決戦前 1





 故郷から帰ってきたら、決戦の日は、すぐ目の前だったなんて、ちょっと笑えない――と、思う。

 朝からは、トウヤとソルの部屋にこもり、食事も満足に摂らず、部屋の主である二人と共に、”覚醒” した力を繰るため、特訓していた。

 部屋の中心にがおり、トウヤとソルが、彼女から、多少距離を取って、立っている。
「じゃあ、行くよ、
「オッケー」
 すぅ、と息を吸い、吐く。
 それを皮切りに、ソルがサプレスからガルマザリアを呼び出した。
 同じように、トウヤがロレイラルから、オペレイクスを呼び出す。
 完全に呼び出しが終わると、に向かって、攻撃を加えた。
「デヴィルクエイク!」
「トゥルーライズ!」
 ソルとトウヤが一緒になってに攻撃を向かわせる。
 彼女は逃げず、その力を受け入れるかのように、放たれた魔力を、手のひらに当てる仕草をし、くるんっと、丸め込むように手のひらを上向かせた。
 普通であれば、二体の召喚獣が放った力は、少なからず、にとって、痛手を与えるものなはずである。
 味方が召喚した者で攻撃しても、ある種、召喚術師の意志が働き、防御壁を作り出すため、ダメージを受けたとしても、大したものではないが。
 だが、トウヤもソルも、一切の手加減をしていないから、まがり間違えば、屋敷を轟音が包み込み、部屋など消失してしまうかもしれないのだが…、
 誓約者とそのパートナーという、強力な術者の放った魔力は、今、の手のひらの上で、球体の形をとり、その周りにルーン文字が書かれたような輪を浮かせ、ふよふよと浮いている。
 以前、バルレルに吸い取らせた、球体そのものだった。
 サプレスの力は紫色の、ロレイラルの力は灰色の球体。
 トウヤとソルが見守る中、はその球体を、手のひらから吸い取り、消してしまった。
 吸い取り終えた時、紋章――印が光るが、それは、どうやら正常に元の世界へ力を還した、という完了報告のようなものらしい。
 意図的に、修練として、こういう方法をとっているのだが、普段は、リィンバウムの世界にいるだけで、無意識にやっているらしい。
 無論、無意識なので、紋章が光ったりとか、そういう事はない。

「しかし…凄いな」
 ソルの言葉に、は苦笑いした。
 サプレスの花嫁として、覚醒したばかりとはいえ、今までに見た事もないの力には、感嘆のため息すらこぼれる。
 伊達に、リィンバウムの世界を、後ろから支えていたという訳ではないらしい。
 自身は、今までと何ら変わらない――意図的に、力を使えるようになったという事を除いては――ので、どうにも微妙な気分ではある。
 トウヤも、苦笑いをこぼしていた。
「全くだよ。これじゃ、僕らが護られる側になるかもね」
「冗談やめてよ、トウヤ。私自身の魔力自体は、変わってないんだから」
「どうだか」
 笑いながら言うトウヤに、それに同意するソル。
 は、むーっとした顔を向け、それから、はぁ、とため息をついた。
「サプレスの花嫁としての能力以外は、前の私とまるで変わらないんだよねぇ…。こう、なんていうか、どどっと変わってくれれば、悪い悪魔なんか、ケッチョンケッチョンにしてやるのに」
「………花嫁っていうネーミングにそぐわない台詞だね」
「まったくだ」
 トウヤとソルが、更に深く苦笑いした。
 悪い悪魔というのも、微妙な台詞だったけれど。

「とにかく、能力は十分操れてる。問題ないさ」
 ソルがコーヒーを飲みながら、太鼓判を押す。
 修練を終え、少々遅い三時のオヤツを摂る。
 はクッキーを食べながら、こくこくと頷いた。
 トウヤがそれを見て、クスクス笑う。
「食べるか返事するか、どっちかにしなよ」
 それを聞き、もさもさと食べていたクッキーを飲み込むと、
「食べながら喋ってないだけ、マシでしょ?」
 と、同意を求めてきた。
 違いない、とまた笑う。

 和やかな空気が、部屋を流れる。
 久方ぶりの、三人だけの時間。
 いつ以来だろう。
 ソルは知らないが、トウヤとの二人の仲は、ちょっとだけれど、確実に進展していた。
 キスしたなどと知れたら、ソルの事だから、物凄い勢いで、トウヤに怒り出すに違いない。
 だから、今の所秘密。

