貿易都市の噂と真実




 ファナンの街は、前に訪れた時と、どこかしら違いがあった。
 風景に大きな差が見られるわけでもなし、黒の旅団が攻め込んできた気配も感じられない。
 だが、そこかしこに空虚感や、不安感のようなものがあるのを感じ取れる。
 いつもは活気のあるはずの市場も、火が消えたよう。
「一体、なんだってんだい!」
 湯飲みをテーブルに叩きつけるようにして、怒りの様相を浮かべているのは、ファナンの下町育ちである、モーリンだ。
 活気のある自分の生まれ育った街が、こんなにしぼんだ風船のようになっているのなど、彼女には我慢がならない事なのだろう。
 モーリン宅を拠点にして、この街の異常の把握に努めようと、既に、レナードやシャムロック、フォルテたちも動いている。
 残りのメンバーも手分けして、情報を集めようと奔走していた。
 モーリンとロッカ、は、とりあえずの情報を手にし、家へと一旦戻ってきている。
「…フォルテとレナードさんからの情報だと、どうも、トライドラが落とされたっていうのが、伝わっちゃってるみたいね」
 が高ぶるモーリンを落ち着かせてから、ロッカに話を振る。
 彼も頷いた。
「そうですね…。誰かが噂をまわしているらしいですが…」
「ああもう…!! ロッカ、、悪いけど私、もう少し外を回ってみるよ」
「モ、モーリン!?」
 ダカダカと激しく足音を立て、彼女は外へ駆け出して行った。
 じっとしている時間すら、惜しいのだろう。
さん、僕らも行きましょうか」
「……ん、そうだね」

 とロッカは二人で、噂を逐一、確かめていった。
 バルレルは面倒だと言いながら、機嫌悪く一人でどこかへと行ってしまっているし、リューグはリューグで、別行動なために、この二人での行動なのだが。
 街を歩きながら、は唸った。
「…ミニスの話じゃ、ファミィさんはかん口令は解いてないらしいし……どうなってんだか」
 街の様子を見ながら、は嘆息した。
 ロッカも、同じように嘆息する。
「普通、噂というものは…一ヶ所から広がっていくような気がするんですが」
「ん…まあ、私もそう思う。街の中だけだったら…、そういう事が多いんじゃない?」
 もロッカも、情報のプロでもないんでもないが、この噂――、トライドラ陥落、そして、次はファナンが標的だと言う情報は、余りにも早く、そしてリアルに伝わっている。
 となると、誰かが噂をまわしているとしか考えられないし、それも、ただの噂じゃない。
 見ている。
 確実に――トライドラの陥落の場面を。
 ぞく、と背中に悪寒が走る。
 誰が何の目的で噂を廻す?
 誰であれ、普通ではないように思えた。
 ロッカとが街の人の不安そうな表情を見ながら歩いていると、向かい側から、レナードが現れた。
 息を切らして、走ってくる彼に、何かがあったのだと直感が継げる。
「どうしたんですか?」
 ロッカが幾分か緊迫した声で問うと、レナードは
「噂の出所が分かった」
 答え、達をその人の元へと連れて行くことにした。

 走りながら、いきさつを話す。
「お前さんたちの他は、もう既に”そいつ”んトコにいる。戦ってるんだ、ちっと急ごうじゃないか」
「戦ってる!?」
 が唖然としたような声を上げた。
 噂を流しただけで戦闘になったとは考えにくい。
 ならば――何か他に理由が。
、先に言うが、お前さんは奴を知ってるぜ」
「え?」
「噂は、レイムっていう吟遊詩人だ」
「―――!?」
 レイム――あの、吟遊詩人??
 あんなに、人がよさそうだったのに。
 足を止めることなく、でも、頭の中はごちゃごちゃしている。
 何故?
 疑問は、レナードの言葉で、直ぐに解明した。
「奴は、黒の旅団の顧問だったんだよ」


 場についた時、レイムは既に膝を地面についていた。
 要するに――トリスやマグナに、負かされたのだ。
 だが、奇妙なまでの余裕と、笑顔。
 また、背筋に寒気が走った。
「おや、さん…ごきげんよう」
 レイムの静かな声が、場違いなまでに優しく響く。
 あちこちに傷を作りながら、それでも痛みを感じていないかのように、ニコニコ微笑んでいる様は、はっきり言って異様だ。
「…あんたが、噂ばら撒いてたのね」
「はい」
 …否定すらしないわ、この人。
 トリスとアメルはかなりのショックを受けていたが、アメルは果敢にも――いや、悲しそうにレイムに話しかけた。
 バルレルが「近づくな!」と止めるが、彼女は忠告が聞こえなかったように、レイムに近づく。
「…もう、降伏して下さい。これ以上――」
 は――レイムの手が動かされるのを、その目にした。
 瞬間、後先考えないのは不利点ではあるのだが、ともかく、アメルを突き飛ばすような形で、レイムから発せられた攻撃に対応していた。
!!」
 仲間が皆一斉に彼女の名前を呼ぶ。
 バルレルが駆け出したが、到底間に合うものではない。

 煙に、敷板の砕けた痕。
 その直ぐ側に、はいた。
 アメルは少し先で、何が起こったのかと自分が今までたっていた場所を見る。
「……おやおや」
 レイムが実に――楽しそうに声を弾ませた。
 バルレルも立ち止まって、の姿を見ている。
 ――生きている、それどころか。
「アメルは、無事!?」
 円状に敷板が吹っ飛んでいるその中央に、はいた。
 彼女の足元は、結界でも張られていたが如く、敷板が残っている。
 トリスが駆け寄り、アメルの無事を確認した。
「…アンタ、なんなのよ」
「私の今回の目的は果たせました。周りを見て御覧なさい。皆、恐怖に怯えている。……これで、噂はどんどん回る事でしょう。事実、デグレア軍は直ぐ側まできているんですから、ガせネタだと思っていると、大変な事になりますよ」
「……計算尽くしって奴か」
 の隣に進み出たバルレルが、けたくそ悪いと、眉間にしわを寄せた。
 彼女を立たせ、自分が前に進み出る。
「おやおや、またもナイトがついているのですねぇ…」
「うるせぇよ」
 ナイトと呼ばれた事にも腹が立つのか、まっすぐレイムに槍を向けた。
 彼はそれをなんとも思っていないように、微笑んでをじっと見つめる。
「…力の呪いを外されたのですね、どうりで廻りが悪いはずです。受け皿の器は、確実に大きい…これは楽しみだ」
「…だから、意味分からないわよ! 受け皿とかなんとか、説明を――」
 の叫びは、レイムの嘲笑によって遮られた。
 嘲り笑うその人を見て、彼が本当に敵なんだと……妙な納得をする。
「安易に人に答えを求めるのは、よくないですね。……いずれ、嫌でも分かりますよ。嫌でもね」
 クツクツと笑い、立ち上がって何事もなかったかのように去る。

 誰一人、追いかけはしなかった。
 追いかけてはいけない気がした。

「彼を追いかける事より、今は――、今はファナンの混乱をとどめるのが先だ」
 ネスティが呟く。
 誰ともなく、「そうだな」と同意した。





色々すっ飛ばしてますファナン編。
ロッカと一緒ですが、色気もなんもあったもんじゃ…あぁ;;

2003・3・22

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