貿易の町へ 「……ファ、ナン?」 が朝ごはんの、おいもパンとミルクを口にしながら、マグナにオウム返しに聞く。 ネスティが、彼女の<口の中に物を入れたまま喋る>という行儀の悪さに、思わず顔をしかめた。 それを見て、口の中に入ったものを、慌てて噛み砕き、飲み込む。 ネスティに「あはは」と笑って見せるが、彼はさらに顔をしかめ、ため息をこぼした。 トウヤは相変わらずの様子に、小さく笑っている。 「で、ファナン、行くの?」 うん、と答え、マグナが食後のお茶を飲む。 ネスティが口を挟んだ。 マグナの説明不足を補うため、だろう。 「ゼラムでの用事も終わったし、向こうがどうなってるのか、知っておく必要がある」 ネスティの意見に、も頷いた。 トライドラが落とされたからには、次に狙われるのはファナンの可能性が高い。 しかも、その情報は市民には伝えられていない。 ……可能性の上での問題で、市民を無用に不安がらせる事は得策ではないと考えた、金の派閥とトリスたちの判断により、かん口令が敷かれているからだ。 ゼラムにいては、ファナンの現状を見極められないし、それでは、いざという時に動く事が出来ない。 「…うん、そうだね。今回は私もついてくよ」 「なっ!!」 彼女の言葉に、非難めいた声色を上げたのは、ソル。 は不思議そうに、彼を見た。 トウヤの方は、思い切り苦笑いしている。 「ソル?」 なにか問題でもあるの? という意味を込めて、名を呼ぶ。 彼は直ぐに言葉を返してきた。 「お前な、まだその手の<印>の事、良く分かってないってのに」 「コレ? 大丈夫だよ。皆いるし、バルレルもいるし」 の隣でふてぶてしく座っているバルレルを、チラっと見たかと思うと、ソルは子供のようにふぃっと横を向いて、機嫌の悪さを表した。 その姿に、ギブソンは なるほど、と、一人妙な納得をする。 ……ソルは、バルレルに嫉妬している、と。 「あの…ソルさん、さんを、お借りしたいんです、どうしても」 アメルが、酷くにこやかに、不機嫌丸出しの彼に声をかける。 それでも最初はムッツリしていたのだが、どうにもアメルの優しげな言葉に負けてしまい、仕方なく、を自分達の側から離す事に了解した。 結局、トウヤとソルは居残り、ギブソン、ミモザの手伝いと、例の遺跡での、読めなかった文字についての研究、それから、の手の甲に現れている印についてを、調べる事になった。 トウヤはにこやかだったが、どうも黒っぽいオーラが出ているのは否めない。 「、気をつけるんだよ。皆もね」 「うん、ありがと」 出発の日、トウヤとソルは、にくれぐれも無茶をするなと再三言い、ゼラムから送り出した。 心なしか二人とも、バルレルに当たりがきついような気もしたが…と、心情的に思ったのは、トリスとマグナである。 ともかく、一行はファナンに向かって、旅を始めた。 「もう疲れたよー!」 ミニスが激しくぼやき始めた頃、他のメンバーも足の疲れを訴え出し、結局、野宿する事になった。 ゼラムから大平原、ファナンへの最短距離には、村や集落が存在しないので、ベッドを望もうと思っても、そうはいかない。 フォルテやケイナはさすがに旅慣れており、たきぎやら飲み水やら、調達してくる。 「ここって、どの辺なんだろうね」 ルゥが、周りを見回しながら、ポツリと呟く。 焚き木を持って返ってきたフォルテが、 「多分、大平原を少し抜けた所だろうな」 それに答えていた。 トリスが、簡易食料を取り出して、皆に回し、ケイナとカイナが、摂ってきた飲み水を回す。 レナードとフォルテが、焚き木に火をつける。 「それにしても、大分ハイペースだな」 ネスティが少し疲れたような声を上げた。 景色の違いから、ファナンまでは、そう酷く遠い訳でもないと判断がつけられる。 ここまで、途中までは人が乗れるほどの召喚獣を、とネスティ、トリスとカイナで使ってきたので、体力的な疲労はともかく、魔力の消耗で考えれば、かなり厳しいものがある。 「ま、とりあえず、食事にしようか」 フォルテの言葉で、一同一斉に簡易食料をほおばり始めた。 「……なんだかんだと、みんな疲れてたんだね」 食事の後、各々武器の調整やらなにやら、必要な事を終え、それから直ぐに、倒れこむようにして眠ってしまった。 今起きているのは、火守役を買って出たネスティとのみで、他一同は一様に爆睡している。 まあ、皆戦いなれてきているので、なにかあれば直ぐに反応するだろうが。 フォルテやシャムロックなんか、熟睡しているようで、実際はしていないだろう。 パチパチと、焚き火の炎の中で、木々が踊っているのが見える。 音だけが、森と平原の境目に響いた。 「…」 「ん?」 ネスティは、炎の向こう側にいるに、静かに声を掛けた。 「…僕のせいで、色々すまなかった」 一瞬、ネスティの言う所の ”色々”が、良く分からなかった。 