月影白刃 4





「な………」
「…………」
 口を大きく開けて、まるで驚愕するべき出来事がそこにあるかのように――実際、驚愕の出来事だったのだが、出迎えたソルとトウヤ、ギブソンやミモザ、エルジンは、信じられないものを見ているという対応を示した。
「…ムナクソ悪いぜ、その態度」
 バノッサは、吐き捨てるように言った。

 ゼラムへたどり着いた、バルレル、バノッサの三人は、意見を聞くため――それから、状況の進展に努めるために、寄り道せずにギブソン・ミモザ邸へと足を向けた。
とりあえず驚く事を止め、戦意の有無を確認してから、広間に通してやり、話を聞く事に。
「酒はねえのかよ」
 出された紅茶に文句をつけるように、バノッサはまだ熱いそれを、殆ど一気に飲み込んだ。
 予想以上に熱かったのか、顔をしかめるが、それだけだ。
 ギブソンは苦笑いしながら、相変わらず砂糖をどっぷり入れた紅茶を口にしている。
 甘みが足りないと、三杯もの砂糖を入れるさまを見て、バノッサは呆れたような顔をした事を追記しておく。

「………どういう、事なんだよ」
 ソルがずばり聞く。
 バノッサはカップを置き、ふん、と鼻を鳴らした。
「知るかよ」
 むっとするソル。
 …そういえば、バノッサとソルは、ある意味で兄弟のようなものだったのだと、今更ながらに思い出す。
 はバノッサが言葉の足らないのを承知していたので、代わりに――自分が分かる範囲のみだが――を、説明した。
 ゼラムを出て、ファナンへ行ってから起きたこと。
 デグレア軍との戦い。
 そこで――バノッサを見た事。
 それについてトウヤとソルに話をしようと、ゼラムへ戻る際、バノッサが一人でやって来た事。
 そして、それに――レイムというデグレアの顧問召喚師が関わっているだろう事も。
「……ふむ…」
 ギブソンが、思慮深げに唸った。
 なにか、思うところがあるのかもしれない。
 が、彼が意見を口にする前に、ソルが口を開いた。
「バノッサ、お前……俺たちを怨んでるんじゃ…」
「………と同じこと聞きやがるな」
 同じような頭ばっかりかよ、と鼻先で笑い飛ばすバノッサ。
 彼は、首を横に振った。
「残念だが、テメエらに怨みなんざ持っちゃいねーよ。……俺が、愚かだったんだからな…」
「バノッサ…」
 トウヤが、安心したように――微笑んだ。
 彼もまた、と同じように後悔していたのだ。
 ――救えなかった事を。
 無力だった自分を。
「……ところで、生き返るなんて――普通は、出来ない事なんだよね?」
 エルジンが率直な疑問を口にする。
 その通りだと、ギブソンとミモザが頷いた。
 普通、人間が生き返るなんて事ありえない。
 どんなに高度な召喚術を使える者であったとしても、だ。
 では、何故バノッサはここにいる?
「俺の意識は、自分が周りを認識した――どこかの森の中だって所から始まってる。その後暫く――と会うまでは、記憶が飛んでるけどな」
「ともあれ、今こうやって生きてるんだから、いいんじゃない?」
 が軽くそんな事を言うが、それで片付けてしまっていいのだろうか。
 自分で言いながら、彼女自身――なにかがあるのではないかと不安がある。
 レイムがなんの企みもなく、バノッサを生きかえらせるはずがない。
「……俺の勝手な憶測なんだが」
「ソル?」
 が不思議そうに彼の顔を見る。
「憶測って?」
「ああ。もしかしたら……バノッサの中にある、魔王の力を――なにかに使おうと思って、蘇らせたんじゃないかと」
「俺の中の魔王? ……魔王はテメエらが倒したろう?」
 バノッサの言い分には、ミモザもトウヤも頷いた。
 だが、ギブソンとソルは、なにか意図を感じているらしい。
 ――今まで一言も口を聞いていない、の護衛獣、バルレルも。
 ギブソンが同意するように、自分の考えを示した。
「確かに、魔王は倒した。だが、君の中には魔王との繋がりの力が、ある…と思う。奴の力は強大だった。…レイムという男が、その力を利用しようとした可能性も――ある」
「…だが、俺は召喚術すら使えないんだぞ」
「使ってみたの?」
 ふいにが聞くが――彼は首を横に振った。
 サモナイト石もないし、誓約も出来ない。
 まあ、誰かが誓約した獣なら、使えるのだろうが。
 という事は、少なくともレイムは、バノッサの<召喚の力>を目当てで蘇らせた――という事ではないと思われる。
 が、バルレルがふいに、口を横から挟んだ。
「召喚術はどうか知らねぇが、こいつの体から流れてる来る気配は、<悪魔の力>だ。つっても、大してデカくもなさそうだがよ」
「………バルレル、分かるんだ」
「ったりめぇだろ。俺を誰だと…」
 続けざまに文句を言おうとするバルレルに微笑み、は有無を言わさず「そうだよね」とだけ口にした。
 ……要するに、バルレルが有能なのは分かってるよと、そういう事らしい。
「とにかく、バノッサ……会えて嬉しい」
 トウヤがにこやかに握手を求める。
 バノッサは――少々複雑な表情をしていたが、ゆっくりと手を差し出し、握手した。
「……俺は複雑だけどな」

