知る貴方、変わる心色





 開口一番の言葉は、
「なんの心境の変化?」
 だった。


 トウヤたちからについて――前の戦いについての話を聞いた翌日、いうなればオヤツの時間に、リューグはを、外に連れ出した。
 勿論、初めての事だ。
 はリューグが自分に対して、未だに警戒心を解いていないのに気づいていたし、極力、二人きりになるような場面を作らないようにしているのを知っていた。
 それが、いきなり向こうから<お誘い>がかかるというのは、彼女にとっては、当然ながら驚く事態。
 誘われれば、断るような理由もない。
 は、驚きながらもリューグについていった。
「………ど、どうしたのよ、ホントに…」
「…うるさい。おごってやるって言ってんだから、素直に食えよ」
「…ん、じゃぁ…遠慮なく」
 目の前に置かれている、ケーキにフォークを刺し、一口分に切り取って、口に放り込んだ。
 ふわり、メレンゲとクリームの味が口いっぱいに広がって、思わず微笑む。
 リューグの前にも一応ケーキがある。
 チョコレートケーキだが、ビターというか、甘みを抑えたものらしい。
 彼はそれを一口食べると、眉根を寄せて、「甘い」と言った。
 ケーキなんだから、当たり前でしょうと笑って見せると、彼はなんだか神妙な顔で、を見つめていた。
 <お誘い>は、ギブソン御用達のケーキ屋へ行く事だった。
 別にギブソンほどのケーキ好き…というか、甘いもの好きではないだったが、折角の誘いを断るほど、野暮ではない。
 リューグの事だから、なにか話でもあるんだろうと踏んで、素直にテーブルについている。
「……あのさ、さっきからどうしたの?
 人の顔ジロジロ見て…。なんか、あった?」
 可能な事であれば、相談に乗るよ?
 リューグがイヤでなければ、だけどさ。
 ニコニコ微笑みながら、リューグに話しかける。
 ケーキは半分以上食べられていた。
 彼はチョコレートケーキを大口で食べ、減らすと水をごく、と飲み、に向かって視線を戻した。
 余りに真剣な目に、彼女の方も何かあったのかと不安そうな表情になる。

 ……苦労の影は、全く見えない。
 彼女は……自分達の戦いに、どういう気持ちで付き合っていたのだろうか?
 復讐を求める自分を――。

「……お前さ、黒の旅団のスパイじゃねえよな」
「んぐっ…!!」
 唐突な質問に、最後の一切れを残してケーキを食べていたは、詰まってしまい、なんとか水でスポンジを流し込まなくてはいけなかった。
「だからー、前から言ってるでしょうに…違うって」
「………だよ、な」
「………リューグ?」
 彼は俯き、口にする言葉を考えた。
 次になにを言えばいいのか、よく分からなくて。
 一体、自分はなにを聞きたいんだろう?
 なにを目的として、彼女を誘い出したんだろう。
 …多分、知りたいと思ったからだ。
 彼女を――を、知りたいと。
 思えば、拒絶してばかりだった。
 禁忌の森へ行く前に、少しぐらいは譲歩したっていいんじゃないか?
 そう、自分の心が呟いていた。
「……あのよ、トウヤとソルから…話、聞いたんだ」
「…………話って?」
「…バノッサの、事」
 の視線が下に落ちる。
 眉根が少々ひそめられたが、彼女はそれを直ぐに――思いを振り切るように、首を振る。
 余計な事を言ってくれた、という感じでもあった。
「うん、まあ、色々あったのよ」
「…俺は、旅団を許せない。でも…お前の事は…違うって、分かったから……それで、もう、いい」
 自分の中では、決着がついたから――疑わない。
 そう言いたいのだろうきっと。
「要するに疑わないって事だよね?」
「まあな」
 少し、ほんの少しだけ頬を赤らめながら、ケーキを全て平らげる。
 も嬉しくなり、ケーキの最後の一切れを食べて、「ご馳走様でした」と言いながら、リューグに微笑みかけた。
 ニコニコするに――目を奪われる。
 ……こいつは、こんなに――目を奪われるような奴だっただろうか?
「リューグ? どしたの??」
「…あ、いや…なんでも…」
「??」
 不思議そうな顔をしている彼女に、なんて言っていいのか良く分からず、リューグは伝票を持つと、出るという意を示した。

