月影白刃 2




 月が満ち
 影が伸びる。

 バノッサが降り下ろした剣を受けたのは、よりも一瞬早く反応した、バルレルだった。
「っち…!!」
「バノッサ、やめて!!!」
 は叫びながら短剣――鞘付きのままだったが――を手にし、バルレルのほんの少し後方で、横なぎの構えのまま、彼の対応を見ていた。
 声が――届いていないのだろうか?
「ッ…テメェ、なんの恨みがあって――!!」
 バルレルの叫びにも、顔色一つ変えずに攻撃してくるバノッサ。
 覇気のない――怒りもなにも見えないその表情は、彼が自分自身の意思で行動しているとは、到底思えない。
 そうはいっても、剣を振りかざしてくるバノッサに対応しなければ、この場で斬られてしまう――。
「バノッサなんでしょう!? 私の事忘れたの!!?」
「………」
「無駄だ! こいつがおかしいってのは分かってんだろ!」
 槍で剣戟をなんとか弾いているバルレルが、額に汗を浮かべながら、に棘を指す。
 振り下ろされた剣と、防ごうとした槍がぶつかり、ギャリッと、削れるような音がした。
「ちっくしょう…ムカつくぜ…殺し――」
「だめ!!」
「…分かってんだよ、んなことは!!」
 この男を倒すのを、は望むまい。
 バルレルは充分それを理解していた。
 だからこそ――なるべく傷つけないよう、戦っているのだ。
 だが、そう長く持つとも思えない。
 相手は<魔王>の片鱗を体に宿す相手。
 生半可な力ではない。
 召喚術を使ってこないのが、唯一の救いだ。

 は、どうしていいのか分からなかった。
 バノッサは、どうして自分を襲ってくる?
 レイムの差し金?
 そもそも、どうして貴方がここにいるの??
 あなたは、私が――倒した、のに。

 ぎり、と剣を持つ手に力を込める。
 右手が、熱かった。
「……バノッサお願い…お願い…!!」
 が、目をきつくつむった。
 瞬間――バルレルの不意をつく形で、バノッサがとの距離を縮め――
「馬鹿やろう!! 前を――」
「…!」
 顔を上げたが見たものは、バノッサの銀髪と目――それに、剣。
 振り下ろさる剣――。

 戦い慣れ故か、彼女は瞬時的判断で、鞘に納まったままの短剣で、なんとか下ろされた剣を受けたものの、バノッサは短剣のつばの部分に刀身を引っ掛け、上に跳ね上げて彼女の手の中から、短剣を奪い去った。
!!」
 バルレルの声が、バノッサの背中の方から響いてくる。

 ……バノッサ。
 私を――怨んでるの?

 手の熱さが、一瞬、耐え難いものになった。

「っぐああああ!!!」
「!?」

 叫び声。
 は思わずバノッサの――瞳を見た。
 それから、彼の全身を。
 バルレルも驚きの眼差しで、目の前にいる男を見ている。

 バノッサは剣を地に落とし、両手で顔を覆って――膝をついた。
 その体から、どす黒い紫色のもやが放たれては、の右手――正確には、例の<印>へと、吸い込まれていく。
 彼女に殆ど痛みはなかった。
 時たま、ツクンと、指された様な小さな痛みはあったけれど。
 それよりも、目の前にいるバノッサの苦しみように目を取られ――自分の痛みなど、どうでもいいものに思えた。
「バノッサ!?」
「っ…ぐ、……やめ、ろ…!!!」
 誰に向けられた言葉なのか。
 彼の口から出た言葉は、に向けられてはいなかった。

 長い時間ではなかった。
 バノッサの体から放出されていた紫のもやは、最後の一筋まで、の手の印に吸い入れられ――また、何事もなかったかのように、平地は静かになった。
「…バノッサ…?」
 が恐る恐る彼に声をかける。
 いざという時のためか、バルレルはまだ、槍を手放してはいない。
「バノッサ、バノッサ?」
「……う……」
 地に膝をついた彼が、うめく。
 今度の返事は、剣ではなかった。
「………はぐれ…女…?」


 月が満ち、影が伸び、闇が深くなる。
 闇は姿を現すことなく、ただ、その目を動かしていた。






あいかーらず凄い流れですみませぬ;;
まだ続く。

2003・6・6

back