兄弟だから




 双子の兄弟、リューグとロッカは、自分たちの旅の準備をさっさと終わらせて、
広い場所で戦闘訓練をしていた。
 庭園でやったもよかったのだが、あそこは子供が多くて、武器を振り回したりは出来ない。
 結局、建築地域で手ごろな場所を見つけ、訓練をしている。
「っはぁ……なんだ、腕落ちてはいないみてぇだな」
「そうそう怠けたりはしていないさ…ふぅ」
 実践さながらの兄弟訓練は、傍から見ると、かなり危険な代物ではあるが、別に相手を完膚なきまでに倒そうとしている訳ではないので、一応すん止めだ。
 かすり傷程度は仕方ない事と言えるが。
「そろそろ、戻ろう。荷物もあるしな」
 ロッカの進言に、リューグも頷く。
 まだ日はあるが、そう長いことなく沈むだろう。
 商店街の通りは夕食の買い出しに向かう人が増えるし、ここから邸までは、ちょっと距離がある。
 大荷物抱えて、買い出しの人ごみにまぎれるのはゴメンだ。
 少し離れた所にある荷物を持って、二人はギブソン・ミモザ邸へと歩き出した。

「…なぁ、リューグ」
「ん?」
「アメル、強くなったな」
 帰り道、荷物を持ちながら、久しぶりに兄弟二人だけで会話する。
 村での仕事の日々が、懐かしく思えた。
「あぁ……色々、あったからな」
 アメルは強くなった。
 村での彼女よりも、はるかに。
 戦闘面ではなく、精神的に。
 側にいた彼ら――特にリューグは、それを確かに感じていた。
「…これからも、色々あるんだろうな」
「……そりゃ、な」
 言いながら、リューグは色々な事を思い出していた。
 ルヴァイドの事。イオスの事。緑豊かだった、村の事…。
 考え出したらきりがなくて、頭がパンクしそうになる。
 特に、の事を考えると…自然に、眉尻が上がり、目がキツくなる。
 嫌いではない…はずだ。
 それなのに、冷たく当たってしまう。
 アメルから散々怒られてるってのになぁ…。
 俺だって、別にいつも突っかかろうとしてる訳じゃ…。
「時にリューグ」
「あ…あぁ、なんだよ」
 ロッカに声を掛けられ、の事から思考を引き離す。
 隣に歩いている兄は、実に興味深そうにリューグの顔を見ていた。
 それが少しだけ、不快に感じる。
「アメルの事だけど、どうなんだ?」
 どうって?
 意味が分からない。
 なにが言いたいのかも。
「どうって…なにがだよ」
「全部終わったら――さ」
 ロッカの表情で、兄の言いたいことが分かった。
 兄弟とは、こういう時、意思の疎通が楽なのかもしれない。
 リューグは、今までの自分を思い返した。
「………わかんねぇよ」
 ロッカは、アメルをどう思っているか聞きたかった。
 自分がどうだから、という事ではなく、純粋に弟を心配しての発言。
 昔から、リューグはアメルが好きだった。
 だからこそ、彼女が聖女だともてはやされ、苦労している時、酷くイラついていたし、聖女を頼ってくる外部の人間に対しても、その名声を利用しようとしている村の長にも、腹が立っていた。
 それを、ロッカは知っている。
 弟は、確かにアメルが好きだった。
 リューグは、アメルの事を考えていた。
 幼馴染で、優しくて、そして、今は強い。
 全てが終わった時、自分はどうするだろう?
 アメルに気持ちを伝えて、一緒に村に戻って暮らしたいと思うかもしれない。
 …俺は、アメルが好きなんだよな…。
 誰かに聞くように、ロッカに届きもしないほどの声で、呟いた。
 アメルが、リューグの頭の中で微笑む。
 あの、人懐こくて、温かい微笑みを湛えた。
「兄貴――俺は――」
 終わったら…出来ればアメルと……。
 けれど、それを口に出そうとした瞬間、突如としての事が頭に浮かんだ。
 しかもアメルとは違って、怒っている表情で。

 おいおい、普通こういう時、笑顔とか、なんかあるんじゃないか?

 自分の思考に向かって、激を飛ばす。
 すると、頭の中のが、「べーー」っと舌を出した。
 ……なんだか、物凄く腹が立ってくる。
「今のトコ、そんな事考えてる余裕ねえよ。あの女が憎たらしくってしょうがないんだ。復讐するなんて愚かだとかなんだとか…ったく」
 リューグが本気で腹を立てているのを知り、ロッカは思わず笑いをこらえきれずに、噴き出してしまった。
「なっ、なんだよ兄貴!」
「い、いや…別に…はははっ」
「……チッ」
 理由を言わない兄に、多少の不満感がつのるが、への腹立ちに比べれば大した事はない。
 思考がいつの間にかの事に固定されているのに気づいていないらしい弟に、ロッカは苦笑いをこぼすしかなかった。
 なにか言った所で、火に油だろう。
 トウヤがいたならば、火にガソリン、と言うかもしれない。
「まあ、明後日出発なんだ。それまでに良く考えてみればいいんじゃないか?」
「だから、なにをだよ…」
 ロッカは笑いながら、リューグの先を歩く。

 鈍い弟が、己の本心に気づくのはいつだろうか?
 案外と近い日なのかもしれない。
 その日が見物だと思いながら、ロッカは家への足を早めていった。
 リューグは憮然とした表情で、その後を追う。
 心に、への憤りを感じながら。









兄弟話でした。まんまですな。
いい加減リューグをなんとかせねば、という感じで書いたお話。
…な、なりきれてなくてスミマセヌ。

2002・12・12

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