紫の解放 2





「この馬鹿!!!」
 ゴチン! と、殴った方も痛そうな音と共に、バルレルの脳天に、の拳が舞い降りた。
「ってぇ!!! なにすんだテメェ!!」
「折角サイジェントから、私のために来てくれたってのに! ああいう態度はやめてよ! もう! はい、お茶!」
 ダム、とカップを置く。
 余りの勢いのよさに、カップの中身が少し飛び散った。
「んだよ! テメェはな! 自分がやろうとしてる事が分かっちゃいねーんだよ!」
「だから、怒ってないで説明しなさいよ」
「………」
 はバルレルの横にどかっと座り、少し熱めのお茶を、冷ましながら飲んだ。
 ――少しだけ、静寂が部屋を包む。
 ギブソンとミモザは調査に外に出ているから、家にいるのは実質、四人だけだ。
 暫くの間、バルレルとは、お茶を飲んでいた。
 ――そのうち、茶を飲み干したバルレルが、落ち着いた様子で、言葉をつむぎ出し始めた。
「…お前の『呪い』はな、本来悪魔に掛けられるもんなんだ。しかも、<禁呪>の本に書いてあった通り、既に悪魔の中では、失われつつあるもんなんだよ」
「うん、で、なんで?」
「かけても、効かねぇからだ」
 バルレルの説明では、中級悪魔程度になると、肌自体に、生まれながらに抗体呪紋というのがかかっているらしく、どんなに術者が強力だろうが、中級程度の悪魔には、とうてい歯が立たないものらしい。
 だから、失われた――意味のないもの、<禁呪>と、そういう分類に記されているのが、に掛けられた『呪い』だ。
 正確な外し方は、術者当人が死ぬか、外すかしないとならない。
 無理にはがそうとすれば、悪魔ならばともかく、人間の彼女には、どんな弊害があるか分からない。
「でも、トウヤもソルも――その手のものの知識は凄いし、力だってあるんだよ?」
「テメェに掛けられてるのが、素直に昔のままの『呪い』なら、事はもっと簡単なんだけどよ」
 一見しただけで、そこまで見抜くというのは――悪魔ならでは、かもしれない。
 トウヤとソルがやろうとしている事は、例えるなら、黒い色水を、白い色水に変えるようなもの。
 色々な呪紋――不確定な呪紋を彼女に叩き込み、『呪い』の力を追い出そうとしているのだ。
 バルレルから言わせると、危ないことこの上ない方法。
 かといって、なにか他にいい案があるかといわれれば……ないのだが。
 は真剣なバルレルの顔を見て、にこり、微笑む。
 その眼差しに、心拍が少しだけ高まった。
「…心配してくれてんだぁ」
 にこにこ微笑み続ける彼女に、非常に気分が――悪くなるというか、居心地が悪くなるというか。
 人はそれを、照れと言う。
「ばっ………。別に、心配しちゃいねぇよ。ただ、俺が……帰れなくなるから…、困るだけだ」
 照れ隠しに、「ふん」と鼻を鳴らすが、たいした効果は得られないようだ。
「それでも、心配してくれてるみたいだし」
「…お前のは、改良されてるみたいだからな。今は単純に力を封じるのに使ってるみたいだけどよ…」
 ……改良。
 もしかしたら、悪魔に変形したりする事もあるのだろうか?
 の頭の中に浮かんだ<悪魔化>という一文に、寒気が走る。
「ねえ、悪魔になったり…しないよねぇ?」
「お前はねぇだろうよ」
 バルレルは、ふぅ、とため息をつき、また話を続ける。
「ともかく、この間の事忘れてねぇだろ?」
「この間って……ああ」
 ネスティの代わりに、キュラーから変な粉――『封印粉』とでも名づけようか。
 とにかく、呪いを受けて色々大変だった事を思い出す。
「ああならないとも、限らないんだって、ちったぁ認識しろよ」
「そしたら、またバルレル助けてよ、ね!」
「勝手に決めるな!」
「か、勝手って…なにをそんなに怒ってるのよぅ」
 いつもに増して不機嫌なバルレル。
 は戸惑いも恐れもせず、背けている彼の顔を、こちらに向けさせた。
 驚いた事に――その瞳には、不安が宿っている。

