出立





 祭りの後、ファナンは後片付けにも一段落をつけ、人々はそれぞれ、いつもと変わりのない生活へと戻っていった。
 さすがに商業都市なだけあって、祭りが終った後でもその喧騒が止む事はないが、それでも、祭りの後の寂しさというのは感じるもの。
 もっとも、の寂しさの出所は、それとは違っていたが。

 浜辺から海を眺め、遠く離れた知人達を想う。
 この海を挟んだ向こうに、自由都市サイジェントがある――。
 そこから、自分の大切な人がこちらへ向かってきているはず。
 そう思うと、少し寂しさがまぎれる。
「さてっ、今日も一日頑張りましょう!」
 立ち上がり、海に向かって、うーん、と伸びをした。

 がモーリン宅に戻ると、朝――いや、時間的には昼とも取れるが、ともかく、家の中が少々慌しく感じられた。
 とりあえずは、広間に向かう。
「あ、トリス〜ネスティ〜」
 部屋の中では、ネスティとトリスが書面を手に、なにやら話し合っている所だった。
 いつの間にか、がネスティを名前呼びになっているのだが、文句も言われていないので、よしとする。
、今までどこに行ってたの?」
「うん、海辺にちょっとね」
 ほわほわと話をしているその横で、ネスティが非常にイラつき感を示した声で、「のんびりしてるんじゃない」と注意してくる。
 ぺろりと小さく舌を出して、はい、とトリスが答えた。
「どうしたの?」
 書面に指をさして、何事があったのかと問うに、彼は少しばかり躊躇した後、まあいいだろうという事に考えが落ち着いたのか、一人で勝手に納得して、話し始める。
 ……案外、付き合いだすと面白いタイプかもしれない、なんて余計な事を考えるだった。
「今朝、シャムロックから通達があって、この書面を、蒼の派閥本部へと届ける役目を貰った」
「でね、なるべく早くに出発したかったんだけど――ちょっと問題が」
「?」
 話を聞くところによると、出かけるぞーと言おうとする前に、マグナが怪我人を担ぎこんできた――と、そいういう事らしい。
 しかもその怪我人は、レルムの村の人間で、リューグの兄であるロッカという人物らしく、今、アメルとマグナ、リューグが部屋で面倒を見ているとの事。
 一応、書面の事をアメル達にも話さなくてはならないのだが、なにぶん、治療の問題があり……。
「ちょっと話をするだけでしょ?だったら、私がそのロッカの面倒見てるよ」
「…君がか?」
 ネスティの非常に不安そうな素振りに、少々苦笑い。
 これでも、多分ネスティやトリス、マグナなんかより、全然戦闘回数多いし。
 ――まあ、確かに?
 ……応急処置は――少しばかり、苦手ですが。
 大丈夫。
 包帯をぐるぐる巻きにしたりはしませんて。
「じゃあ、ちょっとお願いできる?」
 トリスがネスティを抑えて発言。
 は「勿論!」とにっこり微笑んだ。

 怪我人がいる部屋へと歩いていく途中、が使っている部屋に少し寄って、中にいるバルレルに
「出て行くっぽいから、出来たら荷物の整理よろしくっ!」
「はぁ!?てめぇふざけんじゃ……って、話聞けよ!!」
 バルレルが文句を言っている間に、扉を閉める。
 だんだん扱い方が判ってきたというか、バルレルの不幸度が上がってきているというか。
 は気にせず、部屋へと向かう。

「マグナにアメルにリューグ?」
「あ、…」
 マグナがいち早く反応して、近づいてくる。
 アメルは、回復の祈りをささげ続けていた。
 リューグは――ちらりとを見ると、機嫌悪そうにそっぽを向く。
 いい加減……少しはその態度を何とかして欲しいものだが、ここで愚痴ったら病人に悪いだろう。
「あのね、私がロッカを見てるから、ネスティとトリスの所に行って、話を聞いてきて欲しいんだ。なんか、急ぎで出立したいみたいだから」
「え、でも…ロッカが…」
 病人を放置して、旅に出るなんて事はあの二人は考えてない。
 とにかく、これからの事を話して置きたいんだろうと言うと、それとして納得してくれた。
「間は、私が見てるから大丈夫だよ」
「俺も残る。……話、ちゃんと聞いて来い」
 アメルの肩をトントンと叩き、事情を説明して、理解して貰う。
 マグナとアメルが、くれぐれも宜しくと念入りに頼み込んで、部屋の外へ。
 変わりにがロッカの傍で、汗をぬぐったり、傷の手当てをしたりする。
 ……リューグの視線が、背中から突き刺さっているのが判って、居心地が悪いが、この際仕方がないだろう。
「……ロッカって、リューグのお兄ちゃんなんだね」
 敬称略。
 だが、気にしては居ないようだ。
「あぁ、軟弱な兄貴でよ。俺は力でもってアメルを助け、ルヴァイドの奴に復讐する。そう言った。そしたらコイツは、忘れて、静かに暮らすべきだ、なんて言いやがった」
「…そう、だから――今まで別行動だったんだね」
 兄と弟。
 どうも、弟の方は血の気が多いみたいだ。
 ……勿論、それが間違っているという訳ではないのだけれど、兄の思想も、決して間違いではない。
「…ねえ、リューグ…復讐して、楽しいの?」
「……テメェには、関係ない」
 ロッカの汗をぬぐってやりながら、リューグと話し続ける。
「リューグ…私の言葉だから、素直に聞けないのかもしれないけどさ、でもね、その人を助けるために、剣を体に突き立てても……人の命を壊した事に、変わりないんだよ」
「…何の話だよ」
「……ううん、別に…」
 リューグも皆も、いつか気づくだろうか。
 復讐するための剣と、人を助けるための剣が――結局は一緒だという事に。
 確かに意味合いは違う。
 でも、している事は同じ。
 は、ロッカの手当てをしながら、
 あの――無色の派閥の乱の、最後の瞬間を思い浮かべていた。


