決戦前 2





「あれ? リューグ?」
 お茶を飲もうと、リビングへ立ち寄ったが目にしたのは、一人で斧の手入れをしているリューグだった。
「一人?」
「ああ、今はな」
 よくよく見ると、フォルテやシャムロックの剣、それに、ロッカの槍や、その他の仲間たちの武器も、リビングに勢ぞろいしている。
「……何してんの?」
「見れば分かるだろうが。武器の整備だ。最終決戦で、刃こぼれした切れ味の悪い武器なんて、使い物にもならないだろうが」
「ごもっともで…」
 数が数なだけに、先ほどまで、リューグ以外にも手入れをしている人物がいたのだろう。
 工具もあるし…察するに、フォルテとシャムロックあたりだろうか。
 案外、気づかない部分をやってくれている。
「性格とは違って、細やかというか…」
「何か言ったか」
 ぽろっと言った一言が聞こえていたのか、は慌てて手を振って苦笑いした。
「な、なんにもっ!」

 は、リューグの座っているソファの後ろから、作業工程を見つつ、丁寧な仕事してるなぁと、人事のように思っていた。
 手伝えればいいのだが、はこの分野は不得手だ。
 確かに、自分の武器は整備したり補正したりするが、人様のには、怖くて手が付けられない。
「リューグって、武器職人できそうだよね」
「……あのなあ、決戦前だってのに、お前緊迫感なさすぎじゃないのか?」
 呆れたように言うリューグに、ぽりぽりと頭をかきつつ、は天井を見た。
 ……確かに、言われてみれば、緊迫感がないかもしれない。
 とはいえ、緊張感がないわけではなく。
 まあ、以前一度経験したので、少しの慣れがあるだけなのだが。

 お茶を飲み、ふぅ、と一息つく。
 リューグは黙々と、武器の手入れをしていた。
「…ルヴァイドとイオスの事は、もう吹っ切れたの?」
 斧の刃の角度を見ていたリューグの動きが、ぴたりと止まる。
「吹っ切れたぜ、ある程度だけどよ」
「ふぅん…」
「…詳しく聞かないのか?」
「今、前みたいに物凄く怨んでないなら、それでいいんじゃない? 決戦前に、別の事で頭、悩ませるのは問題だし」
 さらりと言ってのけるに、リューグは苦笑いした。
「…お前らしいな」
「そう?」
 妙に打ち解けて話しているのが、おかしかった。
 彼らの時間軸で言えば、がいなかった時間はそうとう長いはずなのに。
 突き詰めて、色々聞くような場合じゃないからかもしれないが。
「…激戦必至だからな、用意ちゃんとしとけよ?」
「リューグに言われなくたって、ちゃんとしますよー」
 ケラケラと笑いながら、飲み干したお茶のカップを片付け、「じゃあ、がんばってね」と軽く言い、リビングから立ち去る。
 リューグは、自分の想いを彼女に言おうとする気持ちを、無理矢理抑え付け――また、武器の調整に入った。


 が二階に上がると、書庫の方から物音が聞こえてきた。
 ここにいそうな人物といえば…。
「ネスティ?」
「うん?…ああ、か」
 本棚に背を預けて、山のように本を読んでいるのは、ネスティだった。
 というか、このパーティの中で、決戦前だというのに本を読む人物といえば、の中では彼しか思い浮かばない。
 ギブソンを除けば、だが。

 は無言でネスティの横に座り、彼の読んだ本の背表紙を、何となしに見る。
 ……やはり、強力な召喚術のための本や、悪魔に対して有効とされているような、文献が多いようだ。
 ネスティは本に目を落としながら、「僕に用事か?」 と、聞いてた。
 だが、は彼に用事などない。
「用事は別にないんだけどね。音が聞こえてきたから」
「…トリスとマグナは、どうしてる?」
 やはり、気になるのだろう。
「アメルは知らないけど、トリスとマグナなら、大丈夫。しっかりしてるよ」
「そうか……君は?」
「どう見える?」
 逆に質問してみる。
 ネスティはやっとの事で、本から目線を離し、を見た。
 ――いつもと、変わらず見える。
 だが、線を一本張っているようにも、見えた。
 太い、線。
「……さすがはサプレスの花嫁って所か」
「それは関係ありませーん」
「じゃあ、経験だな」
 それはあるかもね、と苦笑いした。
 先の戦いを経験しているから、決戦前の緊張感には、多少の慣れが生じているのは確かだ。
 とはいえ、慣れきってしまうものではないが。
「…どうして、そんなに強くなれる?」
「強い? 私が? とんでもない」
 はクスクス笑いながら、本の表紙をぽん、と叩いた。
「他の人にはどう見えるかしらないけど、自分では普通の人間だと思ってるよ」
「そうかな…。僕なんかより、ずっと強く見えるさ」
「ネスティだって、自分で思ってるより強いと思うけど?」
 彼は、真剣な目でを見つめ、ふぅ、とため息をついた。
 自分は、そんなに強くないのだと言う意味を込めて。
 憎しみ、妬み、嫉み。
 そういうものに彩られた自分が、強いはずはないと。
 そう思っている心を見透かすかのように、はネスティの顔を覗き込んだ。
「…ねえ、ネスティ。自分がどうあれ、関係ないよ。心を繋げられる人がいるなら、それだけで強いんじゃないかな」
 私は、そう思うけど。
 はそう言うと、ぱっと立ち上がって、出入り口の前に立ち、くるっと振り向き、ネスティを見た。
「トリスもマグナも、アメルも…私達も、心、繋がってるよ、きっと。だから、ガンバロね」
「あ、ああ…」
 にこりと微笑み、じゃあねと言い残して、部屋から退出する
 どんな時でもマイペースというのは、強い。
 ネスティはそう考え、ひとしきり口の中で笑うと、また、本を読み始めた。
 目の前の戦いに勝利する為に。


