花嫁 3 「あ、あなたが、サプレスの花嫁……」 ネスティが、驚いたように言う。 母――今はソルアリアと呼ぶが、彼女は静かな物腰で、頷いてみせた。 は、目をパチパチさせて、事態を――自分にも関わりがあるその言葉を、一生懸命に飲み込もうと必死だった。 母親は、二代目のサプレスの花嫁…。 では、自分は三代目になる。 そう考えた瞬間、レイムの言葉の意味が、そっくりそのまま飲み込めた。 「受け皿…花嫁……そういう、事…なんだね…」 「…ごめんなさいね、私のせいで、苦労をかけてしまって…。でも、逃げないで、きちんと理解して欲しいの。サプレスの花嫁と呼ばれるゆえんを。そして、その役目を」 「しかし、貴方を閉じ込めていた国は…」 ネスティの質問に、ソルアリアは頷いた。 国自体は、もうない。 百年、いや、二百年近く前に、消滅していた。 だが、花嫁の存在は、常に役目を負っている。 リィンバウムにいる限り、常に。 だから、戻るというなら、きちんと己の力を、役目を理解していなければならないのだ。 まがり間違えば、逆に、リィンバウムを破滅に追いやってしまう可能性だってあるのだから。 「大丈夫よ、。私も何か、協力するから」 「そうさ、僕だって君を護れる」 「…知識不足を補う事はできるさ」 「……トリス、トウヤ…ネスティ…」 トリスも、真剣な表情で、話を聞く体勢。 自分に、を助ける事ができるかもしれないと、そう考えたから。 彼女一人に重荷を背負わせたくない。 そう思っているのは、何もトリスだけではかった。 ネスティも、トウヤも……。 はそれを心強く思い、たたずまいを直した。 「…母さん、教えて。私の、知らない事を」 ソルアリアは紅茶を入れなおしてやり、それから話を始めた。 「…花嫁の基本的な役目は、サプレス、シルターン、メイトルパ、ロレイラルの四つの世界から来る力を、リィンバウムの世界に、過剰に注がせないようにする事。体内に四世界からの過剰な力を吸い込み、神聖化し、四世界それぞれに送り返す」 「ちょ、ちょっと待ってください? 過剰な力とは…」 ネスティの言葉に、ソルアリアは理解できるよう、 混乱しないよう、話の筋を考えてから、口を開いた。 「貴方たち召喚師が、召喚する。四つの世界から、召喚獣を呼び出す。そして、送還術で送り返す…。この時、ほんの少しだけれど、その呼び出した世界の力が、リィンバウムに残ってしまうの」 トリスが、ぽむ、と手をはたく。 「じゃあ、メイトルパから召喚獣を呼び出したら、メイトルパの力が、残り香みたいに、ちょっとだけ、残るって事ですね!」 ええ、と微笑むソルアリア。 「たまには、頭を働かせてるんだな」 「あ、ネス、酷い〜!」 そのやり取りにクスクス笑うと、ソルアリアは真剣な面持ちに戻る。 それを見て、トウヤがまだ言い合いをしている二人を制す。 「じゃあ、召喚術を使えば使うほど…」 「ええ、蓄積される力は、増えるわ」 「でも母さん…それだけじゃ、ないんでしょう?」 の言葉に、ソルアリアは頷いた。 これは、のカン…そして、レイムの言葉から導き出した意見だった。 ソルアリアは話を続けた。 「召喚しなくても、断続的に、四世界から結界を越えた一部の力が流れ込んでいるの。私の母、母の死後は私が、小さな国の、閉じられた神聖な場所で、体に取り込み、送り返していた…」 「それをしないと?」 が質問したが、逆に聞かれてしまった。 『受け皿に受けきれなくなった水は、どうなる?』 と。 勿論、溢れるに決まっている。 ……という事は。 「力が溢れ出してしまうと、世界の均衡が崩れてしまう。四世界が、リィンバウムに進攻し易くなるし、無用な力が増え、邪悪な意志が働きやすくなってしまう…」 「四世界全ての力を送り返して、リィンバウムを守護しているのに、どうして、サプレスの花嫁、なんです?」 トウヤが不思議そうに聞く。 ソルアリアは、それも説明した。 サプレスからの力は、他の世界の力の流れと違い、その多さが際立っている。 そのため、花嫁、の体の中には、受け皿――許容量の約半分程度は、常にサプレスの魔力を維持している事になる。 神聖化し、送り返しているものの、入ってくる量が量なだけに、いつも保持しているのが、現状らしい。 