞬く。
 彼女は、ついこの間までは貴族の娘だったのに、自分の装飾品を売ってトアルへ?
 支度金とか、そういう物はなかったのだろうか。
 考え、彼女が親から見離されたと言っていたことを思い出す。
「リンク? なに渋い顔してるの」
「……いや」
 明るく振舞う彼女に、それらのことについての陰りは全くない。
 苦しいのを我慢している素振りも、微塵もなくて。
 リンクは口を引き締め、床をこする動作を止めた。
「水、替えてくる」
「ううん、次は私が行くよ」
「いいから」
 譲らないリンクは、桶の取っ手を掴む。
 不思議そうに見つめるに軽く手を振り、彼は外に出た。


 水替えをし、の家に戻ったリンクは、徐に右耳に着いているピアスを外した。
 小さなそれを手の平に載せ、どうかしたのかと問うてくるの目の前に差し出す。
「これ、やるよ。俺の片割れで悪いけど」
「え……でも」
 躊躇する彼女の手を取り、リンクはピアスを押し付ける。
 彼女は自分の手に乗った青い装飾品を見つめ、次いで、リンクの青い目を見つめた。
 リンクは己の行動を、相当突発的だと理解していたし、彼女を困惑させていることも知っていたが、「やっぱり止める」と、渡した物を取り返す気は更々なかった。
「君がトアル村でキツい事があっても、俺はちゃんと協力するって証だと思ってくれ」
「……リンク」
 は一瞬泣き出しそうな表情になり、慌てて俯いた。
 やはり、心のどこかでは不安を感じていたのだろう。
 リンクは彼女の頭を軽く撫で、笑む。
「よろしくな、お隣さん」
「うん……っ、よろしく、優しいお隣さん」
 言い、彼女はピアスを右耳に着けた。



ゼルダそのに。リンクの生い立ち捏造。
2007・7・17