 外に出ると、すっかり夜になっていた。
 今日は、皆夕食をバラバラに摂っているのか、
 広間は静かなものだ。
 は夜店で、適当に食事を済ませ、蒼の派閥へと赴いた。
 丁度、ミモザが前を通りかかり、慌てて声をかける。
「ミモザー!」
「あら、? どうしたのよ、こんな所で」
 自分の所属する派閥を、こんな所呼ばわりするのは、彼女ぐらいのものだろう。
「うん、ちょっとルヴァイドとイオスに会おうと思って」
「ああ、彼らなら、ここの道まっすぐ行って、右の部屋にいるわよ」
「鍵とかかかってないよね?」
 まさか、とケラケラ笑うミモザ。
 ゼラム内なら、勝手に出入りしていいという、蒼の派閥総帥のお墨付きらしく、監察処分といっても、そう大したものではないらしい。
 フリップが監視していた頃は、少々違ったようだが。
「ありがと、じゃあ、行ってみる」
「あんまり遅くならないようにね〜」
 パタパタと手を振り、ミモザは去っていった。
 も手を振り、さて、と気合を入れて歩き出す。
 別に気合を入れる必要もないのだが…。

「ルヴァイド〜、イオス〜、いる〜?」
 妙に語尾を伸ばし気味に、ドアをノックしながら声をかける。
 中から、二つの返事があってから、は部屋に入った。
 ルヴァイドとイオスは、それぞれのベッドに腰を落としていた。
 武具も、身につけていないだけで、きっちりと部屋に置かれている。
 脱出しようと思えばできそうなものだが、は、彼らが戻るべき国が、既に存在しない事を知ってた。
 崖上都市デグレアは…今は既に、悪魔の巣窟と化している。
 戻った所で…意味をなさない。
 気落ちしているのが、二人の表情から読み取れた。
 は、明かりもつけずにいる二人に、ふぅ、とため息を一つつく。
「暗いなー二人とも…」
「……こんな所に来ている場合か?」
「そうさ。もうすぐ、決戦なんだろう?」
 ルヴァイドが、俯いたまま言う。
 イオスもそれに便乗するように告げた。
「まあ、ね。でも、仲間いるし。前ほど緊張してないし、まだ余裕があるから。…元気ないね、無理もないけど」
「恨み言なら、聞くぞ」
 ルヴァイドの言葉に、は小首をかしげた。
 恨み言――。
「ねえ、私ルヴァイドとイオスに恨み言いうような事、ないんだけど?」
 危ない所を、助けてもらった経験があるし。
 そう明るく言うと、二人は顔を見合わせ、苦笑いをこぼしていた。
「強いな」
「うらやましいよ、お前のその性格…」
 先ほどと同じように言う二人に、はまた、ため息をついた。
「あのね、私だってルヴァイドとイオスの立場だったら、同じ事をしてたかもしれないでしょうが。逆もしかり。だからそんな暗くなってないでさ、できる事考えようよ、ね?」
「できる事?」
 ルヴァイドが眉間にしわを寄せながら、問う。
 は明るく、「私達が危なくなったら、助けてくれるとかさ!」
 と、とんでもない事を言ってのけた。
 今まで敵として戦っていた人間に、言う言葉ではない。
 まして、捕虜――監察処分にいるというのに。
 何を馬鹿な、と言おうと思えば言えたのだが、二人はそれを口にしなかった。
 こんな所でくさくさしているなら――それも、悪くない、と。
 の言葉には、何故か自分たちを勇気付ける――元気付ける想いが、含まれている気がした。
「…ちょっとは、元気でた?」
「ああ」
「少しはね」
「それで、充分」
 微笑むに、二人は、ほんの少しだけ――ここに来て、初めて、口の端を上げた。






ルヴァイドとイオスとネスティとリューグの話でした。(それ以外の何でもないな)

2003・7・25

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