「ば、バルレル?」
「……不安なんだよ!」
 イライラした調子で、に突っかかってくる。
 ソファから勢いよく立ち上がり、の部屋へずんずん進むものだから、彼女も慌てて立ち上がり、彼の後を追いかけていく。
「ねえっ、不安ってなにがよ!」
「……うっせえ!」
 体中から怒りなのか不安なのか良く分からない、とにかくトゲトゲした雰囲気をかもし出しながら、バルレルは入り口近くに立っている目掛けて、思い切り枕を投げる。
 運悪く、それは顔に直撃した。
「ぶっ!……バールゥーレールゥーー!!」
 自分にヒットして ぼたんっ と落ちた枕を手に取り、怒り心頭のままに、今度はがバルレルの方に向かって投げる。
「うぶはっ! テメェ!」
 ぶん! と思い切り振りかぶり、二人とも立ったままで、枕投げ。
 一往復し、次にが投げた枕は、バルレルに綺麗にキャッチされてしまい、そのまま舞い戻ってきてしまったり。
 ばふっという音と共に、の顔に枕が当たる。
「うぅ! もうっ!!」
 何度も何度も同じように枕を投げ続け、ついには二人とも、悪態をつくのもやめて――いつしか枕が部屋を行き交う事もなくなっていた。
 床に落ちた枕に目をやり、バルレルは床に腰を下ろす。
 なんだか、あほらしくなった。
 は落ち着いたらしいバルレルの横に、足を投げ出す状態で座る。
 暫くの沈黙の後、バルレルが静かに口を開いた。
「……あいつ等が来てから、俺の存在忘れてんじゃねぇか、お前」
 あいつ等というのは、言うまでもなくトウヤとソルなのだが。
 ポツリと呟く言葉に、はすぐさま反論した。
「おばか! 忘れる訳ないでしょうがっ!」
 馬鹿言っちゃいけない。
 大事な自分の護衛召喚獣を、忘れたりするものか。
 だが、バルレルは首を大げさに横に振り、彼女の目を、怒りの眼差しで見た。
「ニブイんだよテメェは」
「だっ、誰が鈍いってのよ!」
「テメェだっつってんだろ!!」
 バルレルの言いたい所が良く分からない
 いきなり罵倒され、頭に血が上るやら、困るやら、複雑な心境。

 いつだって文句を言いながらも協力してくれるバルレルに、感謝こそすれ、嫌悪した事など微塵もない。
 いつだって、大事な友達として接しているつもりだ。
 扱いが悪いのだろうかと、本気で悩む。
「どうしろってのよ! 嫉妬してる訳じゃあるまいし!!」
「っ………」
 それまで、散々悪態をついていたバルレルの一切の動きが、ピタリ、と止まる。
 顔が赤くなっているように見えるのは、怒りの高揚のせいだろうか?
 それとも―――
「え、なに、ホントに嫉……」
「ケッ! 自惚れてんじゃねぇよ、ガキ!!」
 突如としていつもの挑戦的な目になり、怒りの丈を露わにする。
「どっ、どっちがガキよ! あんたの方が明らかに子供じゃな……っ」
 突然、バルレルの顔が近くに寄ったかと思うと……口唇に、温かいものが触れた。
 何度か、経験のある、それ。
 引き寄せられて、口唇を吸われたのだと――ほんの小さな、理性という空間で、認識した。

 スローモーション染みた動きで、彼はゆっくりから離れる。
 次に出てきたのは、愛の囁きでもなんでもなく、当人ですら当惑しているといえるような、言葉だった。
「俺は子供じゃねぇ!……っ…テメェなんて、知ったことかよ! 俺はっ……俺は……畜生……!!」
「バルレル……?」
 彼は真っ赤になり、から離れ、弾けるように部屋の外へ出て行くが、彼女には、それを追えるだけの――気持ちの余裕がなかった。
 呆然としてしまい、今のはなんだったんだろうかと――考える事しか出来なかった。
 そっと、自分の頬に触れる。
 ――熱い。
 確かにいつも強引だが、こういう事に強引になるバルレルは…初めて見た。
 初めて、認識した。
 護衛召喚獣という枠でくくられていない、彼を。
「………バルレル…、どうしちゃったのよぅ……」
 は膝を抱えてうずくまり、赤くなっている顔を足に押し付けた。








バルレルメインばってます。贔屓見えまくりですか(滝汗)
ちびっとは報われ始めているかもしれない関係…微妙。

2003・1・29

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