僕の知る人、君の知る人 「あ、君…リューグ、だよな?」 「………ああ、そうだけど」 リューグは貸し出されている部屋から出て、バッタリと廊下でトウヤに会ってしまった。 別に、それに対して不都合があるという訳ではないのだが。 「悪いんだけどさ、ドア、開けてくれるかい? 両手ふさがっちゃっててさ」 確かに、トウヤの両手は本で一杯だった。 呆れながらも、言われた通り、彼らの部屋のドアを開けてやる。 「ありがとう」 と、一冊の本がバランスを崩して彼の手から落ちた。 「ごめん、部屋まで…頼めるかな」 「…ああ、いいぜ」 リューグは落ちた本拾い、そのままトウヤとソルの部屋へ邪魔した。 部屋の中へ入って――彼は、目の前に広がる光景に驚きを覚えた。 自分達の部屋より、少々大きいその部屋に、まさに山のように、本がどどっと積んである。 リューグが見た事もないような言葉の背表紙が、多くあった。 ああ、そういえば…あの女――から、こいつともう一人にことづてを預かってたっけな。 トリスとアメル、で部屋に入る前に、もし会うようだったら言っといて、と言われたのを思い出し、本の山から、テーブルの上に必要らしい本を引っ張り出しているトウヤに声をかける。 「あんた達に言付けだ。『あんまり根詰めてやる必要ない』だとよ」 「が?」 「ああ」 言うと同時に、もう一人のこの部屋の住人が、同じように本を持って入ってきた。 「トウヤ、この本―――っと、すまない。リューグ、だな」 「ああ…」 ソルはリューグに 「ちょっと悪い」 と言うと、本を机の上に置き、必要とおぼしきページを広げた。 「この本――ここの一文の理論なんだけどさ」 「あ―…そうだね、チェックしておいた方がいいかもしれない」 「…………なあ」 「「?」」 唐突に背後から声を掛けられ、二人で振り向く。 リューグは少し気不味いような気になりながらも、多分――この二人にとっては愚問であろう事を聞いた。 「……なんで、あんな女にそこまでするんだ…?」 そこまで、とは…、今のこの惨状を言っているのだろう。 確かに本に埋もれるのは久しぶりだが……。 その発言は、頂けない。 トウヤはベッドに腰掛け、ソルはデスク備え付けのイスに座って、彼を見た。 次の言葉を一番先に出したのは、トウヤだった。 「君は、が嫌いなのかい?」 静かな、声。 敵意は、感じなかった。 「あいつは、俺たちの敵と……交流があったんだ」 「……? 詳しく話してもらえるかな」 リューグは言われた通り、トウヤとソルに、が自分達のパーティに入った時の経緯を話した。 ルヴァイドとイオス――ひいては、自分達の村を滅ぼした<黒の旅団>に厄介になったという事。 スパイかもしれないと疑っていた事。 もしかしたら、今だって接点があるかもしれない事。 彼らは、静かにリューグの話を聴き、最後まで聞いて、一息ついてから――言葉を発した。 ソルはむっつりした顔でリューグを見ていたが、トウヤの方はいたって普通に話しかけた。 「確かに、村を潰した相手に厄介になってたっていうのは、君にとっては嫌な事だろうね。かといって、君がを非難する理由が分からない」 「だから…あいつは…!!」 更に不満を言おうとするリューグに、むっつりしたままソルが声を発す。 「黒の旅団と接触した。それ全てが、お前にとっての悪なのか?」 「……」 ソルの言葉詰まったリューグに追い討ちをかけるかのようにし、トウヤが苦笑いして、会話を続ける。 「は死にかかってたっていう話で、彼らは彼女を助けた。僕らは、感謝したいぐらいだ」 「なんっ…」 「君の村を滅ぼした。それ自体は許される事じゃないし、これからも罪として背負っていくべきだ。けど、僕が聞きたいのは、それと『』が、どう関係してるかだ」 「……」 トウヤの言葉は、更に続く。 彼の心に、怒りを芽生えさせるのを承知で。 「が、君や君達の仲間に危害を加えようとした事があるかい? 黒の旅団に加勢した事は?」 「ない」 きっぱり、これは言えた。 危害を加えようものなら、出来る出来ないはともかく、自分は攻撃を仕掛けていただろうから。 「じゃあ、君はどうしてに辛く当たるんだい?」 そう言われて――リューグは自分自身、どうしてか良く分からないとは言えなくなった。 の全てが憎いから? そうじゃない。 なにか――なにかきっかけがあったはずだ。 それは、彼の思考の中からするりと出てきた。 