決戦前 3





 派閥からの帰り道、ふと、庭園に目をやると、噴水の縁に座っている、見知った人物がいた。
 もう夜なので、彼以外の人物はおらず、だから、余計に目に付いたのだろう。
 ともあれ、無視する意味もいわれもないは、声をかけた。

「バノッサー?」

 てほてほと歩きながら、彼の前に立つ。
 バノッサは、ふん、と鼻を鳴らした。
「あぁ、はぐれお……」
 女、と言おうとし、思い切り睨みつけられ、仕方なく言い直す。

「よろしい。で、何してるの?」
 夜の公園で、一人、星の観賞をするなんてタイプにはまるで見えないし、考えも及ばない。
 バノッサは、噴水の縁から立ち上がると、
「ちょっと、考え事だ」
 とだけ言い、の前を通り過ぎ、ギブソン・ミモザ邸への帰り道を進み始めた。
 も慌てて、彼の隣を歩く。
「何? 考え事って」
 ここで、 ”関係ないだろう” と言ったとしても、突っかかってくるのが関の山。
 バノッサはため息をつくと、歩みを緩めた。
 の歩調に、合わせてやる。
「今後の、戦いの事だ」
「……一緒に、戦ってくれんの?」
「正義なんて、柄じゃねえがな」
「同感」
「………」
 あまりにサクッと言われ、バノッサは少々じとん、とした目線を向けた。
 人が、柄にもなく折角他人様のために、自分の力を使おうとしているというのに、この対応……。
 すると、バノッサの目にクスクス笑いながら、
「ごめん、冗談」
 と、あっさり。
 更に深いため息をつく。

 どうも、前からそうだが、は自分の調子を狂わす。
 トウヤもだが、彼女は群を抜いて――なんというか、つかみ所がないのだ。
 飄々としているかと思えば、急に真面目になったり。
 笑ったかと思えば、泣いたり叫んだり。
 そういう所に、人が惹かれるのかもしれないが。

「お前とトウヤやソルたちに、一度助けてもらった身だからな。それに楽しそうだしよ」
 素直に、恩返しだ、と言えばいいものを、彼にそれを望むのは、酷というものかもしれない。
 発言の意味を充分理解しているのか、はにっこり微笑み、背中をぽんっと叩いた。
「ふふっ、期待してるから!」
「……あんまり、期待されてもな」
「何で?」
「どこで、あのメルギトスのヤローが、俺の事を利用するか、わかったもんじゃねえからな…」
 バノッサの体には、大悪魔の力――上手くいえないが、その残り香のようなものが残っている。
 それ故に、レイム=メルギトスは彼を利用しようと、現世に蘇らせた。
 一度は、その力でを殺そうとした程。
 が、眉間にしわを寄せるバノッサをよそに、
「大丈夫」
 軽く言ってのけた。
「だって、私、『サプレスの花嫁』 だもん。瘴気でバノッサがおかしくなったって、すぐ元に戻してあげるし」
「……”あげる” ってのは、恩着せがましいぜ」
「そう? まあ、あんまり深く考えちゃダメだって」
 あははと笑いつつ、隣を歩く
 その笑顔の下に、どれだけの決意が秘められているのだろうか。
 バノッサも、一つの決意をしていた。

 ……たとえ、どんな事になったとしても、
 もう二度と、彼女に――に、自分を殺させるような、そんな事態には、させないと。
 ――絶対に。

 真剣なバノッサの表情に気づきながらも、は何も言わず、彼の手を引いて、家への道を歩いた。
「…てめえ、手を離せ」
「たまには、いいじゃない?」


 ギブソン・ミモザ邸に帰ってきたは、バノッサと分かれ、月が見下ろすテラスで、剣の手入れをする事にした。
 既に皆は就寝しているのか、それとも決戦に向けての気構えでもしているのか、いつもは騒がしい家が、シィンとして、実に静かなものだ。