が、キュラーにかけられた『封印粉』の呪いの事を言っていると気づき、首を横に振る。 「もう、大丈夫だよ」 「しかし、手にはまだ――」 ネスティの視線の先には、例の意味不明な<印>があった。 ガレアノからかけられた呪いを外した際に、出てきたモノ。 が、これは別に悪いものではないような気がしていた。 ネスティが謝る必要は、彼女には感じられない。 筋立てて説明するほど、自身も理解はしていなかったが。 「……初めて君に会った時、僕は君が本気で危険因子に思えた。今は――信用している」 「…ネスティ君、熱はない?」 「……茶化すな」 「ごめん」 くすくす笑いながら、焚き火用に集められた、枯れ草を火の中に放る。 「気持ちわかるから、平気」 あの時、あの場所で、ネスティとリューグは敵意をむき出しにしてきた。 けれど、それは非常に正しい事だったと、は思う。 ネスティは突然現れた人間に対し、的確に見極めようとしていただけなのだから。 …リューグの場合は、思い切り私怨が入っていたけども。 「ねえ、ネスティ。トリスとマグナは、凄く強いね」 「………君だって、そうだろうに」 は首を横に振る。 それは、大いなる誤解だと。 「私、いつも誰かに守られてる。トリスやマグナ――トウヤにソルに、バルレル。ルヴァイドやイオスにも。自分じゃ、なにも出来ない」 突如として現れた、敵の名前に少々眉根をひそめるが、彼女にとっては、命の恩人に違いない。 ここはで黒の旅団に対して討論しても仕方がないと、今までの経験で判別がついたネスティは、<ルヴァイドとイオス>についての意見を避けた。 「僕だって、トリスだって…マグナだって、一人でなにかを…特にこの状況で、なにかを成就させるのは、無理だろう。君は自分で思ってるより、ずっと強いさ」 「…ありがと」 は微笑み、少し照れたように俯く。 それを見て、ネスティもほんの小さな笑みをこぼした。 温かい、微笑み。 思わずが驚いてしまうような――表情。 初めて見たのだから、無理もないが。 は、初めてここで―――ネスティに、心から、迎えられたのだと、思った。 「それにしても、トウヤとソルは凄いな」 「えへへー、そうでしょ! 私の自慢!」 ホントに凄いんだからね、と今までの疲れもどこへやら、急にキラキラした目を向けるに、ネスティは苦笑いした。 強固な信頼関係は、どこにいても不滅だと。 「君の付けているアクセサリーは、召喚道具みたいだが…それも、彼らが?」 「うん、自分で作ったのと、プレゼントされたのと両方」 言い、ブレスレットを外して、彼に渡して見せた。 「……これは、凄いな。魔力の塊だ、まさしく」 が使用するサモナイト石は、殆どがアクセサリーにつけられるようになっている。 ネックレスのトップには、聖母ブラーマや、それ以上の回復系高位召喚獣、剣は、直ぐに取替えがきくようにしてある、攻撃系の石が二つ、ブレスレットにも一つ。 四つの石を使役するには、それなりの精神力と魔力が必要になるし、小さなサモナイト石から、召喚なんていうのは、余程の術者でもない限り無理な話だ。 「力の戻り具合がどんなもんだか、まだ分かんないんだけどね」 「…いや、今は戦力が欲しいし…君は、やっぱり強い」 「………女の子的には、余り嬉しくないんだけど」 苦笑いしながら、ネスティからブレスレットを返してもらう。 「……寒くないか?」 は、バルレルに自分用のマントを与えてしまっていたので、寒さをしのぐものがない。 今更だが、寒くなってきたので気になってしまった。 「ちこっとだけ、寒いけど、大丈夫。耐え切れるレベルだから」 言った瞬間、平原から吹いてくる夜の寒さを乗せた風がやって来て、を吹きさらした。 くしゅん、と一つくしゃみをする。 「仕方ない」 「?」 ネスティは立ち上がったかと思うと、の側により――自分用のマントを、彼女に掛けてやる。 「ちょ、ちょっとネスティ! これじゃ――」 「僕は大丈夫だ。融機人は、寒さにはそこそこ強い」 「……そういう問題じゃないよ」 立ち上がって焚き火の向こう側に戻ろうとするネスティを引っ張り、は直ぐ側に座らせた。 「??」 「半分ね、半分!」 肩を寄せ合うようにして、マントを半分ずつ使うんだと言い張る彼女に、ネスティは最初渋っていたが――言い出したら聞かないのは、トリスやマグナと一緒のだけに、最後には渋々、同じマントにおさまった。 ……人の温かさが、心地いい。 の体重が次第に自分にかかってくるので、眠ってしまっているのだろうと思い、下を見ると、案の定、眠ってしまっていた。 「、お休み」 優しく微笑み、小さく告げると――彼は彼女の肩に手を回した。 闇から、守るように。 翌日、そんな二人の状態を見て、バルレルとマグナ、そしてなぜかリューグまでもが激昂したのは、言うまでもない。 ネスティと一緒?……う、うーん;; 2003・3・1 back |