難攻不落 『デグレア軍は、直ぐ側まで来ている』、というレイムの言葉を裏打ちするかのように、トライドラ方面から、ファナンへ向けてデグレア本部軍は移動し、大平原には、黒の旅団の隊が集まっていた。 兵士一人一人、いずれも国に固い忠誠を誓った、屈強な兵士であり、戦士。 その隊の頭であるルヴァイドは、ファナンを見つめ、複雑な表情をしていた。 「ルヴァイド様」 「……イオスか」 背後からかかった声に、振り向きもせずに答える。 戦いの前の不安は、声からは見出せない。 無論、戦いに恐れを抱くようであれば、デグレアの国家で騎士などできはしないし、ましてや、命令とはいえ、他国を侵略などできない。 イオスは敬礼し、後ろを向いたままのルヴァイドに声をかけた。 「準備は整いました。いつでも、出撃できます」 「…そうか、ご苦労だった」 フ ァナンへの進路を見据え、暫く無言の後――ルヴァイドは口を開いた。 「…一族の汚名をはらすためには、これは必要な事だ」 「…ルヴァイド様……」 「……ためらうつもりはない。殺した全ての人々の恨みを背負って生きていく覚悟はある。…だが、そう――思えば思うほど、だったらどう言うのか考えられてな」 ふっと――柔らかい微笑みが、ルヴァイドの表情に表れた。 後ろにいたイオスは、それを見る事はできなかったけれど。 どうして今、を思い出すのか、彼自身分からなかった。 今は、自分達『黒の旅団』と敵対している人間。 だが、知っている。 彼女は、敵対している――鍵となる少女を守る者達の中でも、異質な事。 完全に敵対しているとは言いがたく、かといって、反抗しない訳でもない。 要するに、は限りなく中間の存在で、トリスやマグナといった、敵対メンバーの中にいながらも、常に彼らの側と、そうでない側の視点を持っているように見受けられた。 とはいえ、黒の旅団の行為を<正式なもの>として認めはしなかったが。 以前、イオスが自己判断で隊を移動させ、トリスたちと戦ったことがあった。 その戦いの後、イオスはと二人だけで話をしたが、彼は、ルヴァイドと同じ意見を持っていた。 ルヴァイドは少し前に、レルム村へと足を運び、墓参りをしていた。 その際、に会って、少しの時間話をしていたのだが、これはイオスは知らない事だった。 『…自分の心を否定して生きるのが、私は一番の罪悪だと思う』 はそう言った。 恨みを、呪いを一身に受けて生きていく覚悟があると、墓の前で誓った直後だった。 彼女は咎めるでも責めるでもなく、そう言った。 戦いを止めろ、無抵抗な村人を殺すなんて最低だ。 そう罵らない彼女が、酷く優しく、残酷に見えたものだ。 ルヴァイドには分かっていた。 彼女は――村の人間ではない。 だから、そこまでいう事はできないのだと。 イオスはファナンへ視線を固定させ――口を開く。 「は、内部の中にいる外部なのでしょうね。奴らの中で、冷静に――起こっている事態を認識している。 激した時、落ち着かせる。我が軍に欲しい逸材ではあります」 ルヴァイドは、その言葉に頷いた。 だが、彼女がこちらになびいてくる事はないだろう。 「……今度は、戦場でない所で会いたいものだな」 「そうですね」 口にしながら、二人にはよく分かっていた。 そんな事、殆どは、ありえはしないのだと。 ファナンで営業中の『あかなべ』に、の姿があった。 戦闘準備に追われている仲間をよそに、一人でソバをすする姿は、どうにも褒められたものではないではないが、別に食べるだけの理由できた訳じゃないので、ご容赦願いたい。 一応、トリスやネスティには、了解を取ってあるのだ。 黒の旅団との戦いには、しっかりついて行くつもりだし。 自分自身の体制は整えているので、問題もない、はず。 「それにしても…色々大変のようですね」 「シオンさんだって、同じようなものでしょうに」 ずず、とソバをすすりながら返事を返す。 大将――シオンは、の正面でお茶を飲みながら、「そうですね」と軽く応えた。 シオンは、忍者である。 以前の戦いで一緒していたはよく知っていたが、トリスやマグナたちは多分――知らないはずだ。 