 は手近なイスに座り、いつも持ち歩いている小さな工具で、刀身と、柄の部分を分けた。
 の短剣は特注製で、コツさえ知っていれば、簡単に刀身と柄を切り離す事ができる。
 丁寧に、刀身が刃こぼれしていないか見、角度をチェックする。
 たとえ戦闘で、召喚が主といっても、武器で戦わないという保障はなく、魔力媒体として使う事もある。
 少なくとも、疎かにしていい物ではない。
 本来余り使わない上、鍛治屋の世話になったりもしているの剣は、刃こぼれ一つせず、綺麗な直線を描いていた。
「おい、
「ああ、バルレル…どしたの?…とりあえず、座れば?」
 すぐ隣にやって来た彼を、声だけで判断し、目線は剣に向けたままで、話す。
 バルレルはその言葉に素直に従い、イスを引っ張り出して座った。
 そのまま暫し、を見ていた。

 月の光に撫でられた髪は、今、彼女が手にしている刃より美しく見える。
 真剣な瞳は、触れれば切れてしまいそうで。
 彼女が、幾多の戦いを乗り越えてきた事を、今更ながらに実感させられる。
 …まあ、バルレルの方が、余程多くの死線を越えてきているのだが。

 柄の部分を確認しているに、バルレルはやっとの事で声をかけた。
「…随分、丁寧な仕事してやがるな」
「まあねー、剣士じゃないけど、これだって、立派な私の武器だもん」
「最終決戦前ともなれば、慎重にもなるか」
「バルレルの槍は?」
「…俺のは、とっくに整備してあるっての…」
 というより、悪魔の槍というのは、その人物に特化しているのかもしれない。
 刃こぼれなど、したのを見た事がないから、そう思うのだが。
 パチン、と音を立て、刀身と柄をくっつけ、きゅっと締めて、元の形状に戻す。
 それからまた、まっすぐになっているかのチェックをして、やっと鞘に収めた。
「ねえ、最終決戦……メルギトスってのは、悪魔なんだよね」
「ああ」
「じゃあ、私の力…役に立つよね」
「だからってな、無茶すりゃ、死ぬんだぜ? 人間なんだからよ、テメェは」
 それは、そうなんだけども。
 『うーん』 と唸るに、バルレルはまるでお小言でもするかのような顔になって続けた。
「あのなあ、わかってんのか? 確かにテメェの力は、悪魔にとっては――いや、四世界の者には脅威だけどよ、逆利用される事だってあんだ」
「わかってるって! 注意するよ」
 ニコニコしているに、彼は思い切りため息をつき、本当に真剣な顔で――言葉を紡いだ。

「……絶対、死ぬな」
「私が死ねば、君ら悪魔は、喜ぶんじゃないの?」

 揚げ足を取るように、からっと言う
 珍しく真面目に言ったというのに、するりと流されてしまい、ちょっと呆気に取られる。
「ケッ! メルギトスのヤローなんかに、くれてやるかってんだよ!」
「サプレスの花嫁、だから?」
「………」
 一転して、無言になるバルレル。
 は、何かを期待して言った訳ではなかったのだが、バルレルからすると、

『サプレスの花嫁でなければ、メルギトスにくれてやってもいいのか?』

 というニュアンスにも取れ。
「…別に、テメェがサプレスの花嫁じゃなかったとしても…俺は……別に、その…」
「?」

 バルレルは、内心舌打ちした。
 ニブイ!!
 前からそうだが、この女はニブイ!!
 今更ながら、そう認識した。
 顔を赤くしたり、眉間にしわを寄せていたりするのが面白いのか、はクスクス笑う。
 いつもは何とも感じない、その笑顔すら、今のバルレルには、手痛い攻撃に思えて。
(チッ…こ、これじゃあ、アズライトと一緒じゃねぇか…)
 如何ともし難く、舌打ちしてそっぽを向くバルレル。
「バルレル」
「あぁ?」
 不機嫌な彼のその頬に、は優しくキスをした。
 触れるだけの、それ。
「!!!? なっ、て、めえっ…!! 何をっ!!」
「いや、今までありがとうの分。今後もヨロシクも兼ねて」
 けらけらと笑い、ぽんぽんと頭を叩く。
 …明らかに、お子様扱いだ。
「……ガキ扱いしやがって…覚えてろよ」
「?」
「何でもねぇよ」

 チグハグな関係の二人を、月の光が、優しく撫でていた。








はいー、バルレル贔屓〜(泣)武器調整のくだりの辺りは、書いてて楽しかったデス。

2003・7・29

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