二つの呵責





 禁忌の森へ<召喚術を超える力>の探索に行っていた、トリス、マグナたちが帰って来た。
 たちの 「お帰り」 の挨拶にもたいした反応を見せず、とりわけトリスとマグナの二人は、この世の終わりとも思える顔をして、早々に部屋へとこもってしまった。

「で、一体なにがあったの?」
 ミモザの純粋な疑問は、そっくりそのまま、たちの疑問でもあった。
 広間で、それぞれに座ったメンバーは、事を良く知っているであろうアメルとネスティに、説明を求めた。
 その場に、トリスとマグナ、それぞれの召喚獣もいないが、何故いないか――……それを知る為にも、一刻も早く、情報が欲しい。
 ネスティとアメルは、一度メンバーの顔を見回すと……説明を始めた。
「……なるほどね」
 全てを聞き終わった後、ソルがポツリと呟いた。
 トウヤとミモザ、ギブソンは嘆息し、
 は神妙な顔をしている。
 他のメンバーも、似たり寄ったりの反応だ。
 人間、重すぎる話が降りかかって来ると、似たような反応をしてしまうものかもしれない。
 は小さく、話すというよりは、自分自身で確認するためのように、口から言葉を発した。
「…機械遺跡に召喚文字、調律者、クレスメント一族、その末裔が、トリスとマグナ…」
 同じように、トウヤも呟く。
「召喚平気ゲイルが、召喚術を超えた力…、そして、この地に伝わる天使アルミネの伝説は、捏造されたもので…兵器として使われ、結果的に森を包む結界を作り上げた天使…アメル、君は…天使の魂の欠片……」
 こくりと、アメルが頷く。
 ネスティは、静かに言葉を続けた。
「僕は融機人、ベイガー……ライルの末裔。迫害され、安住の地を求め、クレスメントの一族に出会った――」
 ギブソンが、苦虫を噛み潰したような表情になる。
「そして、ネスティ…君やトリス、マグナを監視し続けるのは、蒼の派閥――そいういう事だね?」
「はい、ギブソン先輩…」
「……やりきれないね」
 ミモザは静かに言葉を口にした。
 いつもと変わらぬ、明るい広間が、酷く暗く感じる。
 …確かに、やりきれない。
 だが、なにより一番苦悩しているのは――あの二人のはず。
 は立ち上がると、広間の出口に向かって歩き出した。
「どこへ…?」
 ロッカの問いに、彼女はあっけらかんと、「あの二人のトコ」と言い、いつもと変わらぬ足取りで、彼らの部屋へと向かっていった。
 立ち上がり、ついて行こうとするアメルを、トウヤが手で制す。
 どうなるか分からないけれど、まかせてみようよ、と、笑顔を向けた。
 傍観していたバルレルが、一つ、小さな疑問をこぼす。
「……その、解読不能の文字は、問題提起しねぇのか?」

 トントンと、二度ほどのノック。
 中から、護衛獣二人の声がした。
 レオルドと、ハサハの二人だ。
 ……だが、扉を開けるつもりはない様子。
 分かっていた事なので、はそれについてなにも言わなかったが。
「トリスー、マグナー、出てくる気は、ナイ?」
 二階の彼らの部屋に足を運び、そう声を掛けてみる。
「「………」」
 応答なし。
 ただ、時折、トリスのすすり泣くような声は聞こえた。
 は苦笑いすると、ドアを前にして、廊下についている柵の方に寄りかかり、少し大きめの声で、中に居る護衛獣に音を飛ばす。
「ねえ、聞こえる? レオルドにハサハ」
「ハイ」
「…聞こえる…」
「よし」
 コレくらいの声なら、中に居る二人にも声が届くらしいと判別がついたので、そのままのトーンで、話しかける。
 場にそぐわない、明るい声だった。
「あのね、説教するつもりも、出てくるように仕向けるつもりも、怒るつもりも毛頭ないの。ただ、聞いててくれると、嬉しい」
 相変わらず無反応な二人だが、は気にせずに話を続ける。
 ………話をしているというよりは、本当に声を投げているだけ、だが。
 彼女は柵に寄りかかりながら、開かないドアに向かって、声を飛ばす。
「あのね、過去を振り切るのも、割り切るのも、勿論昇華するのも、凄く重いし、苦しい。キツくて、頭パンクしそうになると思う」
 話しながら、彼女は自分にも言い聞かせるように、一つずつ、言葉が脳裏にまで渡るよう、間をきちんと把握して話す。
 中で――イスに寄りかかって俯いていたマグナが、その顔を上げた。
 ドアの向こうにいるであろう、の言葉に意識を向ける。
 次いで、トリスもベッドに押し付けていた顔を――ゆっくりゆっくり、ドアの方へと向けた。
 シーツに、涙の後がくっきり残っている。
「どうにもならない、って思ったら、初心にかえるといいよ。空でも眺めて、<自分>を認識するの。ゆっくりでいい。今、生きて、鼓動を打ってるのは、誰なのか、考えてみるだけでいい」

「…………」
 マグナが呟く。
 幾分か、心が落ち着いている気がした。

「あ、もう一つ! 本当に負うべき物がなんなのか、見誤らないようにね。私からは以上。後は――キミタチの考え次第。私は、広間に戻るね」
 は柵から体を離すと、閉じられたままのドアを見て――それから、視線を外し、その場から立ち去った。


「自分を認識する、か。…らしいよな」
「そうだね…」
 トリスとマグナは、互いに窓の外を見ながら、暫くぼうっとしていた。
 流れる雲、温かい日差し。
 日差しに照らされる、この家の庭や、他の家の屋根。
 家の前の道を、貴族らしき人が歩いていく。
 小さな子供が転んで、泣き出すかと思えば、我慢して立ち上がったり。
 そんな日常のごくごく他愛のない事柄を、二人は見ていた。
 レオルドとハサハは、落ち着いたらしい主人を見て少々安堵している。
「……なあ、トリス」
「なに?」
 窓の外を見て、風を感じながら、二人は驚くほど落ち着いて会話していた。
「過去の罪は、確かに…償うものだと、思う」
「……うん」
「でも、だから、逃げちゃダメ、だよな」
 風が、マグナとトリスの頬を撫でる。
 優しいそれは、彼らを癒してくれるようだ。
「…そうだよね、私は……クレスメントの一族としてじゃなくて、トリスとして今、生きてる。だから…」
「……マグナと、トリスとして、できる事を、しないとな。過去に引きずられすぎるのも、考えものだし」
「今……やるべき事は……」
 ネスティとアメルに、心から謝る事。
 そして、この窓から見える、平和な世界を――壊させない事。
 それが、今、トリスとマグナに求められる事。
 二人は顔を見合わせ――、窓辺から、離れた。


「……なぁんて、偉そうな事言える立場にないんだよね、私…」
 人もまばらになった広間で、は頭を抱えていた。
 トリスとマグナに、あんな事を言ったけれど――バノッサの過去を清算できていない自分が、あんな言葉を言える資格など、本来はないように思える。
 は自分という個を確立しているが…やはり刻まれたモノは、そうそう抜けない。
 後ろで悩んでいるを見ていたバルレルが、彼女の頭を小突いた。
「いったぁ!」
「テメェも考えすぎんなよ」
「………ごもっともな意見をどうも」
 その日の夜。
 無事に己の心の呵責を乗り越えた、トリスとマグナが、そこにいた。








…えーと。すっ飛ばしてきてます、スミマセ…(滝汗)
次はネスティのお話…の予定。

2003・2・19

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