>最後の刻 1



 ガレアノ、キュラー、ビーニャ。
 北、南、西に現れたという三部隊――三つの悪魔に対し、トリス、マグナたちも、分かれて行動しようという事になった。
 大平原から、それぞれ敵の待つ場所へ向かい、撃破する。
 こちらの戦力は分断されてしまうが、それぞれ実力派ばかりだし、その方が、進攻――ないし策略を、止める事ができると踏んでの判断だった。

 サイジェントへ向かうビーニャには、トウヤを筆頭に、西への関わりが深いものが多数、向かう事になった。
 南にある岬の館にいるキュラーには、リューグ、ロッカ、アメルをはじめ、フォルテなどの剣士が。
 そして、北――崖城都市デグレアにその身を置く、ガレアノ。
 彼に対して編成された隊は、ある意味で最も力のある者たちだった。

 トリス、マグナ、ネスティ、シオン、ハサハ、レオルド、そして、サイジェント側にはまわらなかった、ソル。
 とバルレルも、この編成に加わった。

 大平原での別れて後、北へと向かった一行は、やっとの事で、崖城都市デグレアへと辿り着いた。
 シオンが先に中へ入り、様子を見る。
 ――静寂。
 静か過ぎるのは、以前と変わらぬ所であり、それが、敵の戦力であるという事でもあった。
「城までの道は、大丈夫そうです。さ、皆さん行きましょう」
 シオンの言葉に一同頷き、城への道を歩いていく。
 街中の、しかも舗装された道だというのに、その上には雪が積もっていた。
 歩く度に、ざくり、という音がする。
 は、ともすれば、かじかんでしまいそうな手をさすり、はぁっと息を吐きかけた。
「…人がいないね…」
「少なくとも、道を歩くような人はいない、という所でしょうか」
 先頭を歩いているシオンが、後方のに答えた。
 シオンの前には、足跡がない。
 先ほどの調査の時は、屋根の上や木の上からだったから、歩道に足跡はつかない。
 トリスがと同じように、手に息を吐きかる。
「……この都の人たちは、皆…」
「そうだな。歩く必要がなくなった、って所か」
 ソルが周りを見回し、軽快意識を強めたまま、歩いていく。
 歩く必要がなくなった。
 だから、足跡をつける事もない。
 これだけ大きな都市でありながら、奇妙な寒気を感じるのは、雪のせいだけではないだろうと、マグナは思った。

「………あれ?」
 城門をくぐり、城の内部へと入って暫くして、はふと気がついた。
 今まで気づかなかったのがおかしい位だったのだが。
「どうかしたか?」
 ソルの声に、が唸る。
 周りを見回し、誰かを探している様子で、それに答える。
「…バルレルが、いない」
「……ホントだ…」
 トリスも今更、とばかりに確認する。
 は仕方なさそうに頭を掻き、深々とため息をついた。
「あぁもう…アイツ何してんだか…。皆、悪いんだけど…私アイツ探すから、先に行ってて」
 最悪、自分抜きで戦闘が始まってしまうかもしれないと、考えていない訳ではない。
 かといって、バルレルを放って、戦闘に出るというのも護衛召喚獣を預かる身として、いささか問題があるような気もするし。
 …というか、護衛召喚獣がマスターを放り出していくか? 普通。
 等という、少々文句をつけたい気分も相成って、は皆に先へ行ってもらう事にした。
 これが、実は最良の選択だと、この時は思ってもみなかったのだが。



 散々捜し、やっとこ見つけたのは、都の中にある大きな広場だった。
 広場――というより、公園といった方が正しいかもしれない。
 木々に雪が積もり、シンとした中に、バルレル――そして、ガレアノが、いた。
 どうやら、二人で話をしているらしい。
 ざくっと出て行ってもよかったのだが、ガレアノとバルレルの態度が微妙だったので、は出てゆかず、木陰に隠れたまま、話を盗み聞きしていた。
(余りいい趣味とは言えないけど、超法規的処置ってトコで)
 自分に言い訳しつつ、耳を傾ける。
 ――どうやら、バルレルに裏切りを勧めているようだ。
 例の、『血識』 の事も含めて。

