>まぶた裏の世界 1





 力と力のぶつかり合い。
 衝撃。
 それと共に、体が捻れ、歪むような感覚がある。
 死とは違う。
 一度、どこかで感じた事があると、の体が告げた。
 不思議と、目を開く事ができない。
 何が起こっているのかも分からない頭に、いつかも聞いた、父の声がした。

『いいかい。決して、決して、呼び声に応えてはいけないよ?』

『応えたら、お前は花嫁にならなくてはいけなくなってしまうからね』

『この世ならざる世界の花嫁に……』


 トウヤは、ソルの呼び声と、エルゴの王たちに呼応し、リィンバウムへと――呼び出された。
(ならば、私は――?)
 答える者などあるはずのない、頭の中でのその問いに――大勢の、形無き者たちが、手を伸ばしながら、叫ぶ。
『我々のためのものだ!』
『逃がすものか!』
「いやあああっ!!」
 大声で叫び、形無き手のイメージから逃れた――瞬間。
 ドォンという轟音と共に、は浮遊感をなくし、前受け身でもしたかのような衝撃を受けた。
 …実際、前に倒れ込んだのだが。

「っつぅ……いったぁ…何なの、一体っ…」
 肩や腕をさすりながら、体を起こす。
 バサバサになっている髪の毛を手ですきつつ、目を開いた。
 他の仲間がどうなったか、現状を確認するために。
 悪魔の醜悪な気配はしなかったから、安心はしていたのだが――開いた目に、飛び込んできたのは……。

「……え?」

 は床にへたったまま、動く事ができなくなった。
 目の前に広がる光景は――何とも懐かしく…二度と、お目にかかれないと思っていたモノ、だったから。
 机、床、教卓に黒板。
 そして何より…懐かしい、友の顔。
 いつもポンポン言いあいをしていた、ハヤト。
 笑い合っていたナツミ。優しい、アヤ。
 は、半分夢見心地になりながらも、自分のほっぺをつねる。
「……いて」
 夢じゃない。
 頭がそれと認識した瞬間、思考が目まぐるしく回転し始めた。
 バッと立ち上がり、周りを見ると――トウヤも、呆然として、周りを見ている。
 この、日本の学校の、教室の中を。
 どうも自習中だったようで、教師の姿がないのは救いだった。
 しかし、轟音をとどろかせてこの場に来たはずなのに、他から誰も来ないという事は、あの、”ドォン”という音は、こっち側の人間には聞こえていなかったのだろうか?
「ってぇ…チクショー、何だって俺がこんな目に…」
 ボヤきながら立ち上がったのは、バルレル。
「ネス…ここ、何?」
「…僕に聞くな」
 呆然としているトリスとネスティ。
 他に、仲間は見当たらない。
 別な場所にいるのだろうか?
 しかし、そうは思えなかった。
 少なくとも、”日本” には、いない気がしてならない。
 そうこうしているうちに、周りの学生達が、硬直から解けたようにザワつき出した。

「きゃー! この子可愛い!! 尻尾生えてる〜」
「うわっ、何だ、このオンナたちはっ」
「バッ、バルレル!」
 慌てて、女子生徒に抱えられそうになっている彼を引っ張り、結構重いが、抱っこする
 バルレルはに後ろから抱えられたまま、額に青筋を浮かばせた。
「テ、テメェ…」
「こっ、この場合はしょうがないでしょーが」
 冷や汗をたらすの横で、ネスティがこれまた女子に囲まれていた。
 トリスは、男子に囲まれている。
 容姿端麗のネスティ。可愛いトリス。いきなりアイドル。
 だが、怯むトリスを放置し、ネスティは一人、床を見つめ、周りを気にする事なく、論理的に物を考えていた。
 リィンバウムでの、論理、だが。
 仕方なく、”学校” を知る、トウヤの横に立つと、二人して、顔を見合わせた。
 暴れるバルレルを、床に下ろして。
「…ここは、もしかしなくても…」
「僕らの学校だね。しかも、僕らの教室」
 そんな二人の元に、三人の人物が近づいてきた。
 トウヤとのよく知る、懐かしい顔。
 ハヤト、ナツミ、アヤの三人だ。
 ハヤトは驚きながら、二人を指差した。
「おまっ…トウヤにじゃんか! 行方不明になってたかと思ったら、いきなり何だって……」
 それに続くように、ナツミも声を出した。
「それに、その格好……」
 あれこれと追求してくる二人の間を裂くように、アヤが口を挟んだ。
「とにかく、どこか別の場所へ移動した方がいいですよ…」
 段々と騒ぎが大きくなっているのを見て、一同は頷いた。
 トリスとネスティを連れ、とりあえず、生徒会室に一時避難する事に。
 あそこなら、生徒会委員以外は、滅多な事では来ないので、無用に騒ぎを大きくしないだろうと考えたためだ。