 あの瞬間、様々な死が、そこにあった。
 魔王と化したバノッサ。
 ソルの父親である、オルドレイクの骸。
 復讐者としてその存在を確立していたバノッサという男は、自分の父親に「復讐」をし、魔王になった。
 その魔王バノッサが、「殺してくれ」と言う。
 今でも覚えている。
 目を閉じれば、そこに彼が居るみたいに。
 トウヤ、ソル、自分を含めて多くの人間が、魔王を倒すために必死で戦った。
 そして、打ち倒した後に残ったのは……人間、バノッサ。
 彼の人間としての体は、既にサプレスの力に完全に汚染されていて、かろうじて人の形をまとっているだけ。
 それを元に戻す術すらもなく。
 二度目の嘆願。
 彼はトウヤとに、「殺してくれ」と願った。

「そんな事――何か、何か方法があるはずだ!」
 トウヤがバノッサに叫ぶが――そんなもの、今のこの状況で探せる訳がなかった。
 サプレスの魔術に長けているソルやギブソンですら、首を横に振るだけなのだ。
 誓約者の力に目覚めて若いトウヤでは、人をどうこう出来るはずもなく。
 バノッサの嘆願に、首を横に振るばかり。
 彼の目が――ふと、を見つめた。
「はぐれ女…………俺を……お前の手で……」
 バノッサの言葉に、自分の手が震えたことも――はっきり覚えてる。
 小さく、「頼む」と誰にでもなく、自分に言っているバノッサ。
 は、意を決して――彼に近づき、剣を持つ手に力をこめた。
……」
 トウヤとソルが、その様を見守る。
 自分では――ダメなのだ。
 バノッサは、を最後の送り主に選んだ。
「……バノッサ、私、あんたの事、嫌いじゃなかったよ」
「へっ……そうか、よ……」
 直ぐ隣に膝をつき、短剣を構える。
 手が――震えた。
「……俺は……生きた……俺の望むままに……」
「バノッサ……」
「さぁ……やれ!!」
 躊躇しているに、突然、力強く声を発して起き上がり、バノッサはを抱きしめ……唇を、触れ合わせる――。
 下を向けていたの短剣が、彼の胸に深々と刺さった。
 彼女はバノッサと唇を合わせながら――その短剣を持つ手に、力を込め――。

 手に、暖かいものが、流れる。

 痛い。

 痛いのは、彼の方なのに。

 痛い。

「…あり、がと…よ……」

 お礼なんて、言わないでよ―――。



「…私は……壊したんだから、結局」
「…?」
 リューグが怪訝そうな声を出す。
 その声の出所が思いのほか近かったので、思わず横を向くと、彼は直ぐ傍まできていた。
「…うん、ごめ……」
「…リューグ……?」
 ふと、声のした方へ視線を向けると――ロッカが、目覚めていた。
 頭を振ると、まだ少しクラクラするのか、また枕に頭を押し付けてしまったが。
「兄貴!」
「ロッカ、大丈夫?」
「ええ…あの、でも、貴方は…?」
 ゆっくりと起き上がろうとするロッカを、慌てて止めて寝かせる。
 まだ、無理は禁物だ。
 そういえば、ロッカと名前よびの上、敬語も使ってなかった――。
 はお辞儀をすると、自己紹介をした。
「ロッカ、私と言って、トリス達と一緒に居る者なの。敬語、敬称なくてごめんなさい」
「いえ、いいんです……アメルは……」
「ああ、今ちょっと話し聞きに出てる」
 リューグが機嫌悪そうに言う。
 実の兄が回復したというのに、なんだその態度は……。
 は、彼が照れているんだなぁと感じた。
「そうですか……お爺さんが村で待ってる……アメルに言わないと…」
「ちょっと待ってて、アメルを呼んで来るから」
 は立ち上がり、パタパタとアメルを呼びに部屋の外へと出ていった。
「……兄貴、あいつは――ルヴァイド達と密通してるかもしれない奴だ。あんまり……気を許すなよ?」
 一応の忠告。
 自分自身、もうそんな事をに対して余り考えていたりはしないのだが。
 復讐を止めろ、というのは……。
 だが、その言葉を聞いてロッカは首を横に振った。
「密通なんて、きっと無理だ。彼女の目を見れば判るだろう? …アメルに、似てる。とても」
 ………確かに、あんなに素直で馬鹿正直なのが密通者だったら――。
 だが、自分は兄のように警戒心のない状態ではいられない。
 は、黒の旅団に居た事があるのだから。
 溝はまだもう少し、埋めるのに時間がかかりそうだ。
「……それにしても……あいつ…」

 私は壊したんだから……結局。

 それは、どういう意味なのだろう…。
 リューグには、判りかねた。

 ロッカが回復したその翌日、一向はアメルの事情を考慮して、レルムの村へと旅立つ事になった―――。




相変わらずのオリジナルっプリ。
ちょっと更新遅れ気味ですが、頑張ります〜;;

2002・9・7

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