 ガレアノはニヤついた表情で、バルレルに血識を吸い取るという剣を渡した。
「これで、あのサプレスの花嫁の血識を吸い取れば、貴方は誓約を解除できる。もう、彼女についている事もなくなる。ついでに、調律者の力も吸い取れば、貴方は誰よりも強くなれる…」
「………血識」
 バルレルは剣を見つめたまま、動かない。
 こんな場面を見ても、は以外にも落ち着いており、ガレアノが何を考えているのか――そればかりを計っていた。
 自分以上の悪魔が現れる事が、ガレアノにとって何の利益をもたらす?
 ――否、ガレアノにではない。
 メルギトス……。

(…要するに、メルギトスの力になれ、っていう事かな)

 が思案顔をした瞬間、彼女が隠れている木に魔力波が当たり、太い木であったにも関わらず、途中からバキリと音を立てて、折れた。
「うわっ!! あっぶないわね!」
 反射的に身をかわし、体についた雪を払う事もせず、ガレアノに指をさしつつ、声を荒げた。
 その様子に呆れているのは、誰でもない、バルレルだった。
「て、テメェ…今までの話、聞いてたのかよ」
「うん、そりゃもうバッチリ」
「なのに、そんな安穏としていて、いいんですかねぇ」
 ガレアノの子憎たらしい笑いは無視し、はバルレルに向き直った。
 彼の、剣を持つ手が、少しだけ震えている。
 ――迷っているんだろうか。
 …などと、客観的にこの事態を考えられるという事は、頭の中で、『危険』 という警鐘が、全く鳴っていないという事。
 本当に危険だと――そう思っているのなら、は間違いなく、何かしらの行動を起こしている。
 様々な敵と戦ってきた、その時のように。
 だが、バルレルは、敵ではない。

 は、俯いているバルレルに向かって、明るい音をした声を出した。
「バルレル、私から血識を奪うも奪わないも、あんたの好きにして。あんたが、決めて。私は、あれこれ言わないよ」
「……テメェは、何でそう…」
 ため息交じりの彼に、は微笑む。
「何度も助けてもらってるしね。拾った命、とは言わないけど、……アンタになら、いいかなーって」
「……そうかよ、じゃあ…好きにさせてもらうぜ」
 スラリ、と、血識の剣の刀身が光る。
 剣が、妙に赤みを増した。
「……いくぜ」
「おうよ」
 目を開けたまま、彼の裏にいる、妙に楽しげなガレアノを見る。
 バルレルが、剣を振りかざし―――斬りつけた。

 にではなく、ガレアノに。

「ぎゃああああ!! きっ…きさまあぁ…!! 裏切りを…!!」
 先ほどまで愉悦に歪んでいた口が、絶叫に歪む。
 腕が切り裂かれ、雪の上に血がぼたんと垂れる。
 は目をぱちぱちさせ、今は背中を向けているバルレルを見た。
「裏切りは悪魔の本分だろ? 大体な、コイツを殺したって、俺には何の特にもなんねぇんだよ!」
 何処の世界に、入れ込んでる女を殺す馬鹿がいるか。
 …悪魔らしからないが。

 ガレアノは傷ついた腕をかばいながら、じりじりと後退していく。
「くそう…死人共よ! こいつ等を殺して喰らうがいい!!」
 叫びとともに、何処からともなく、悪魔や鬼たちがぞろぞろと出てくる。
 広場だけでは飽き足らず、家という家からも。
 それを見てニタリと笑い、ガレアノはさっと身を翻す。
「残りの連中は、私が直々に片付けてやる!」
「まっ、待ちなさいよ!!」
「無駄だ、やめとけよ」
 追おうとしたを、バルレルが片手で止める。
 どうして止めるの! と言おうとしただったが、周りの状況を見て、把握した。
 ……敵だらけだ。
 周り一面、死人と鬼。
 抜け出るスキなど、ありはしない。
「おい、コイツどうするよ」
「え? …ああ、血識の剣ね」
 とバルレルは、唸り迫る敵たちがまだ襲ってこないのを見て、多少の余裕を持って対処していた。
「…折っちゃえ、そんなの使わないし」
「いいのかよ。…ま、俺も使わねぇしな」
 言うなり、バキリと音を立てて、剣を折る。
 追った際に、剣が小さな悲鳴を上げる所なんか、まさに魔性の剣ってトコだろう。

