戦いと愁いと 2





 レルムの村。
 そこはかつて、村人達が暮らしていた場所。
 憩いの場であったはずの広場には、今は――燃え盛った後のような、消し炭や、あちこちの家の残骸…、木々が――これも多分火災でだろう、燃えカスとして地面に散らばっている。
 家としての原形を留めているものは数少なく、また、原形を留めているものは、火災の凄惨さをより激しく見せた。
 火の手の回っていない木々には、剣戟の後――時に、人のものであろう、爪痕まで残されている。
 モーリンやミニスが、村がこうなる前に見たかったと言う。
 一同、同じ気持ちだった。
 だが、凄まじいまでの殺戮が行われたであろう場であるにも関わらず、空気はそれほど淀んでもいない。
 カイナがそう告げると、ロッカがおじいさんが皆を埋葬し、供養したからだろうと呟いた。
 アメルとロッカが先陣を切って、おじいさん――アグラバインの家へと案内する。
 は立ち止まって、周りを見た。

、どうしたの?」
 トリスが不思議そうに声をかけると、は彼女とアメルの方を向く。
 うーんと唸ると、彼女は少し申し訳なさそうに手を合わせた。
「私、ちょっと独断行動していいかな?この村からは出ないから…」
 アグラバインの話を自分が聞いても意味がない、とは全然思っていないが、只、自分は彼らとずっと行動を共にしてきたわけではないし、黒の旅団……要するに、ルヴァイド達に恩がある、という一面も持っている。
 アメルやトリスは気にしないだろうが、気にする人間が若干一名。
 それに、アメルが折角おじいさんとの再会するのに、途中参入の自分は、何となく居心地が悪い。
 丁寧にそう告げると、アメルは残念そうだったが――納得して頷いてくれた。
 自分の代わりにバルレルをくっついて行かせる事にし、一同を見送る。
 ぶーぶー言う護衛召喚獣。
 暴れたら、拳が飛んでいくぞと脅しをかけると、少しだけ静かになった。
「…リューグ、なんか言いたい事あるの?」
 アメル達が少し先を歩いているのに、付いて行く気配がなく、側にいるので言ってみる。
 彼はを少しばかり厳しい視線で見、口を開いた。
「……この村の状態を見ても――お前は、黒の旅団が悪じゃないって言うのか?
さっきお前を攻撃したイオスでさえも?」
「……リューグ、行っといでよ。アメルが待ってる」
 問いに答えず、彼の背中を押す。
 文句を言いたそうな表情だったが、アメルに呼ばれて、諦めて歩き出した。


 一人残ったは、村を一望――とまではいかないが、かなり広く見える場所へと足を運んで、その風景を見た。
 ……炎が村中を舐めた。
 だが、それが全て悪意――だったのだろうか。
 は判らなくなった。
 黒の旅団は、大儀のために戦う。
 トリス達は、アメルや人々の為に――。
 それに、どれだけの差があるだろう。

「……!誰っ!?」
 ガサ、と後ろから物音がし、慌てて振り向く。
 間合いを取って――その気配が、見知った人物のものである事に気づいた。
「……隊は、置いてきたの?」
「………」
 物音の正体は……イオス、その人だった。


 レルムの村の森の中――、アグラバインの家からは少しばかり離れたその場所で、とイオスは大樹にもたれ掛かり、人知れず休息をとった。
 こんな姿をリューグ辺りに見られたら、斧で倒されてしまいそうな場面だが、彼は今、アメルと一緒におじいさんの家にいる。
 ばれる心配はないだろうけども、心苦しいのは裏切っているという感覚が少なからず身の内にあるからだろうか。
 だが、は一辺倒にはなりたくない。
 デグレアにも、トリス達にも、完全に染められた人間でありたくない。
 そうする事で、彼らの最善ではない、別の方法が見つかる事があるかもしれないから。
 見えない意図が何処かに存在し、今は――リューグの反感を買ってでも、それを見つける事が必要だと――まるで誰かが耳元で囁くように、予感が体中を包む。
 イオスもルヴァイドも――トリスやマグナも気づかない、ネスティですら見つけ出す事が出来ない、何か。
 は、そよぐ森の中、イオスの隣で瞳を閉じていた。