 誰が好き? と聞かれるのは、
 にとって、最も難問なのだ。
 見ようによっては、皆を混乱させる嫌な女かもしれない。
 でも、今は――。

「…今は、目の前で一杯です…」
「は? 何言ってるんだ、??」
 無意識に口をついて出てしまった思考に、はっとなる
 不思議そうにしているソル。
 の考えが、何となく分かっているのか、口元を押さえて笑っているトウヤ。
 意地悪。
 笑っているトウヤに向かって、思わずそう言いたくなってしまった。
「……な、何でもないでーす」

 穏やかな時間。
 きっと、これだけは、永遠。
 無条件に信じられる人がいるから。
 頼れる人がいるから。
 だから、立ち上がれる…きっと、何度でも。

「ところで。、この戦いが終わったら、サイジェントに戻ってくるんだろ? トウヤと、俺と一緒に」
「うん、一旦は戻ろうと思ってるよ…今のところ」
 コーヒーをこくん、と飲み、そう告げる。
 フラットの皆にも会いたいし……ゼラムの仲間には、ちょっと悪い気もしないでもないけれど。
 元々が聖王国へ来たのは、蒼の派閥で召喚術をきちんと基礎から学ぶため、だった。
 こんな最中でも、学ぶべき所は学んだし、実践に関しては、言わずもがなである。
「……帰るためにも、ちゃんと、結末を迎えなくちゃね」
 の言葉に、トウヤもソルも、真剣な面持ちで頷いた。
 そう、結末を迎えねばならない。
 最悪のものではない、結末を。


 夕暮れ。
 が自室から窓の外を見ると、庭にトリスとマグナの姿が見えた。
 何となしに、も自室から出て、彼らの側――庭――に立つ。
「ねえ、何してるの?」
「あ……」
 反応したのは、マグナの方。
 トリスは、ぼおっと、オレンジ色の空の世界を見ている。
 花壇の側に座り込んでいる二人の横に、も座を納めた。
 暫し、無言の空間が広がる。
 オレンジ色の世界の中に、飲み込まれている錯覚さえ覚えた。
 花も、白い柵も、舗装されたレンガの道も、全部、夕焼けに染まっている。
 は、幻想的だと思う反面、怖さも感じた。
 長く、濃く伸びる影が、誰かを捕まえようとしているかのようで。
 無言でいると、色々な物音が聞こえてくる。
 風の音。子供達の声。その子供を呼ぶ、母親の声。
 それらに耳を傾けていたに、トリスが呟いた。
「…不安、なんだぁ…」
「トリス?」
 マグナも同じ気持ちなのか、俯いて、それから、を見た。
 答えを求める、子供のように。
「次の戦いが、多分…最後で…それが、凄く怖い。マグナたちが戦ってた間の事、よく知らないし…」
「僕だって、怖いさ。戦ってきた僕だって…だから、仕方ない事だと思う。レイム…いや、メルギトスは…僕らの力を…過去の過ちを利用しようとしてるし…」
は、怖くなかったの?」
「え?」
「『無色の派閥の乱』での、最後の決戦の前…」
 トリスの言葉に、苦笑いと共に答えた。
 勿論、怖かった、と。
 怖いなんてものじゃない。
 不安、恐怖、先行きのなさ、確実に死へ向かっているという気持ち。
 色々な負の要素がない交ぜになり、それこそ、狂い出しそうだったのを、今でも思い出す。

「怖かった。許されるものなら、全部投げ捨てて、なかった事にして、逃げ出したいと思ったよ」
「……」
 オレンジ色の世界で、のはなしに耳を傾ける二人。
 大悪魔と戦った事がある彼女の言葉は、今の自分たちにシンクロして、妙に心に響く。
「大悪魔の前では、一人で、裸で放り出されるみたいな気分になる。…でも、そこで悪魔の意識に飲まれるか、仲間を信頼し、一緒に前に進むか…それを決めるのは、今まで、自分たちがしてきた事、背負ってきたものの重さ…何より、自分自身の力だと思う」
 絶望的な、圧倒的なまでの敵に対して、個々の力は、余りにも微弱だ。
 だが、皆の力があれば。
 陳腐だが、も、トウヤも、ソルも…以前の戦いで、大悪魔を前にした人間は、その事をよく知っている。

 仲間の温もりが、たゆまぬ気持ちが、折れない剣となって、大悪魔に突き刺さるのだと。

は、負けなかった?」
 マグナの言葉に、彼女は微笑んだ。
「負けそうになったら、仲間がいる。でしょ?」
 トリスとマグナは互いを見やり、それからを見て――何か吹っ切れたように、微笑んだ。







決戦前。全員は出せないけど、やれるだけやっとこうかと。
…というか、ソル、ごめん(滝汗)

2003・7・18

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