「さて、どうするこの状況」
「トリスやマグナたちは大丈夫だろうけど…こっちの身が危ないね」
 あははと笑っている内にも、敵はじりじりと距離を詰めてくる。
 百……いや、二百?
 それとも五百か。
 数えるのも馬鹿らしい程に蠢いている、倒すべき相手。
 ため息どころか、笑いがこぼれる。
 ついでに、冷や汗も出てきた。
 無意識に、日本にいる母に思いをはせる。

(母さん…案外、早く使う事になりそうだよ、切り札)

 そんな事を考えているに、バルレルが声をかけた。
「おい…お前、俺の誓約を解く勇気、あるか」
「…誓約を解くのに、勇気なんかいらないよ」
「解いたら、逃げるとか考えねぇのかよ」
「ぜんっぜん」
 サラリと言われ、知らず、口の端が上がる。
 絶対なる信頼を寄せていなければ、こんな答えは返ってこないだろう。
「上等だ。…さあ、誓約を解け!」
「りょーかいっ!」

 が、ブツブツと誓約解除の呪文を唱える間、死人がバルレルと目掛けて、攻撃を繰り出してきた。
 だが、まで攻撃は届かない。
 バルレルが、全て防いでいるためだ。

「……以って、見えざる鎖を解き放つ……!!」

 の呪文が完成した瞬間――バルレルを取り巻く空気が変わり、周りにいた死人が、音もなく消えた。
 蒸発――のようにも見える。
「うおおおおおーーーー!」

 バルレルの咆哮に、大地と空気が震える。
 は唖然とした。
 自分は、こんな―――何と言うか、凄い悪魔と契約していたのかと。
 こんな悪魔に、護られていたのかと。
「バ、バルレル…?」
「本来の姿に戻っちまえば、こっちのもんだぜ。…おい、一つ約束しろ」
「な、なに?」
 と背中合わせの状態で、敵と対峙しつつ、会話する。
 変にドキドキしてしまうのは、どうしてだろう?
 急にバルレルが、大人になってしまったからだろうか。
 そんなの心知らず、彼は飄々と話し続ける。
「昨日も言ったがな、死ぬな」
「アンタもよ!」
「それと――このカタがついたら、この姿のままキスさせろ」
「は……はぁああ!?」
「決まりだからな!」
「ちょっ…もうっ!!」
 緊張とは違った意味で破裂しそうな心臓に叱咤しつつ、バルレルとは逆の方向に向かって疾走する。
 愛剣を手に、死人たちを倒してゆく。
 バルレルも、尋常ならぬ力と魔力で、恐ろしい勢いで敵をなぎ倒していった。

 ――どれ位戦っただろう。
 死人と鬼の血は、既に死んでいるからなのか、凝固しているが、それでも、雪の上に放置されれば、ジワリと滲む、赤黒い色。
 全力で戦い続け、疲労感が体を支配しているにも関わらず、それでも波のように襲ってくる死人たちに、戦うしか術もなく。
 バルレルもも、銀世界の中で、白く荒い息を吐きながら、いつ終わるとも分からない、戦闘を繰り返す。
「くっそ……多すぎるぜ」
「あははー、人、皆出てきてるんじゃないの?」
「笑ってる場合かよ!」
 そう言いながら、右手に槍を持ち、死人に攻撃しつつ左手で魔力を放出し、鬼を吹き飛ばす。
「へっ、俺様に逆らうなんざ、百年はや…」
「バルレル! 危ない!!!」
「あ?」
 振り向いた瞬間、何人もの死人が彼に覆いかぶさり、首を絞めたり、腕にかじりついたりした。
「くっ…こんなもん…」
 慌てて振りほどこうとするが、魔力も限界に近く、体力、気力と共に減退しているバルレルは、次々と襲い掛かってくる死人に、次第に抗う事ができなくなっていった。
「ちくしょう!」
「バルレル!!」

 は彼の援護をしようとするものの、立ちはだかる敵の数も多く、安易に近づく事ができない。
 このままでは―――。

(バルレルっ…!!)

