絶望は再会と共に 1





 ファナンへの進行を止めるため、ファナンの部隊とは別に、トリスたちは行動を進めた。
 一緒に作戦行動をすると、メリットよりデメリットの方が大きくなり、余計なリスクを背負う事になりかねなかったからだ。
 そうして、黒の旅団――ルヴィアド、イオスたちと対峙した一行の中には、無論、とバルレルもいた。

「私たちなんか無視して、ファナンへ攻め込むかと思ったわ」
 トリスの言葉に、ルヴァイドは眉をひそめた。
 あまりにも、場違いな言葉だと。
「鍵となる聖女がいるというのに、むざむざ機会を潰しはしない」
「それは、そうだろうな」
 ネスティが真剣な表情で彼らを見据え、答えた。
 デグレアの軍は、ルヴァイドの出撃の言葉がないためか、動き出してはいない。
 出来る限り足止めできれば、ファナンの対応のための時間稼ぎになる。
 ルヴァイドとイオス。
 彼らがどう思っているのかは分からないが、軍が移動していないのは、実に幸いだ。

 その頃、は奇妙な感覚を覚えていた。
 なにがどう奇妙なのか、言いようがないのだが…。
 ふと、視線をルヴァイドたちの遥か後方にいる軍本隊に向かせ――驚きの余り、大声を上げた。
「あ!!!」
「?」
 直ぐそばにいたミニスが、の視線の先を見て――同じように声を上げた。
 話を続けていたルヴァイドとトリス、マグナも、同じように軍を見る。
 一番驚いていたのは、隊の隊長であるルヴァイドだった。
「なっ…何故! 俺の命令を無視して動く!?」
「また、きたない手を使いやがったんだろう!」
 フォルテの叫びに答えるつもりはなかったのだが、ルヴァイドはファナンへと進行していく軍を見て、呆然とし、呟くように言った。
「違う…俺は…何も命令を与えてはいない…」
 イオスも驚愕の眼差しを向けたまま、固まっていた。
 それほどまでに、ありえない事だったからだ。
 デグレア軍にとって、上官は神よりも絶対の存在。
 それを無視して進むなど――彼の国では、考えられない事なのだから。
 だが、事実、軍は今目の前で動いている。
 イオスが唖然としているその横から、突然――知った声が降ってきた。
「ここでなにをしてるんですか? 作戦行動が遅れていますよ、ルヴァイドさん」
「レイム!!」
 マグナが威嚇するように、声を上げる。
 ルヴァイドは、どうして軍が動いたのかやっと理解した。
「…軍を動かしたのは、お前だな」
「ええ、時間はとっくに過ぎているのでね。…私は、元老委員会の正式な使いですから、軍を動かす事ができる――。よもや、お忘れですか?」
 クツクツと、馬鹿にするような笑いをこぼすレイムに、一気に緊張感が高まる。
 イオスは、槍を握る手に悔しさをにじませ、レイムの顔を見た。
 だが、彼はそれに気づいても無視を決め込み、更に口を開く。
「…まさか、ファナンの市民が逃げ出さないからという理由で、進軍を躊躇っていた――なんて事はありませんよね?」
「………」
 も、トリスもマグナも――そのレイムの言葉に、思わずルヴァイドの顔を見た。
 彼はなにも言わなかったが、明らかに図星を突かれたようだった。
 には、充分すぎるほど――ルヴァイドとイオスの気持ちが判っていた。
 少しの間とはいえ、一緒に行動していた人たち。
 イオスとは、レルムの村の森で話をしているし――ちょっと前には、同じくレルムの村で、ルヴァイドが村人のために墓参りをしているのを目にしていたから。
 少なからず、彼は後悔しているのだ。
 また、惨劇を繰り返したくはないのだ。
 あの夜のような、殺戮の騎士には、本当は絶対になりたくないのだ。
 でなければ、墓参りなどするものか。
 イオスが怒りをにじませながら、声を荒げる。
「そちらの不手際を上げてなにを言う!」
「確かに市民は逃げ出しませんでしたが、だからといって進軍を遅らせる理由にはなりません。あなた方の勝手な思い込みで、作戦に支障をきたしたのは事実でしょう」
「くっ……」
 唇をかみ締めるイオス。
 ルヴァイドは――剣を手にとり、トリスとマグナに向けた。
 レイムが、ニタリと笑った。
「さあ、反逆者の汚名を返上するためにも、あなたの国に対する忠誠心を見せていただきましょうか!」
「反逆者!?」
 トリスたちがその言葉に反応するが、その時には、ルヴァイドの剣がマグナに向かって振り下ろされていた。

