月影白刃 3





 ムカツク。
 の護衛召喚獣バルレルは、そういい残して――さっさと寝てしまった。
 彼を腹立たしく思わせたのは、の態度であり――突然の乱入者、バノッサだった。

「……説明してもらてぇもんだ」
「……私も同感だったりするんだけどね」
 火守役として、とバノッサは起きていた。
 バノッサが気がついた後、まだ危険意識を持っているバルレルをなんとか説得し、とりあえずこれからの事を考えようと、一緒に行動する事にした三人だったが、バルレルはそれが不服なのか、フテ寝してしまった。
 バノッサと話をすれば、気が合うような気もするのだが…。
 ……なんとなく。

 とりあえず 『腹が減った』 というので、バノッサにの携帯食料を分け、水も与えてやり、当面の空腹を満たしてやる。
 なにはともあれ、バノッサは以前の――<無色の派閥の乱>それも、己がこの世のものでなくなる瞬間までを、覚えていた。
「…バノッサ、あの…」
「…なんだ、いつものテメエらしくねえな」
「歯切れが悪いって?」
 そうだ、と言うように頷き、パンを一口かじる。
 携帯用なので、少々固いのが問題だが、彼はとりあえず文句を言わずに食す。
 まあ、文句を言われても代わる物はないのだが。
「疑問は山みたいに多いんだよ? わかってんの? あんた――私に………その」
「ああ、俺はテメエにとどめを刺された」
 そのものずばり、が言いよどんだ事を言ってしまう。
 相変わらずといえば、相変わらずだ。
「だが、俺が望んだことだ。怨んじゃいねえ」
「そっか」
「安心したのか?」
「…だって」
 はその先を言おうとして、口をつぐんだ。
 ……怨まれていると、思ってた。
 それは、言葉に出さずとも、表情で読み取れたようで、バノッサは小さく笑いをこぼした。
 の方は、複雑な表情のまま。
 だが――次第に彼女の方も、バノッサの笑い声に釣られて、クスクス笑い出した。
 ふわりとした柔らかい空気が、夜の風に流れて、彼らを包んだ。
「ねえバノッサ…生き返った経緯とか、わかんない?」
「……レイムとかいう召喚師だったか。そいつが――俺をこの地へと呼び寄せた」
「…レイムが…」
 もはや、レイムに『さん』をつけようという気すら起きない。
 デグレア軍、顧問召喚師――レイム。
 だが、単なる召喚師が、人間を…蘇らせる?
 ありえない。
 しかも、バノッサを意図的に呼び起こしたというのには、どうもきな臭さを感じてしまう。
 トウヤやソルたちの意見も聞いてみないと分からないが、少なくとも、にはなにかしらの引っ掛かりを覚える。
バノッサが<例の事件>の、儀式の贄だったというのは…多分、
ごくごく一部しか知らない事。
かんこう令が敷かれているから、トウヤやソルの存在だって、
ごく一部しか知らないのだから。
「でも、ちょっとだけ感謝」
「あ?」
「バノッサと…こうやって、もいっかい、話したかったから」
「………相変わらずだな、はぐれ女」
 その名称が気に入らないのか、はバノッサの目をじっとりとした目で睨んだ。
「最後は名前で呼んでくれたのに」
「……!!」
 バノッサの顔色が、微妙な変化を起こした――ように思えた。
 たきぎの赤い色が、頬にやけに映えている。
 ……単なる気のせいかもしれないが。
「う、うるせえ。あれはだな……最後だったからだ」
「でも、呼んでくれたもん」
「………るせえ――……ちっ」
 が余りにもじとっと睨んでくるものだから、バノッサの方が――押し負ける形になった。
「ムカツクが、分かった。
「それでよし!」
 クスクス笑うの姿は――以前と同じように見えて、どこか違っていた。
 大人びた?
 ……違う。
 多分――多くの人の死を乗り越えてきた、強さ。
 彼女には、以前にはない強さがあった。

 ……俺のせいか。

 そう思うと、いたたまれないような、微妙な気分になる。
 最後の最後――止めを刺す役目を彼女に任せたのは、それなりに理由があっての事だった。
 バノッサは……彼女の真摯さに、惹かれていた。
 トウヤの強さに、憧れていた。
 異世界から来た彼らは、何者にも左右されず、どんな状況下においても、決して自身というものを消失しない。
 そんな風に見えた。
 だから――力を持つ彼らを、召喚術を苦もなく使ってしまう彼らを憎み――そして、無用なまでに妬んだ。
 今は、力に固執しようと思わない。
 復讐してやろうとも思わない。
 あるのは、ただ、に最後を任せてしまったという罪悪感。
 もう一度会って、こうして話をしたかった。
 その、思いがあるだけ。
「…とにかく、トウヤとソルに会って…話をまとめよう?」
「…そうだな…」
 それが多分、一番己に起きている事を理解できる事だと期待して、バノッサはの提案を受け入れた。
 彼の銀髪が、風に流れた。

 自分がどうしてまたここに出てきたのかは分からない。
 いつ死ぬかも分からない。
 けれど、今度は間違わない。
 大切なものがなんなのか。
 居場所が、何処なのか。
 今はもういない、カノンを思い出しながら、バノッサは星空を見上げた。


「あの男は、無事に着いたようですね。……誤算がありましたが」
 琴をピン、と弾きながら、レイムが静かにため息をついた。
 彼女は、自分ではまだ力を制御できないはずなのに、バノッサの中にある<力>を敏感に感じ取って、吸い上げてしまった。
 ガレアノが側に立ったまま、首を横に振る。
「しかし、レイム様のお力を全て吸いきった訳ではありますまい」
「そうですね、まあ…誤算はまだ修正可能ですし…。今のうちに、安心していてもらいましょうか」
 にこり、微笑んだレイムの顔には、冷淡さが秘められていた。







どうしてこう、うちのレイム氏は極悪チックなんでしょうか…。

2003・6・6

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