禁書





 たちが買い出しに出て後、トウヤとソルは、例の本――書庫で見つけた、濃紺色の本を、ギブソンに見てもらっていた。
 エルジンとエスガルドも同席している。
 一通り読み終えると、ギブソンはくいっと紅茶を飲んだ。
「ギブソン、どうなの?」
 ミモザがなにか楽しい発見があるかのように、わくわくしている声を抑えもせずに聞く。
 それに対し、ギブソンの方は渋面を作っていた。
 彼は本を閉じると、久しぶりに見た、
 古ぼけて、一見、なんの価値もなさそうなそれを、トウヤに渡す。
 この本を最後に見たのは、いつだっただろう?
 周りの皆は、なんだかよく分からず、ギブソンのアクションを待っている。
 彼は小さく息を吐くと、渋面から苦笑へと表情を変化させ、「ダメだね」と軽く言ってのけた。
 ミモザが半分呆れながら、もう少しちゃんと説明しろとせがむ。
「分かってるよミモザ。エルジン、すまないが、もう少し砂糖を持ってきてくれるかな?」
「あ、うん」
 エルジンが角型のそれを持ってくると、彼はにこやかに礼を言い、カップに紅茶を足して、ポチャポチャと角砂糖を五つ入れた。
 エスガルドが糖分○パーセントアップ、と、彼にとってはどうでもいい事を教える。
恐るべし甘党。

トウヤが相変わらずだと思う中、ギブソンはとりあえず、本を手に入れた経緯を話しだした。
「私がこの本を手に入れたのは大分前…、トウヤとソルに会うより、もっと前だ。派閥の仕事を始め暫くした頃でね、元々は蒼の派閥の書庫にあった物だった」
「勝手に持ってきたのか?」
 ソルの発言に、首を横に振る。
「仕事の褒美として、金品の代わりに貰ってきたんだ」
「要するに、ギブソンはこの本を研究しようと思ったんだね?」
「その通りだよ、エルジン」
 だが、それならば何故、<ダメだ>等と言うのか?
 トウヤとソルは、この本が少々埃にまみれていたのを思い出した。
 研究対象としての興味を失い、放置した――というのは、彼の性格上、余り考えられないのだが?
 特に、トウヤやソルたちと出会う前の彼なら、尚更。
 それに、長い間放置していたのであれば、もっと埃が積もっていていいような気もした。
 移動した本のいくつかは、そうした物もあったのだから。
 疑問に答えるように、彼はまた口を開いた。
「最初は、なんとかなると思った。 所々にある、『印』も――に今ついている紋様らしきものでもあるが、非常に気になったし、今まで苦労はしたが、読み解けなかったものはなかったからね。だが……」
 ちらり、とトウヤの手にある本を見、かぶりを振る。
「その本に関しては、全くダメだった。勿論、昔の私より、今の私の方が遥かに知識がある。色々な物に対してのね。けれど、昔と変わらず、文字の法則すら読めない」
「ソルが見た事があるっていうのは違う物だって聞いたけど…それは、読めたのか?」
「いや、それも読めなかった。俺が――例の事件の前に、ちょっと見たってだけだしな」
 トウヤが本を開く。
 誓約者とて万能ではない。
 少なくとも、知識に訴えるものは、ソルがその役割を担う事が多いので、見た所で意味はないのだが。
 エルジンが、ひょこっと後ろから本を覗き込む。
「うわぁ、凄い字。著者名も書いてあるか、わかんないね」
「私たちの国の言葉でもないな」
 エスガルドの言葉に、一斉に皆が彼の方を向く。
「ああ、ロレイラルのものではない」
「あ、そっか」
 ミモザがポン、と一つ手を打つ。
 リィンバウムだけ考えれば、言葉は共通だが…トウヤの国の言葉があるように、他の四つの世界にも、それぞれ独自の言葉がある。
 召喚されると、リィンバウム語を話すようになるので、今まで大して意識した事はなかったのだが。
 エルジンが、小さな発見をしたかのように、声を弾ませた。
「じゃあ、メイトルパとシルターン、サプレスのどれかの言葉かもしれないね!」
「ミモザに分からないのであれば、メイトルパの線は薄いな」
「私は、言語学専門じゃないもの、一概にそうとは――」

「……なんで、こんなもんがこんな所にあるんだよ」

「あ…」
 トウヤから本をパッと奪い取る。
 相変わらず不機嫌そうな顔をして立っているのは、の護衛召喚獣、バルレルだった。
 ひとしきり本をパラ見すると、鼻を鳴らして本を閉じる。
「バルレル君、その本を知ってる――いや、読めるのか?」
「…………ケッ」
 ギブソンが問い正すが、当人はふくれっ面のまま、無言になる。
 バルレルの方を向き、トウヤがニッコリ微笑む。
 ………どこか、威圧感を感じる笑顔だが。
「なにか知ってるなら、教えてくれないかな?」
「うっ……」
 威圧に負けるつもりはなかったが、が元に戻れないのであれば、自分だって困る。
 誓約を解けるのは、彼女だけなのだし――それに。
「……あーもう、言やあいいんだろ!」
 バルレルはトウヤの座っているソファの肘掛に腰を下ろし、小さなため息をついた。