 店の外へ出て、少し町をぶらつくと、庭園へと行き着く。
 別に意図して、庭園へ来たわけではなかったのだが、近場で落ち着ける所が、ここだったというだけだ。
 ギブソン邸に帰れば、皆と一緒だから、そうそう二人きりで話などは出来ない。
 明日には禁忌の森へと出て行くのだから、今のうちに――話をしておきたかった。
 こう感じる心すら、自分自身で意外と感じてしまうのだが。
 まだ夕暮れまでには時間のある庭園。
 普段だったら、親子連れや老人がいる時間だったのだが、今日に限っては幸か不幸か、余り人がいない。
 話をするには、丁度いいのだけれど。
 木製のベンチに座り、空を仰ぐ。
 は伸びをすると、雲の流れる空を見ながら、
 リューグに向かって話しかけた。
「明日だね、出発。しっかり、アメルやトリスを守ってよね」
「言われなくても、そうする」
 最も、彼女達に言わせると、守られているばかりでは嫌だ、だろうけど。
「…なあ、聞いてもいいか?」
「うん?」
 リューグが幾分か迷いながら、言葉を発する。
 聞いていいかどうか――、やはり少し迷ってしまう。
 自分にはその『事柄』について、関わる――いや、話を聞く資格があるだろうか。
 けれど、せっかく声を出したのに、それを引っ込めるのは、
 リューグの得意するところではなかった。
「……バノッサって、どんな奴だったんだ?」
 バノッサ。
 その言葉を口にした瞬間、の体がビクリと動いた。
 少々気まずそうに、笑う。
「聞きたい?」
「……聞きたいから、聞いてんだろ」
 ごもっともな事です。
 はもう一度伸びをすると、今度は視線を地面に落とした。
 舗装された石畳に目をやり、小さく深呼吸する。
 話をしてくれるんだろうと踏んでいたリューグは、次のの言葉に、しばし固まる。
「んじゃ、私の質問に先に答えてよ」
「……な、なんだよ」
 地面に落としていた視線をリューグに向け、パッと明るい表情になる。
 その顔に、少しだけ、彼の胸が躍った。
「アメルの事、好きでしょ」
「!!!!?」
 …突然すぎやしないか?
 リューグ、思わず本気で焦る。
 だが、ここで嘘をついたとしても…は直ぐに見抜くだろう。
 ほけっとしているようで、見ている所は見ているようだから。
「図星でしょうから、結構ね、気づくもんなのよ、うんうん」
「……勝手に自己完結するなよ」
「あれ? 違った??」
 言われ、思わず詰まる。
 暫く考え――、やはり素直に質問に答える事にした。
「……前はな、好きだった。だから、聖女とか呼ばれて大変な目に会ってるの、腹立ったし…」
「うんうん。…って、前は?? じゃあ、今は?」
「今………まだ、わかんねえ。なんなのか…」
 敵かもしれなくて、嫌い。
 一晩明けてみたら、気持ちが揺らいでいた。
 一番に思い出すのは、前はアメルの微笑みだった。
 けれど、今は―――。

 気づかなかった……気づけなかった。
 気づかされてしまった、気持ち。
 惹かれてる、自分。
 対立ばかりで、寄り添えなくて。
 それは……自分が、寄り添おうとしなかったから―――?

「……好き、なのかもしれないけど、俺にはまだ判断つかない」
「うぅーん……で、それは誰?」
「………」
 お前だよ。
 なんて言ったら…笑われるだろうな、きっと。
「俺の話はこれで終い。次はお前の番」
「ぶー。……ま、いいけど…。バノッサの事…ね」

 はまた視線を落とした。
 バノッサの事―――。
 記憶の鍵を探すのは酷く簡単。
 記憶を掘り起こすのも、簡単すぎて。
 彼の事が、全然過去になっていない証拠だ。
 無論、それは彼女が忘れようと思っていないからでもあるが。
 けれど、その記憶を紐解くのには慎重になる。
 ゆっくり解かなければ……きっと、泣いてしまう。
 石畳の繋ぎ目を、視線でゆっくりなぞりながら――は口を開いた。
 いつかの、元気なバノッサを、頭に思い浮かべながら。
「凄い乱暴者でね、勘違い屋で…人の事馬鹿にして、ケンカして、それから…そうだね、私達とは仲良くなかった。なにしろ、聞いたと思うけど、ほら、対立してたし」
「…ま、そりゃそうだな…」
「でもね、たまーに優しくて。この人から、復讐心ってものを抜いたら、きっと凄く温かい人が出てくるんじゃないかって思った。トウヤとか、ソルみたいにね」
 そう、思った。
 今なら、もっとそう思える。
 あの当時、彼から復讐心を抜く事は出来なくて。
 最後の最後で…自分の考えは間違ってなかったんだと、そう思えた。
 時既に遅し、だったけど。
「…好き、だったのか?」
 リューグの声が少し――緊張していた。
 はそれに気づかなかったけれど。
「……どうだろうね」
 苦々しく、微笑む。
 ……好きだった、多分。
 恋愛だったのかどうかは、定かじゃない。
 色々な事が、駆け足で通り過ぎていって、必死のうちに全てが終わっていたから。
 ただ、好きだった。彼という存在が。
 たとえ―――たとえ、敵であっても。
 自分が彼の命を絶ってしまった、今でも。

「本当に恋愛として好きだったなら……止めを自分がさそうとは思わなかった…と思うよ、きっとね」
「………」

 やっとの事で視線を石畳から外し、まっすぐにリューグを見る。
 力の灯った、瞳。
 けれどそれは、バノッサのそれと…似通っていて、少し、悲しくなる。
「リューグ、復讐はね、亡くなった人達への、鎮魂の儀式にはならないよ。…それだけは、覚えておいてね」
 リューグは、にとって……バノッサという男がどういう位置を占めているのかは、よく分からない。
 けれど、この心の痛みが……彼女に対する自分の気持ちを、表している事は理解した。
 認めたくはなかったが。
 敵だ味方だという概念を無視してしまえば、残ったものはたった一つで。
 かといって、それを言葉には出来ない。
 自分はまだ、『復讐者』だから。

 はニッコリ微笑むと、無言でいるリューグを引っ張って、立ち上がらせた。
 そろそろ帰らなくては、心配されてしまう。
 初めて――初めて二人は、言い争い無く、並んで歩いた。
 邸につくまでの、少しの時間だったけれど。
 それは、二人だけの暖かな時間だった。



完璧にリューグの話になってますが…あう。
急展開イベントでも始まったか!(爆)唐突ですみません。
次でやっとこ少しお話進みますが、相変らずオリジナルです…;;

2003・1・15

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