閉じられた童話 1





 日は、ゆっくりと沈み始めていた。
 ネスティは割合ゆっくりとした足取りで、ギブソン・ミモザ邸への道を歩いていた。
 トリスとマグナに買い物を任せ、自分は蒼の派閥の書庫で、デグレアという国の組織形態や、その他、禁忌の森について――これは派閥の中ではシークレット項目になっているので、容易に探す事は出来なかったのだが、ともかく、今後必要になるであろう調べ物をしていた。
 今は、その帰りである。

 トリスとマグナを、あの森―禁忌の森に関わらせるのは、よくない事なのだ。
 当人達にとっても、自分にとっても。
 それでも――彼らが知りたいというのであれば、まして、デグレアという組織が狙っているし…ネスティには、この状況を打破する力などない。
 誓約者の力を借りる、というのも、お門違いだろう。
 結局、今の所は流れに任せるしかないのだ。
「……ん?」
 ふと、庭園の方を見ると……、ハサハがいる。
 ネスティはなんだかキョロキョロしているハサハを見て、一人にしていていいものかと少々不安になり、彼女に声を掛けた。
「ハサハ?」
「あ……ネスティ……お兄ちゃん……」
「どうしたんだ? 買い物なら――商店街はこっちじゃないぞ? リューグとロッカと一緒じゃなかったのか??」
 確か、彼女はあの双子と一緒に出かけていったはずだ。
 まさかとは思うが、忘れていたりとか…。
 いや、それはあるまい。
 ハサハは耳をピクン、と動かし、ネスティの顔を見た。
「ハサハ…いろいろ、見てまわりたくて……」
 なるほど、一人で行動したいと進言したのだろう。
 ゼラムの街中であれば、今はまだ外部の危険も少ないと踏んで、あの双子も許可したに違いない。
 が、裏通りに入らなくてよかった。
 ゼラムとて、危険がないという訳ではないし、ハサハのような召喚獣を捕まえて、売りに出すという悪徳な人間がいないとも限らない。
 ネスティは、ふっと笑い、ハサハの頭を撫でた。
「なるほどな。…まだ、見るものはあるか? 僕はもう帰るつもりなんだが…、近くなら寄ってもいい」
「………あそこ……」
 ハサハが庭園の真ん中にある、噴水の近くを示す。
 子供の人だかりが出来ていた。
 ――夕方なのに、なにか出し物でもしているのだろうか?
「よし、じゃあ行こうか」
 ハサハは頷くと、ネスティの彼の服の裾を掴み、ゆっくりと歩みを始めた。
 ネスティは彼女が負担にならに速度で、歩いていく。

 噴水近くになると、突然ハサハが小さく震えた。
「ハサハ、どうした?」
「…うた……」
「歌?」
 確かに、子供の集まっている場所――その中から、音楽と歌が聞こえてくる。
 しかし、それがどうしてハサハを震えさせたのか分からない。
 ハサハは意を決したように俯いていた顔を上げ、歌をもっとよく聴こうと、囲いの中へと入って行った。
 ネスティもそれに連れられていく。
 吟遊詩人―――確か、トリスとマグナやアメルの話では、彼は…レイムだったか?
 特徴が一致しているので、間違っている可能性は薄いと思うが。
 レイムはネスティとハサハをちらりと見ると、歌を中断し、暖かな微笑みを送ってきた。
 だが、ハサハはネスティにしがみ付き、それを見ようとしない。
 子供たちが、中断されてしまった歌に不満を覚え、少々ザワつく。
 レイムはポロン、と竪琴で綺麗な旋律を流す。
 ざわめいていた声が、急に止んだ。
 彼の音が、語り始めた。
 それは、まるで物語。


 荒れ狂う水と風と、大地が守る小さな国には、籠の中に乙女がいる。
 乙女は悲しみもなく幸せもなく、ただ、世界を想って籠の中にいる。
 ある時王子が現れた。
 籠の中の乙女を助けようと、己の全てを捨てて。
 悲しみも幸せもない乙女も全てを捨てて、王子と共に籠の外へ。
 水と風と大地の小さな国を治める王は、乙女は籠の中へ戻れと騒ぐ。
 王子は乙女を連れ、何処なりへと去っていった。


 ポロン…。


 静かに、レイムの歌が終わる。
 子供たちに微笑みかけると、一礼した。
「さあ、皆もうお帰りなさい」
 レイムの言葉に、名残惜しそうな目をしながらも、集まっていた子供たちはそれぞれの家路へとついた。
 バラバラに去っていく子供を一瞥してから、彼はネスティとハサハに寄ってくる。
「…トリスさんとマグナさんのお知り合いです、よね?」
「……ええ、まあ」
 なんとなく――威圧感を感じるのは気のせいだろうか?
 ハサハは、手でネスティの服をきつく握り締めている。
 レイムはハサハに笑いかけたが、なんの効果もなさなかった。
「…あの、今の歌は…?」
「ええ、童話ですよ。古い――そう、とても古い、ね」
「童話……ですか」
 自分が子供の頃は――童話なんて見た事もなかった。
 だが、妙に気になるのは、どうしてだろう?
 一度は切り捨てた、についての考えが蘇る。
 たんなる杞憂だ。
 思い過ごし。
 そうでなくては、おかしいのだから。
 レイムは、ネスティが考え込んでいるのを楽しそうに見つめていた。
 その様子に気づいたのか、ハサハが身震いを起こす。
 ぐっと、ネスティの服を引っ張った。
「ハサハ、どうしたんだ?」
「……も、…かえる……」
 グイグイ服を引っ張り、一生懸命にレイムから――この場所から引き剥がそうとしている。
 おかしいと思いつつも、ネスティはため息をつき、ハサハについて行く事にした。
「それでは…もう、お暇します」
 ネスティがそう言うと、レイムも
「夕刻ですからね、私もこの辺で。…では」
 にこやかに微笑み、ネスティとは逆方向に向かって歩き出した。

 帰り道。
 ハサハが震えているのも気になったが、あの歌―――。
 童話と言っていた。古い、童話。
 今は…トリスとマグナ、アメルの事で一杯だろう?
 そう自分の理性が歯止めをかける。
 知ってしまったら、いけないような気がして。
 王子と乙女――お姫様の話なんて、童話ではありふれたものじゃないか。
 気にする事はない。
 思考を無理矢理そこから引き剥がし、皆の待つ家へと歩いていく。
 いつしか夕闇が、ゼラムを飲み込もうとしていた。









意味不明ですな。毎度の事ながら…。変換箇所少ない…スミマセン。
言葉少なく次に向かいたいと思います。
(何かを言うとネタがバレそうだ)

2002・12・21

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