ソバが趣味の範囲での事だと知ったら、どう思うだろう。 はソバの汁を飲みながら思った。 「トウヤとソルの報告、来てます?」 「ああ、聞いてますよ。『読めない文字の解読は順調。の手についてる印の方は、今の所、資料なし』だそうです」 「そっか…」 資料なし。 残念だが、仕方ない。 今の所という事だから、後々に判明するかもしれないし。 バルレルは知っていそうだったが、答えてくれるとも思えない。 まあ、そう気にしている訳でもないから、問題はないと思われる。 最後の麺を、つるっと口に滑り込ませ、味わって――飲み込んだ。 「はぁー、ご馳走様でした!」 「はい、お粗末でした」 シオンがニコニコと人のいい笑みで、お茶を差し出す。 『ありがとう』と答え、お茶を受け取った。 「最近はどうですか? お仲間とは上手くいってるようですが」 「うん、まあ…それなりに」 以前来た時は、リューグとの確執が凄かったが、今は打ち解けているし、ゼラムパーティ内で、の位置は<危険>ではなくなっていた。 一応、信用もされているようだし、それ以上は望んでいない。 シオンは、の反応に暗い所がない事に、安心した。 「トウヤとソルも来てくれたしね、安心してる部分も大きいし」 「…あの二人は相変わらずのようですからね」 苦笑いしているシオンの真意が分からず、は小首をかしげた。 は知らない事だが、シオン宛の書面の最後に、 『に手を出させないよう見張っててくれると、ありがたい』 『シオンも、あんまりベタベタしないように』 と書かれていたのである。 名前こそ書かれていなかったが、筆跡から読むと、前がソル、後ろがトウヤ。 シオンの、相変わらず、の意味は、そういう事だったのだが、は知る由もなく。 内心、シオンはトウヤにそう書かれた事に反発していたりするのだが。 ベタベタなんてしてませんよ。 ただ、それなりに接してはいますけどね。 なんて考えている。 笑顔は笑顔だが、トウヤと同じく黒い笑顔だ。 「…相変わらずって、過保護って事?」 「まあ、それは心配してるからでしょう。私だって、貴方が無茶をしないか心配してるんですから」 「ひっどいなぁ、アカネほど無茶しません」 ぷ、とむくれる顔を見て、クスクス笑い出すシオン。 弟子のアカネに「は無茶しすぎるから、師匠気をつけてやって下さいね!」といわれていた事を思い出したのだ。 どっちもどっち、という事だろう。 それにしても――言葉の意味をそのまま取ってくれてしまうのは、如何なものか。 正面きって行動を起こさないと、多分は気づかない。 いや、気づいてはいるのかもしれない。 ただ――気づいていない方が、行動をとる上では問題が少ないから、気づいても振り払っているのかも。 難攻不落。 落とし甲斐は…無駄にある。 まるでどこかのプレイボーイのような事を考えているシオン。 原則として、シノビは恋愛ご法度であるゆえに、トウヤやソルほどの勢いはない。 だが、見守る事は――出来る。 「さん、ちょっといいですか?」 「わ! びっくりした」 お茶に目をやっていた一瞬の間に、シオンが自分の隣に位置どっていたのに驚き、少々腰が引けてしまう。 彼は気にせず、彼女を抱きしめると――耳元で囁く。 いきなりすぎる行動に、は泡を食った状態になったが、とりあえず、無難に大人しくしておく事にした。 「そろそろ、本気で考えた方がいいですよ」 言うと、ぱっと離れてニコリ、微笑んだ。 言葉の意味が分からないに、続けてシオンはこう言った。 「好きだと言われていなくとも、気づいているんでしょうから」 それで、彼がなにを言っているのか理解する。 は苦笑いすると、「うん」と返事を返した。 でも、まだやるべき事がある。 心配な事がある。 だから、は捕らわれてはいられないのだ。 それに今の所――皆好き、なのだから。 それでいいじゃない? ダメ、とトウヤやソルが言っている気は、する。 皆の事が好き〜は、前も言ってたような…(うろ覚え) 次行きましょう、次。 2003・5・3 back |