 かなりの疲労を訴えるを労わり、食事と入浴を済ませると、彼女は自室――借り部屋だが――に引っ込みさっさと就寝してしまったようだ。
 バノッサは一階にある個室を貸してもらい、そこで就寝している様子。
 バルレルは、トウヤ、ソル、ミモザにギブソンと一緒に、まだ広間にいた。
「実際、どうなんだろうな…」
 ソルが小さく呟く。
 トウヤは考え深げに、目を伏せた。
「……でも、危害を加えようという意識はなさそうだし、僕らは――彼が最後にどうなったか知ってる。この件が終わったら――サイジェントに戻る。その時、一緒に――」
「……大丈夫か?」
 ソルのいいたい事は分かっている。
 バノッサは、サイジェントで<例の戦い>を大きくさせた人間だと認識されている。
 しかも、公式に死亡したとされている人物だ。
 その人物が――突然また現れたりしたら――。
「……混乱は、避けられないだろうな」
 スラムにも、もう彼が戻る所はない。
 あれからサイジェントも少しばかり、様が変わった。
 本来の意味での、自由都市、になって来ている。
 以前のように、召喚師が無差別な権力を持たなくなった。
 だが、バノッサを受け入れるかどうか――。
 フラットに住むことは可能だが、それは彼が同意しないだろう。
 もしかしたら、ゼラムに拠点を構えるのが一番なのかもしれない。
「…ま、それはおいおい考えることとして、今日はもう寝ましょうよ」
 あくびを噛み殺しもしない音で、ミモザが言う。
 誰ともなく同意し、それぞれが席を立った。


 深夜。
 バルレルは喉の渇きを覚え、二階のの部屋から出て、水を飲もうとキッチンへと降りていった。
 コップ一杯の水を飲み干し、部屋に戻って寝ようとして――あるものを見つけた。
 否、ある人物を。
 その男は、ゆっくりと階段を上り、の部屋へと一直線に進んで行った。
 バルレルは気づかれないよう、慎重に後を追う。
「……アイツ、なにしようってんだ……」
 男は、バノッサだった。
 の部屋に入ったバノッサは、ゆっくりと彼女が眠っているベッドに近づいていった。
 バルレルはドアの隙間から、なんとか中の状況を見ていられたが、今にも飛び出したい思いが、体を包んでいることに気づいていた。
 は侵入者に気づく事なく、安らかな眠りを貪っている。
 バノッサの手が、振り上げられた。
 月の光を受けた短剣が、刀身を光らせている。
「やめろ!!!」
 バノッサがを殺そうとしているのを見て取り、バルレルは叫び――バノッサに飛びかかった。
「な、なに!?」
 が慌てて起き上がった瞬間、バノッサの手に持っていた剣が床にカツンと音を立てて転がった。
 なにがなんだか判らないと、キョロキョロしているに、バノッサは剣を持つことを止め、今度は首を絞めにかかった。
「っ……な……っかは…」
「どうした!!?」
「バノッサ!?」
 トウヤとソル、ギブソンが物音に気づいてか、部屋に駆け込んでくる。
 首を絞めているバノッサと、苦しそうにしているを見て、バルレルと共に彼らを引き剥がしにかかり――なんとかして、首から手を離させた。

 瞬間、バノッサが呻き出す。

「……っう……んだ…ってんだ…?」
「バノッサ……けほっ…」
 がバノッサに近寄り、頬に手を触れる。
「バノッサ……どうしたっての…?」

 殺せ。
 殺せ。

「やめろ………」

 そして、連れてくるのです。

「やめろおおお!!!」

「うわあっ!!!」
 バノッサから突如として強力な魔力の突風が走り、全員が、横倒しになった。
 ぜいぜいと肩で息をしているバノッサの姿は、なにかから必死で耐えているように見受けられた。
 がいち早く彼の側に寄り、肩を掴んで揺らす。
「バノッサ!!」
……頭の中で、声が……くそっ…命令するんじゃねえ!!!」
「バノッサ、しっかり!」
 必死の呼びかけにも、彼は頭を抱えて動こうとしない。
 ふと――バノッサが近くにあったの剣を取り出した。
「!?」
 抜き身にして、に手渡す。
「俺を、殺せ!」
 ……なに?
 が驚愕のまなざしを向けていると、もう一度、バノッサが口にした。
「俺を殺すんだ!」
「いや!」
 剣を落とすと、はバノッサにがっちりと抱きついた。
 冗談じゃない。
 せっかく――せっかく会えたのに、
 また、また最後を繰り返せと言うの?
「俺は誰かに操られてんだよ! だから――」
「二度と…二度と繰り返したくない!! 私はもう……あんたを殺したりなんて、絶対にしない!!」
 誰もなにも言わなかった。
 言えなかった。
「お前を殺すかもしれない!」
「イヤだったらイヤあ!!」
 抱きついたまま、ぎゅっと目をつぶり――手に力を込めた。
 瞬間。
 の手に――バノッサから、どす黒いなにかが抜けて、入っていった。

「……声が……しなくなった」
「……?」



 レイムは苦々しくも楽しい思いで、完全に途切れたコンタクトを思った。
 ――やはり、殺せなかった。
 連れてこれもしなかった。
 彼女の力―――もう直ぐ熟す。
「レイムさま、楽しそうですね…」
「ガレアノ、ええ、楽しいですよ…。彼女の力は、もう充分すぎるほどです。まだまだ、溜められる余地はあるようですが」
「……危険ではないのですか」
「彼女は、悪魔にとっては恐ろしくも甘美な人物です。あの余計な悪魔さえいなければ、既に力が溢れていたはずなのに」
「……魔公子…」
 レイムは微笑み、ガレアノを見た。
「バノッサは、もう使えそうにありませんね…。彼女が力を無効化させてしまう。……ま、ちょっとした余興にはなりましたよ」
「……最後のキッカケは、我々がくれてやろうではありませんか」






レイムには、ヒロインを殺す気は更々ありませんでした、一応追記(こんなトコで…)
まあ、出方を見るってトコで。……しかし悪役ですね、うちのレイム。

2003・6・13

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