「……別に……」
 一言口にして…止まる。
 チラリ、と本を見たかと思えば――何かを振り切るように、話し出した。
「別に、その本を知ってるって訳じゃねぇ。ただ……サプレス文字なんだよ」
「サプレス文字…」
 ならば、どうしてサプレス世界に詳しいギブソンやソルが、読めないのか。
 疑問が山のように押し寄せてきたが、とりあえずバルレルの話を聞く事に従事する。
 エルジンが、「読める?」と不安そうに彼に聞くと、バルレルは当然だろうと、胸を張った。
「俺はサプレスの悪魔だぜ!?読めねぇ訳ねぇだろうが」
「じゃあ、読んでもらわないとね」
 紅茶をミモザに出され、ニッコリ微笑まれ――バルレルは渋々肘掛からソファに座る。
 ここで<イヤだ>なんて言おうものなら、ミモザの攻撃が飛んで来かねなさそうだ。
「…ったく、ガキに話して聞かせるんじゃねぇんだからよ、必要な所だけ言うぜ」
「ああ、それで問題ない」
 ギブソンが満足顔で微笑む。
 研究者としては、もっと聞きたいだろうに。
「で、表紙にはなんて書いてあるんだ?」
 ソルも身を乗り出すようにして、バルレルを見る。
 少々居心地が悪いが、いたしかたない。
「……。 『禁呪』 」
「禁呪??」
 エルジンが聞くが、エスガルドがとりあえず聞いていた方がいいというので、押し黙る。
 バルレルは続けた。
 本の、二ページ目には、注意書きが書いてあった。


 我等には、既に意味無き物なり。
 悪魔はこれを打ち破る術を既に知る。
 これらは意味無き物と思え。
 忘却せよ、この本を手解く者よ。
 人に扱えはしない。
 サプレスの悪魔とて、禁なる呪(まじない)を全て使えはしない。
 この本は、過去の知識の泉と知れ。

「…我等って事は、悪魔が書いたのよね、当然のごとく。しかも、人に見られる前提で?」
「悪魔は殆ど本読むこたねぇよ。興味があれば、別だけどな。…大体、こっちにあるんだ。はぐれかなんかが、気まぐれで書いたんだろ」
 ミモザの疑問に、バルレルが気だるそうに言った。
 ソルが考えるような表情で、本を見た。
「忘却せよって…じゃあ、なんのために書いたんだろうな」
「著者は誰になってるか、書いてあるかい?」
 トウヤが著者を知りたがるが、バルレルは最後のページを見て――首を横に振った。
「…いや、書いてねぇな」
「それより、の呪いについては?」
 エルジンが一番大事なことでしょうと言いたげに、バルレルに聞く。
「これ、悪魔用の本なんだぜ?期待すんなよ?」

 に掛けられた呪いについても、きちんと書いてあった。
 ただ、彼女に掛けられた物は、この本の著者が示しているものより、改良を加えられているらしく、解呪方法も鵜呑みにするわけにはいかなかった。
 それは、ソルとトウヤでまた文献を調べ、解く方法を模索するしかない。

「……って事だ。……俺は、もう行くぜ」
 バルレルは散々話をさせられ、少々疲れた様子で本をトウヤに放り投げると、階段を上っていつもの部屋――の借り部屋へと入っていく。
 遠慮も気兼ねもなく、ベッドの上に横たわった。

 …ニンゲンたちに、言わなかった事がある。
 あの本は、サプレスの悪魔が全員読める、というものではない。
 サプレスの悪魔たちは、他の悪魔に読ませたくないような文書を、ある一定の法則を持って、表記している。
 それは暗号のようなもので、本を開いた者が、自分の知識を与えていい人物か、きっちり判断している。
 ニンゲンが解読できないのも、無理はない。
 一瞬ごとに、文字の法則が丸ごと変わってしまうのだから。
 本の表紙を閉じて開けたら、また羅列が変わっている――なんて、普通の本ではまずありえないだろうし、これほど研究者泣かせなのも珍しい。
 どんなにサプレスに精通した人物であれ、ニンゲンであるならば、読めはしない。
 本の発する魔力と己の魔力をシンクロさせ、本が読み手を受け入れれば――先ほどの場合はバルレルだが、彼にのみ、文字を開く。
 ただの文字ではなく、ごく一部の者しか知らないような、やはり暗号交じりの文章だが。
「……著者、か…」
 本の最後に、小さく小さく書いてあった。


 俺が、この世界に生きた証として、この本を残す。


「……馬鹿だな……俺も……」
 バルレルの目の前には、暖かなゼラムの町並みが広がっていた。








一応、色々な事に噛んでる話ですが、あんまり言うとボロが出るので、書きません(爆)
既に気づかれてる方もたくさんいるかもしれないですけどもね。
今回は説明話チックで、波がなかったですなぁ…。ヒロインも出てこず…申し訳なく;

2002・11・30

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