「……、さっきは…すまなかった…」
「謝るの?それは貴方の<大義>を否定する事になるよ」
「…嫌味だな」
 肩をすくめるイオスに、は瞳を開いて微笑んだ。
 少し、意地悪が過ぎたみたいだ。
「…レルムの村……僕にとっても、ルヴァイド様にとっても…ここは、戒めの村だ…。初めて、神という存在に祈りたくなった場所だよ…」
 リィンバウムの神――エルゴ、だろうか?
 攻め込む側の立場から言えば、大儀とはいえ、やはり同じ人間。
 葛藤があるに決まってる。
 全ての感情を押し殺して生きていける人間なんて……。
「…僕は、君を前にして一瞬躊躇した……あってはならない事だ。それなのに――」
「アメルを連れて行く。それが、イオスにとって必要な仕事。私が邪魔だったなら、容赦なくやるべきだった。でも、出来なかった?」
 にこにこ微笑まれると、どうも真面目に話しているのにバカにされた気分だ。
 イオスは少しだけ間を開けると、肯定するように頷いた。
「…村を襲撃した時…何かを感じたなら、それがイオスの本心なんだよ。同じように、私や――ううん、人と対峙した時、何かを感じたなら、それが貴方の本当の心じゃないのかな。<大義>では、済まされない、本心」
「大義で済まされない本心――か」
 デグレアでは許されない気持ちだ。
 おかしいと思う心すら、異端と称され、制裁を受ける。
 ルヴァイドに仕える自分は、彼の力になりたいと心から思う。
 これは、黒の旅団の一派だからとか――そう言う事ではなくて…ルヴァイド個人としてであれ、力になりたいと…そう思っている、イオスの本心。
 だが実際、村を潰した時――泣き叫ぶ女子供を手にかけた時、イオスは絶望に身を浸していた。
 槍を一薙ぎするだけで、温かな命が失われていく。
 燃え盛る炎の中、自分は――デグレアの兵士として、成すべき事をしながらも、心の中では叫んでいた。
 嫌なんだ、と。

「…あの日…」
「?」
「村を襲撃したあの日…、僕の前に、母親と…子供が転がり込んできて…。彼らは僕を見て、走って逃げようとした。僕は――彼らを……無抵抗な人間を……」
 今でも覚えている。
 あの母親は最後まで自分の子供を案じていた。
 子供もまた、母を案じて泣き叫び……。
「僕らは、彼らにとって悪魔に見えたんだろう…」
 あの親子の表情は、忘れる事が出来ない。
 苦痛を伴いながらも、召される瞬間まで――互いを案じて。
 平和な日々を送っていた村にとって、自分達は悪魔の軍勢に見えた事だろう。
 イオスもルヴァイドも――元老院の指示の元で、悪魔とならなければならなかった。

「…イオス、私はあなたとルヴァイドに助けられた。私にとっては、悪魔じゃなかった。それだけじゃ、駄目かな」
 今、村に対して謝罪した所で――行動の伴わない謝罪なんて、意味がないのだから。
 彼らはアメルを狙い、これからもやって来るだろう。
 そうしたら、また戦う。
 彼らにとっての大義が、アメルを捕らえる事であるならば、達にとっての大義は、彼女を守る事だから。
 でも、はルヴァイドやイオスが、本当はどんな人物か知っている。
 苦しんでいる。
 知っているからこそ、こうして話だってしているんだから。
「時期が来るよ、きっとね。私が――私が、仲間と共に乗り越えられたみたいに」
「……?」
 微笑むの本意は、イオスにはさっぱり判らなかった。
 だが、言葉に重みがある。
「乗り越える――そうだな…」
「それまでは、お互い死なない程度に敵してようね」
「………まったく、そういう…」
 戦場では、手加減など出来やしないと分かっているだろうに。
 イオスは苦笑いすると、立ち上がった。
「……ルヴァイド様に報告しなくてはいけないからな、戻る事にするよ」
「うん。じゃ、私も」
 も立ち上がる。
 ぱっと、埃を払った。
「……それじゃ、また、ね」
「また会う時――戦う事になっても?」
 嫌味くさく言うイオスに、は苦笑いしながらその手を掴む。
 無理やり握手。
「じゃ、訂正。今度は任務の関わらない所で、会えるといいね」
「……ああ、そうだな」
 イオスは今度はゆっくり微笑むと――の手を握り返した。


 この村は、戒め。
 デグレアの悪意が蹂躙した村。
 許されない騎士達。
 けれどだからこそ思う。
 かつて、戦ってきた相手がそうであったように、それだけが、全てではないのではないか、と。





未消化…;;頑張って次行きます、はい。
えと、次、次ゼラムです、はい。……イオスともっとちゃんと話させたかったなぁ(汗)
力量不足で申し訳ない…。

2002・10・23

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