昔から、常に高位の悪魔がその力欲しさ、花嫁の利用価値の高さに、その身を狙い、結界…要するに、今はないが、国の神殿から出れば、悪魔に取り込まれてしまう可能性があり、逆に、存在が世界を脅かすかもしれない。 常日頃、悪魔に狙われる存在――。 いつしか一部で、まことしやかに囁かれるようになった名が、 『サプレスの花嫁』 だった。 それを聞いていたが、背筋を寒くする。 (……あの、三人の悪魔と、レイムは……私を、利用しようとしてるんだ…) ぞくり、とした感覚が上がってきて、彼女は身震いした。 ソルアリアはその様子を見、それでも厳しく言葉を続けた。 「、よく聞いて。貴方の体には、私から受け継いだ力がある。四つの力…召喚獣が、体に棲んでいるの。彼らがいるから、上手く神聖化する力が働いているのよ」 「…体に、棲んでる…?」 「呼び出す方法を教えるわ。でも、簡単に使ってはダメ。一度呼び出したら、彼らは、あちこちに散ってしまう。そうなれば、貴方は彼らを探し出して、また体に宿さなければならない。…そうでなければ、神聖化する力が、上手く働かないの」 よく分からないが、リィンバウムにとって、よくない事らしい。 は頷くと、母の顔を真剣な眼差しで見た。 余程の事でない限り、使わない、という決意を持って。 そう思う心は、既に 『サプレスの花嫁』 としての運命を、招き入れているからに、相違なかった。 自分は、一人ではないから。 だから、大丈夫なのだと。 母はの手をとり、ブツブツと何かを小さく呟く。 すると、右の手の甲の、紫色の印がぱぁっと光ったかと思うと、左手に灰色の印、胸(鎖骨の下付近)に赤色の印、額に緑色の印が現れた。 「な、何これっ」 「四つの刻印は、それぞれ、四つの世界を表しています。貴方の体に、召喚獣がいる、という証でもあるの。普段は、サプレスの……紫の印以外は消えてると思うわ」 言うが早いか、の体の刻印は、サプレスの印を残して、すぅっと消えた。 サプレスの力は、常に彼女を護っているという意味で、印が浮き出たままらしい。 ちなみに、ソルアリアもそうだったとか。 「もう一度言うけれど、リィンバウムを常に安定させておくには、その刻印が…彼らが必要なの。どうしても、という時以外は――」 「分かってる、使わない」 ならいいわ、と微笑み、ソルアリアは使い方を教える事にした。 「四棲解放とその名前で、体内に棲む”力”を放つ。解放した力を戻すには、彼らが宿ったものに触れ、四棲封印と言えばいいわ。そうすれば、彼らは貴方の中に戻って来る」 ついでに、普通の召喚術を使う際にも、それぞれに無色以外の、それぞれの属性に属した刻印が出る、との事。 その力が覚醒している、という事だから、不安がる必要はない、と、ソルアリアは言った。 「…リィンバウムを護る守護者、サプレスの花嫁…。三代目……か」 トウヤが、ポツリと呟く。 「一緒にリィンバウムに来たのは、偶然じゃなかったんだ。…必然、だった、か」 「トウヤ…でも、私、ほら、もっとトウヤやトリスや…皆の力になれるって分かったから、大丈夫だよ! まだ、頭一杯だけど、そのうち何とかなるっしょ」 重大な事なのに、さらっと流して言うに、その場にいる皆が苦笑いした。 こんな時でも、彼女は強い、と。 「ネスティさん、リィンバウムへ帰る方法をお教えします」 「え、知ってらっしゃるんですか!?」 驚くネスティに、ソルアリアがクスクス笑った。 「ええ、私と…それと、の護衛獣に、うちの夫がいれば、何とかなると思いますから」 「…あ!!」 トリスが今更気づいたかのように、驚く。 「どうしたの?」 と問うに、あわあわと掴みかかる。 「! のお父さんって、悪魔でしょ!!」 「…あ、そっか……あのお話のって……うわーーーーー!! 私って、悪魔とハーフ!!?」 これまた今更驚くに、男二人はため息をついた。 ふと、思い出す。 いつか見た事がある夢は、ただの夢ではなかったと。 あれは、父と母の物語だったのだ。 は両親の恋愛が、物凄い大恋愛だと、今頃気づいたのであった。 説明臭くてすみません〜。…ちなみに、ネスティは文献とかで、 「花嫁」という存在を、知ってました、はい。誰かは、知らなかったですけど。 2003・7・5 back |