「……で、いったい何がどうなってんだ?」
 ハヤトがメンバーを見ながら、口火を切る。
 まずは、ハヤト、ナツミ、アヤに、今までの自分たちの行動を、かなりはしょってだが――トウヤが話して聞かせた。
 異世界、リィンバウムの事を。
 そして、自分とは、その世界で一年以上暮らし、この世界には、戻って来ないだろうと思っていた事や、召喚術という魔法がある事など。
 話を食い入るように聞いていたナツミが、楽しそうに、「剣と魔法の世界ねー」 と明るく言う。
 まあ、その通りなんだけども。
「なるほどな」
「信じ難いですが…あなたたちの格好を見てると、嘘ではなさそうですね…」
「しっかし、一年以上か…」
 ハヤトが唸る。
 が不思議そうに、 「どうしたの?」 と聞くと――
「だって、俺らの世界じゃ、まだ三日だぜ? お前らがいなくなってさ」
「―――え?」

「じゃあ、ここは、君たちの世界なんだな…」
 ネスティが呟く。
 今、ハヤトとナツミは、それぞれ、、トウヤ、バルレル、トリス、ネスティのために、服を調達しに行っている。
 アヤは万一を考え、この場に残っているが。
 とにかく、ネスティやバルレル、トリスにも、現状を把握してもらう必要があった。
 ここがどこかを説明し、理解してもらう。
 日本という世界で、リィンバウムからの四つの世界の何処にも位置しない場所。
 トウヤとの、故郷なのだと。
「多分、あの地下室で…空間が捻じ曲がり、召喚事故と同じような状況になったんだろう。何らかの力が作用して…僕らは、飛ばされた…」
「他の皆は?」
 トリスが心配そうに言うが、は微笑み、「きっと、大丈夫だよ」 とだけ、言う。
 その様子を見ながら、トウヤが思慮深げに周りを見回した。
「……とにかく、帰る方法を見つけないとね」
「……うん」
 暫くし、ハヤトとナツミが戻ってきた。
 予備の制服をトウヤとに着せ、洋服をネスティとトリス、バルレルに着せる。
 バルレルは、尻尾と羽がきゅうくつだとか文句を言っていたが、この際、我慢してもらう他ない。
 夜まで待ち、それから校外に出た。
 何とか無事に街に出て、ホッと一息をつく。
「なあ、トウヤ。お前は家に戻るのか?」
 ハヤトの問いに、首を横に振る。
 夕暮れまでの間に、色々と話をし、考えていたのだ。
の家に世話になろうと思ってる。…もしかしたら、すぐにでも向こうへ戻るかもしれないのに、下手に安心させたくないんだ」
「それだったら、だって…」
 アヤが不安そうに言うが、は首を横に振った。
「大丈夫。ウチなら、何とかなるよ。…予感だけど。それに、部屋もちょっと大きめだし、皆泊められると思うし」
 普通の家より、少々大きめなのが、宅の特徴だった。
 とはいえ、豪邸でもなんでもないけれど。
 家の前につくと、とりあえず翌日会う約束をし、ハヤトとナツミ、アヤは自宅へと帰っていった。

……?」
「お母さん、ただいま……ごめんなさ……」
…!!」
 家に帰るなり、母親が泣きながら抱きついてくる。
 恥ずかしさ半分、嬉しさ半分。
 は懐かしい匂いに抱かれながら、もう一度、ちゃんと、「ただいま」 と言った。

 理解してはもらえないと思いながらも、家にいた父もあわせて、両親に今までのことを話す。
 馬鹿げているとか、ふざけるなとか、怒られるとばかり思っていたのだが…両親は、娘が帰って来ただけで嬉しいのか、とにかく頷いてばかりいた。
 ネスティやトリス、バルレル、トウヤを泊める事にも、異議はないらしい。
「とにかく、今日はゆっくりお休みなさい。雑魚寝で悪いけれど」
 母のその言葉で、話は締めくくられた。

 懐かしい自室で、はトリスと二人、窓から外を眺めていた。
「随分月が小さいんだね」
「あはは、リィンバウムに比べればね。……戻れるのかな」
「……戻らなくちゃ。方法は、きっとあるよ」
 二人は、地球の月を仰ぎ見ながら、かの地の事を思った。






普通にシナリオ通りに進むってことができないのか自分(爆)
という事で、リィンバウム脱出。なんつーかもう、無茶苦茶でスミマセ…;;

2003・6・27

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