 意図せず、目を閉じた瞬間に、身の内から、何者かが語りかけてきた。
 しかも、二人。

『 我を 使え 』
『 己の力になろうぞ 』

「……バルレルを…助けて…!」
 持っていた剣を床に突き立て、死人に噛み付かれながらも目をつむる。
 体の奥底から湧いてくるような、不思議な感覚に身をゆだねた。
 左手の手の甲と、胸の上の方が、火を灯したように、カッと熱くなる。
 何をすればいいのか、よく分かっていた。

「四棲解放、赤の鬼神オルディド!」
 その言葉と共に、の胸の一点が紅の光を放ち、衝撃のような風と共に、人型の鬼神が現れた。
 逆立った赤い短髪と赤い瞳。
 彼は、剣を横に構えると、無言で居合いの構えから――剣を横に凪いだ。
 その斬撃が、バルレルにくっついていた死人たちを一掃する。
「おわっ!!? 何だ!!」
「バルレル、もう一発行くから、終わらせちゃおう!!」
「? よくわかんねぇが、全力で行くぜえええっ!!」
 オルディドの攻撃でまばらになった死人と鬼を倒すべく、バルレルは魔力を最大放出させた。
 紫色の風が、辺りにいる敵を消滅させていく。
 弱い死人は、彼の魔力という剣に敵わない。
 は次いで、もう一つ応えてくれた声を呼ぶ。
「四棲解放、灰の双剣ラルフルス!!」
 左手の手の甲から、灰色の光が溢れ――内に棲んでいた者が現れた。
 長い銀髪と鋭い銀の目、両の手に一本ずつ機械の剣を纏わせた男――。
 すらりとしたイメージの彼は、二本の剣で風刃を起こし、敵を切り刻んだ。
 それに同調するように、バルレルの魔力も高まっていく。
「うおおおおっ!!」

 デグレアが、揺らぐ。



「………あ、はは……早くも二つ…封印解いちゃった」
 雪のなくなった地面に、疲れたように転がるとバルレル。
 敵を一掃した後、の呼び出した四棲のうちの二人は、
『花嫁、我らを探せ』
 とだけ言い、何処かへと飛んで行ってしまった。
 ……とりあえず、敵を何とかできたのは……ありがたい事。
「…ムチャしやがって…」
「バルレルだって、人の事言えないよ…疲れたぁ…」
 トリスたちはどうなっただろう。
 そんな事を考えていると、まだ大きい――狂乱の魔公子のバルレルが、をぐいっと引っ張った。
「わわっ」
 力が殆ど入らないは、バルレルの胸の上に、とすん、と顔を乗せる事となる。
「……さすがに悪魔の天敵ってトコだな」
「二人ともボロボロで言う事じゃないでしょ、それ」
 クスクス笑うに、バルレルが舌打ちした。
「…やべ、戻る……おい、!」
「ん?」
 ひょい、と顔を上げた瞬間――。

 口唇に、暖かな感触が。

「〜〜!!! バッ、バルレルゥゥ!!」
「うるせー、するって言っただろーが!………あ」
 等といっている間に、バルレルがいつもの、小さな姿に戻る。
 力を使いすぎて、姿を維持できなくなったらしい。
「……馬鹿」
「ケッ、テメェの魔力が美味く感じるんじゃ、俺も落ちたな」
「…なにそれぇ」
「疲れてんだから、あんま喋らせんなよ…」
 はむくれながらも、小さくなったバルレルの胸の上で、暖かさを、幸せを感じていた。
 こんな状況で、何だけど。
「…ねえ、バルレル」
「あ?」
 不機嫌そうな彼の声に、は少しだけ困ったように、
 ちょっと赤くなりながら、きゅっと服を掴み…本当に小さく、呟いた。
「…また、大きくなって、護ってね。小さくても、いいけどさ」


 暫く後、ガレアノを倒したトリス、マグナたちが、ボロボロになっている二人を見つけた。
 大平原に大軍隊が集まっているとの情報を受け、最終決戦がいよいよだと知らされる。

 疲れきった体を寄り添うようにして歩くバルレルと
 それを見て不服なのはソルだけではないが、引き剥がす事もできなかった。
 ……二人の間に、何か――今までにはなかった暖かさが…護衛される側、護衛する側という以上の何かがあるような気がして。



今回はちょっと長い話でした。バルがデカくなる、あの話です。
ともあれ…言い訳も無く次行きましょう…;;

2003・7・29

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