最後の刻 2






 レイム=メルギトスは、のっそりと顔を上げた。
 そこには、自分が欲し、忌むべき者と、そうでない、愚かな者たちの顔があった。
「……案外、気づくのが早かったですねぇ…」

 アルミネの森で、彼らは、対峙した。


「今まで人として生きて来れたのに、どうして!」
 その言葉は、アメルが発したものだった。
 そして、その言葉は、メルギトスにとっては忌むべきものであり、最大の侮辱であり、最悪の呪文のようでもあった。
 一度は戦闘に敗れた彼に向けた、アメルなりの精一杯の言葉。
 だが、それは悪魔である彼にとっては、何の意味もないどころか、頭に血を上らせるだけの代物だった。

「こざかしいわ!!」

 メルギトスの言葉と共に、その場にいた全員の行動を束縛した。
 悪魔の、悪意と怒りの、束縛。
 指先がピクリとも動かないのに、口は動く。
 痛覚もあれば、発言すらできる。
 メルギトスはニタリと笑い、高らかに宣言した。
「サプレスの花嫁の力を我が手にし、私が一の王となって、この世界を支配するのです! 人間など……!!」
「そうはさせるか!」
 しげみの中から出てきた二つの人影。
 ルヴァイドと、イオス。
 彼らはメルギトスに各々の武器を深々と突き立てようとした―――が、
「邪魔だ!!」
 メルギトスの咆哮という魔力に、吹き飛ばされてしまった。
 一撃で重体になってしまった二人を気遣う
 二人のおかげでか、体の自由は利くようになった。
 メルギトスは舌打ちしながらも、遺跡の内部へと入って行く。
 まるで、何事もなかったかのような、涼しい顔をして。

 は、急いでアメルと共に、ルヴァイドとイオスの近くに寄った。
 パーティの他の者達には、メルギトスを追ってもらい、二人は、彼らの治療をする事にした。
「アメル、お願い!」
「はいっ」
 すぅっと息を吸うと、アメルに力がたまっていく。
 その神聖な力を、ルヴァイドとイオスに送り込むと――徐々にだが、傷が塞がっていった。
 だが、勿論の事ながら、失われた血は戻ってこない。
 言わずとも、彼らは重体だった。
「ルヴァイド…イオス、大丈夫?」
 かさかさに渇いた彼らの口唇から、小さな嗚咽が零れる。
 は、腰に装着している小さな道具入れの中から、水の入った小さな筒を取り出すと、筒の蓋を入れ物にして、ルヴァイドとイオスに飲ませてやる。
 量が少ない為、ゴクゴク飲めはしないが、口を湿らせるには充分だ。
 それに、たとえ量が充分だったとしても、
 今の彼らの状況では、とても満足いくほど水が飲めるとは思えない。
さん、それは…?」
「ん、薬草を煎じた水。一人分しかないから、ちょっと役不足だけど…」
 だが、ルヴァイドとイオスの顔色は、先ほどと比べて、大分違って見えた。
 ほんの少しだが、血の気が戻ったように思える。
「このまま暫く安静にしてれば、じきに動けるようになると思うよ。ソルの特製薬水だからね」
 にっこり笑って、傷ついた二人の心を、なるべく和ませる。
 アメルの回復の力も効いているのか、ルヴァイドもイオスも、ほんの少しだけれど、微笑む余裕が出てきたようだ。
「それにしても、驚いたよ……どうして、ここに?」
 の問いに、男二人は苦笑いした。
「『危なくなったら助けてくれるとか』…そう言ったのは、お前だぞ」
「そうさ、できる事をしたまでだよ…あえなく、負けたけどな」
 二人の言葉に、は驚きつつも――納得した。
 決戦の前に言った言葉を、彼らは実行したに過ぎないのだ。

 危なくなったら、助けてくれる?

 そう言ったのは、紛れもなくだったから。
 ……でも、こんなにボロボロにしてしまうつもりは、勿論なかったのだけれど…。
 罪悪感を感じているのが分かったのか、ルヴァイドが口を開いた。
「お前が気に病む事はない。俺たちは、自分がやりたいようにやった。これは、その結果だ」
「……ありがと…」
 ここまでしてくれるとは思わなかったは、心底、嬉しく思った。


「…中の皆は、大丈夫かしら…」
 ふと、遺跡の方を見ながら、アメルが呟く。
 その不安そうな声に、は彼女の肩を軽く叩いた。
 きっと、大丈夫だよ、と。
 それを見たルヴァイドが、弱々しく口を開いた。
「…俺たちの事はいい。……行け」
「でも…」
 容態を心配するアメルを、が手で制す。
 イオスの顔を見、ルヴァイドと同じ視線を向けていると察したは、『うん』 と、頷いた。
「オッケー、任せて。二人はゆっくり休んでよ?」
「ああ……足手まといには、なりたくないからな…」
 苦々しく言うルヴァイドを見、そして、立ち上がる。
 それからアメルを追いたて、立ち上がらせた。
「それじゃ、行くね」
「……死ぬなよ」
「絶対だぞ」
 イオスとルヴァイドの言葉に、アメルとの二人が頷く。
 彼女らは、二人に背を向け、遺跡の方へと向かって走り出した――。







突っ込みは色々ありますが、次へどうぞ;

2003・8・1

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