月影白刃 1





 大平原に集結していたデグレア軍に、ミニスの母、ファミィさんが高位召喚獣を使って攻撃した事で、軍は戦わずして多くの被害を出し、結果、一時的に撤退をする事になった。
 デグレアという国の、基本的な情報があまりに少ないのを感じ取り、トリスとマグナが、デグレアへとおもむき、現状と状況を見たいと口に出した。
 パーティ内での議論の結果、一行は、崖城都市デグレアへと、これ以上の後手を踏まないためにも、足を踏み入れる事にし、それにほとんどが同意した。
を除いては。

「ゴメン皆…私、ゼラムへ戻りたい。戻らなくちゃ……」
 消え入りそうな声で告げるに、数人が不満の呻きを上げた。
 マグナが問う。
「…あの、バノッサっていう男の事?」
 彼女は言葉ではなく、首を縦に振って答えとした。
 にとって、彼――バノッサがどういう位置づけにあるのか知る人物は、どうして彼女がそうまでして気にするのか、良く分かっていた。
 彼は――この世にいるべくもない人物。
 それが、どうして目の前に現れたのか。
 理由はさておき、知らせておきたいと思ったのだろう。
 トウヤと…ソルに。
 そして、以前の戦いに関わっている仲間に。
「君は、もう僕らの仲間だ。でも、行動を制限する気はない。…ただ、出来るなら知らない皆にも事情を話してもらえないか? 力になれる事もあるかもしれないだろう?」
 ネスティの言葉に、暫し戸惑いを覚えるものの、結局はそれに同意し――話を始めた。
 これを話す事で、トリスやアメル、マグナ――パーティの全員にも、余計な負担になるかもしれない。
 だが、求められて答えないことはない。
 彼らは、<仲間>であり<友達>なのだから。

 途中にカイナの言葉を挟みながら、の話は続き――全てを話し終えた頃には、パーティの皆はが一時的離脱をするのに、誰も反対などしなくなっていた。
「…、僕らは僕らで頑張るから、早くゼラムへ戻って、トウヤとソルにその事を伝えた方がいい」
 マグナの言葉に、誰も口を挟むことはなかった。
 は感謝し、その日の午後にかかろうかという時間、バルレルと一緒にゼラムへと旅立った。



 大平原。
 何度行き来したか、今では考えるもの馬鹿らしい程の道。
 馬車が通るような、整備された道ではなく、人通りの少ない、平原の草の生い茂る道を、二人は進んでいた。
 ゼラムへの道の中ほどまで、召喚獣に手助けしてもらい、かなりの距離を稼いだものの、先日の戦闘の疲れが回復しきらない内での高位召喚は、体に負担が大きい。
 結局、途中まで来てバテてしまい、暫く歩きはしたものの、体力の限界に到達する前に、野宿の準備をした方がいいというバルレルの意見を飲み、平地で、夜を越す越す事を決めた。
「はい、バルレル」
「…おう」
 手渡された携帯食料と、水を受け取り、バルレルはそれをゆっくり口にした。
 自分が食べる分量としては少なすぎるとも思うが、野宿では仕方がない。
 万が一の場合を考え、少しでも節約しておかなければ。
 もちびちびと食べている。
 手にした水をこくん、と飲み――月を見上げた。
「……バルレル、あのさ…」
「……バノッサ、とかいう男の話なら、きかねぇぞ」
「なんで!」
 いきなり出鼻をくじかれ、少々むっとしながらバルレルに突っかかる。
 こちらとしては、話ぐらい聞いてくれてもいいだろうにという思いがあるのだが、彼は聞く気は更々ないとばかりに、そっぽを向く。
 …そこまで嫌がらなくても。
 バルレルはそっけない態度を崩さぬまま、多分彼にとっては充分な理由を表した。
「…気にいらねぇからだよ」
「………? なにが??」
「全部だ!」
 ………本当に理由になってない。
 ため息をつきながら、が回りをなんの気もなしに見た。
 平地なので、かなり見通しがいい。
 それだけに、誰かが近づいてくるのも――直ぐに判断がつく。
 は水を持っていた手から、一気に力が抜けるのを感じ――気づいた時には、カップの中の水を、地面に吸わせていた。
 バルレルも気配に気づいたか、槍を手にして近づいて来る人物を――今、最も面白くない人物を、見た。

「………レイムさんに言われ来たっていう可能性は?」
「――その線が濃いな。大有りってトコだろうぜ」
 二人が小声で話をする間も、その人物は歩いてこちらに近づいて来ていた。
 剣を、手にして。
「……話が通じると、思う?」
「さぁな」
 人物は――月の光を背中に受け、静かに二人の前に立ちはだかった。
 影が長く伸びる。
 は、無駄だろうと思いながら、それでも、少しの希望を持ち、その――月を背負う男の名を口にした。
「……バノッサ……」
 返事はなかった。
 代わりに――剣が、振り下ろされた。






タイトルは、げつえいはくじん、と呼びます。意味はありません(何)
また凄いトコで切れてますね〜。さくっと次へ。

2003・6・3

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