 戦闘が、始まった。
 マグナを援護しようと、リューグが叫び、斧でルヴァイドに切り掛かっていった。
 ルヴァイドは、それを剣でなんとか受け流すと、背後から撃ち放たれたレナードの銃弾を、剣の柄で弾く。
「弾をはじきやがった!」
 驚愕するレナードの声には目もくれず、ルヴァイドは再度振り下ろされたリューグの攻撃を、今度は思い切り弾いた。
「うあっ!」
 弾かれた衝撃で、リューグの体が吹っ飛ぶ。
 彼は転がり、土ぼこりを立てた。
 平地だったからよかったものの、これが最初の場所――つまり、崖の方であったなら、リューグは重体だったかもしれない。
 剣士や斧を使う者にとって、平地ではない場所は、伏兵戦ではない場合障害も多い。
 イオスも平地側へと降りてきたが、半分の兵士は足場の悪い崖におり、その大半が召喚師。
 銃撃を基本とするゼルフィルドも、足場の悪い崖付近にいた。
 ネスティが叫ぶ。
「トリス、! 二人は上の召喚師を頼む! バルレルとマグナは中ほどの兵士達を! 僕は下で主力の援護をする!」
「「「了解!!」」」
 とトリスが、足場の悪い崖を駆け上がっていく
「私は下にいますから、怪我は直ぐ治します!」
 アメルが同じように叫んだ。
 バルレルは 『メガネに命令される覚えは…』 なんてぶちぶち言っていたが、が少し上から怒ると、しぶしぶ動き出した。
「させるか!」
 上に登ろうとしたバルレルの邪魔をしようと、槍使いの兵士が彼に攻撃を加える。
「っと!」
 難なく体をひねり槍を避けると、バルレルは兵士の槍を手で掴んだ。
「…っ!?」
 兵士は思い切り焦った。
 外見が子供なだけに、油断していたんだろうが…恐ろしい力で、槍をねじり上げられ、槍を折られたのには驚きを越え、恐怖を感じた。
「あばよ、運が悪かったな」
 殺される―――。
 覚悟して、それでも最後までルヴァイドのいい兵士でありたいと、素手のままバルレルに突っ込む。
 彼はそれを受け流し、攻撃した。
 槍の、柄の部分で。
「っぐあ……」
 兵士がうめく。
 バルレルの槍は、兵士の腹の部分と胸の部分に続けて当たり、彼はそのまま気絶した。
 上に登りながら、バルレルは舌打ちする。
「ま、最後まで向かってきた勇気に免じて、殺さないでいてやるよ」

 一方、マグナはイオスと対峙していた。
 槍を何度かくらいながらも、アメルの回復のおかげもあって、なんとか持ちこたえている。
「くっそ…召喚術を使う余裕が出来ない…!」
 意識をサモナイト石に集中させる前に、イオスの槍が飛んでくる。
 剣に頼る方が、確実かもしれない。
 手に持った剣に力を込めると、イオスから繰り出された攻撃を、何とか弾いた。
 スピードが恐ろしく速いので、あわせるのだけでも大変だ。
「大人しく負けを認めろ、鍵を渡すんだ!」
「納得すると思ってるのか!」
「死にたくなければ、そうするんだ!」
「冗談!」
 マグナは一瞬の隙をついて、イオスの懐にもぐりこみ、思い切り横に薙ぐ。
 だが、イオスの方が反応が少しだけ早く、後ろに飛びのいたため、マグナの剣は彼に大したダメージを与えられなかった。
「くっそお…」
「剣の修行不足だな!」
 イオスの言葉に、マグナはむっとしながら構えなおした。
「僕は、召喚師だからな!」


 ルヴァイドと対峙している者達が、一番の苦渋を舐めさせられていた。
 どこから攻撃しても、上手くかわされるか、反撃を食らう。
 ネスティの召喚術で多少のダメージはいっているのだが、致命傷にはならない。
 しかも、アメルを狙う他の兵士達もいる。
 円陣を組む状態で、主にシャムロックとフォルテが多くの兵士を倒していた。
 リューグは取り付かれたようにルヴァイドに攻撃を仕掛けているものの、大抵が成功しなかった。
 ロッカも、リューグと一緒になって攻撃しながら、汗を流して、息をかなり上げている。
 体力を消費し、傷を負い、アメルに癒してもらう。
「くっ…だめだ…力任せじゃ…」
「兄貴、バラじゃダメだ…」
 リューグが息を弾ませながら、静かにロッカに言う。
 ロッカの方も、その意見に頷いた。
「……行くぞ!」
「二人でも同じ事だ!!」
 ルヴァイドは剣を振るい、全力で戦っていた。
 一族の汚名をはらすために。
 リューグとロッカもまた、全力だった。
 村の敵を討つために。


「はぁ…はぁ…くそったれ…」
「フォルテ、言葉が悪いわよ」
 ケイナに釘を刺されながらも、フォルテはいつ終わるとも知れない兵士との戦いに身を置いていた。
 シャムロックも必死に戦っている。
 ルウも大掛かりな召喚術を使い、疲れているし、ミニスも同じだった。
 ゼルフィルドの銃弾が降り注ぐため、常にまんべんなく神経を張っていなくてはいけないし、それを長時間持続させるには、多くの戦闘経験を必要としたが、大抵のメンバーは、それがない。
 レナードは、ゼルフィルドの銃弾をどうにかしなくては、フォルテもシャムロックも、余計な神経を割くと判断した。
 ならば。
「シャムロックさんよ、ちぃっとばかし援護頼むわ!」
「は、はいっ」
 周りの敵を切り抜け、レナードは狙撃するのに一番いい場所を陣取った。
 狙いは――上にいる、ゼルフィルド。
 まだ気づかれていないが、一発打てば気づかれるだろう。
 一撃で、奴を機能停止させなくてはいけない。
 全神経を集中させ、レナードは的を絞り――引き金を引いた。

 ガゥン!

 発砲音にゼルフィルドは気がついたが、避ける事は出来なかった。
 弾丸は彼の手の甲で跳弾し、腕の付け根の、ほんの小さなつなぎ目の弱い部分を打ち抜き、完全に腕を停止させた。
「……連結部分ノ破壊ニヨリ、左右共、腕機能ガ停止シマシタ」
「やった! シャムロック、これで上からの銃弾はなくなる!」
「ありがとうございます!」
 喜び、彼らは残る兵士達との戦いに、希望を見出した。


 その頃。
 上部までたどり着いたトリスとは、召喚師たちと戦いを繰り広げていた。






あいかーらず、戦闘書くのが苦手なワタシ。
いつもより長めになっとります。

2003・5・30

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