「……あいつ、俺に『復讐』は、黒の旅団のやった事と変わらないとか言いやがった。分かりもしないくせに!」 リューグの吐き捨てるような叫びに、ソルが眉根を寄せる。 それは、トウヤも一緒だった。 ……復讐。 彼は、復讐に取り付かれているのだろうか? ソルが、俯いているリューグに厳しい口調で話しかける。 「はな、俺たちと一緒に、復讐がなにをもたらすか知ったんだ」 膨れ上がった復讐心は、一人の物ではなくなる。 周りを巻き込み、やがては世界を混沌へと叩き込む。 彼らはそれを目の当たりにした。 復讐、妬み、嫉み、ありとあらゆる負の要素は、確実に周りを巻き込み――次第に大きくなる。 当人の闇を飲み込んで。 トウヤは静かに、言い含めるような口調で、語るというよりは、言葉をつむいだ。 「バノッサという男がいた。彼は、復讐心、猜疑心の塊だった。召喚術が使えないという理由で、父親から母と共に捨てられ、 蔑まれ、疎まれ、スラムで周囲を憎悪し、生きてきた」 ソルが、続きを話しだす。 「その男は、召喚術という強い力を手に入れた。とあるアイテムを使って…」 やがて彼は自分を認めなかった全てに対して、復讐し始めた。 復讐は形となって人を襲い、街を壊す。 そして……そんな折に、最も大切な側近を死なせてしまう。 戻る所を失ったと思った彼は、暴走した―――。 過去に自分を捨てた父親が、力を手に入れた彼を利用しようとしていたのを知り、彼は父親を、魔性の力で倒した。 父親に対しての復讐は終わったが、復讐心を取り込んだ召喚術を使うための『アイテム』は、今度は彼自身を取り込んで、悪魔になった。 「俺たち<無色の派閥>が呼び込もうとしていた悪魔は、バノッサという男の心にある闇を利用して、こちら側に来た」 悪魔の儀式をして、だけどな。 リューグはどう表現していいのか…、酷く驚いた。 確かにその戦乱の話はレルムの村にまで届いていたが、こう、戦乱の当事者たちから話を聞くと…酷く生々しい。ソルは、驚きを隠せないリューグを見て、ふぅ、とため息をついた。 「ま、これが<無色の派閥の乱>と呼ばれる、おおよその話だな」 「…バノッサって男は……?」 愚問かもしれなかったが、聞かずにはいられなかった。 悪魔になった人間を、リューグは知らなかったから。 その問いには、トウヤが答えた。 「彼は…悪魔になった彼は、僕たちが倒した。最後の最後で、彼は人の姿に戻ったよ。…でも、助かる傷じゃなかった。僕の力も、今にもまして未熟だったしね」 「………」 「バノッサは頼んだんだ。殺してくれと。………にね」 「!?」 トウヤの言葉が、信じられない。 に――殺してくれと頼んだ……。 あの女に? 私は、助けられなかった。 以前、そういっていた彼女の言葉を思い出す。 ……あれは、こういう意味だったのかと、今、知った。 トウヤは話を続ける。 「は、彼が望むままに行動を起こした。だから、僕たちは、復讐がなにを呼び覚ますか、それを認識しているからこそ、怒るし、怖がる」 ソルがリューグの複雑そうな顔を見、首を横に振った。 「を責めるなよ。……お前が村で普通に暮らしてた間、トウヤとは『儀式』の犠牲になって、両親とは隔離され、この世界にやって来て……戦いに巻き込まれた」 あらぬ誤解や、疑いをかけられて。 話が終わった後、リューグは静かだった。 小さく、呟く。 「……それでも、俺は……」 「まあ、いいさ。君が決める事だよ。僕らはが好きだから……守りたい。それだけだ」 「………」 リューグはまるで何かに殴れたような気分になりながら、静かに部屋を出て行った。 無言のままに。 立ち去った来訪者を目線で見送りながら、ソルが大きくため息をついた。 「…敵、一人多く作ったか?」 「さぁ? …元々彼は、が気になってたんじゃないかな」 トウヤの言葉は、ソルには不服だったようで、 彼はむっつりとした表情を浮かべた。 「なんで、そう思うんだよ」 「に噛み付く時の態度が、初期のソルそっくりだし」 笑いながら言うトウヤに、彼は慌てて「そんな事はないぞ!」と叫ぶ。 自覚がないだけだと笑い、本に目を移した。 「そ、そういうトウヤだって…!!」 夜は更けていく。 リィンバウムの月を、くっきりと浮かび上がらせながら。 リューグとソルとトウヤ話でした。 バノ出してみました、話にだけ;; 進みがとろくてスミマセ…しかも作り話。 2003・1・11 back |