西よりの灯火 ファナンの祭りより、三日ほど前――――場所はそこより遥か西、サイジェントにて。 トウヤは自室で既に、旅支度を整え終わっていた。 決して大荷物ではないが、着替えも道具も、カバンの中に詰め込んでいる。 外はいい天気で、旅を始めるには上出来な日。 「おい、まだかかんのか?」 小さくノックをし、ガゼルが入ってくる。 トウヤは荷物を持って、部屋の中をざっと見回してから、「今行く」と声を返した。 しばらくの間、この部屋に戻ってくる事はない。 そう思うと、少し寂しい気分になった。 広間には、既に一緒に旅をするソルと、フラットの面々が出揃っていた。 アカネとイリアスまでいる。 とりあえずは荷物を置いて、いつも場所に腰を落ち着けた。 「トウヤ、もう準備はいいのか?」 「ああ、ソルは?」 見ての通り、ばっちりだと、横においてある荷物を示す。 やはり大量ではないが、トウヤのそれよりは少し大きめ。 「の奴がどこにいるか、知ってるんだろう?」 ガゼルの問いに、こくりと頷く。 シオンから定期で送られてくる手紙に、『現在ファナンに在住』との報告があったし。 移動してしまう事も考えられるが、その時は仕方ない。 探すほかないだろう。 リプレが心配そうな表情で、窓の外を見やる。 について、色々報告は貰っていたが―――その内容は、不安になるようなものが多かった。 蒼の派閥で、いきなり試験を受けさせられたらしいとか――呼び出した護衛獣が癖のある奴だとか、 挙句、呪いまでかけられてるとか。 トウヤもソルも、その度にゼラムへと行くのだと言い出すし――‥と、コレは関係ないか。 「こちらの事は、任せてください。苦戦しましたが、イムラン殿にも許可貰いましたしね」 イリアスがにこやかに言う。 アカネも、師匠によろしくね!とか楽しげに言っているが、これは実は物凄く大変な事なのだ。 何しろ、エルゴの王たちに見初められた誓約者と、そのパートナー、卓越した召喚師であるソルが国を離れ、聖王国まで行くというのだから。 誓約者が誰であるかは、報じられていない。 サイジェントぐるみで隠していると言ってもいい位。 それは、誓約者の力にすがろうとする無用な輩を防ぐ為でもあり、マーン三兄弟のような、都市を統べる金の人間の、対面や権威の為でもあった。 別に前のようにいがみ合っている訳ではないのだが、誓約者だからといって祭り上げられたりする事をトウヤは嫌っていたし、 その点に関しては、都市を統べるものとしては好都合ですらある。 そのトウヤが、たった一人の少女のために、ゼラムへと赴く―――。 都市機密が、一個人的な理由で出て行くなど、とんでもない事。 かといって、本気の彼を止められる訳もなく。 フラットの皆や、仲間たちの立っての希望(脅し?)もあり、結局折れたのは派閥の方。 名目は<内的な戦乱調査>なのだが。 「頼むよ、向こうがカタついたら、連れて帰るつもりだし」 「そうだな、もう一年も経つし」 トウヤとソルの言葉に、皆頷いた。 「お前ら、歩いて行くのかよ」 思いついたように言うガゼルに、二人は首を横に振る。 当初はそのつもりだったのだけれど……。 「召喚術でいこうと思ってさ」 なるほど、と頷く。 この二人なら、Sクラスの術を使役して飛ぶ事が出来るだろう。 空の上なら国境も関係ないし、安全だ――と思う。 「じゃ、そろそろ行こうか」 「そうだな」 玄関から外に出て、見送りの皆に手を振る。 「行って来るよ」 気をつけてね――とか、暴れるなよ――とか声をかけられる中、トウヤがゼルゼノンを呼び出す。 その背中に乗り込むと、ぽんぽんと背中を叩いた。 キュゥィン!と一鳴きして、あっという間に空へと舞い上がり、消えて見えなくなってしまった。 その様子に、イリアスが驚嘆する。 「相変わらず凄い人ですね……」 「ああ、けどな」 ガゼルは一旦言葉を切り、消え去った空を見つめて呟く。 「の事だから、必死なんだぜ、あいつら」 「……そうですよね」 きっと。 彼らにとって、なくてはならない人なのだ。 『』は。 遠い場所へと、助けに行くぐらい―――。 「なぁソル」 「ん?」 ゼルゼノンの上で、風を受けつつ会話する。 日差しが少し、肌に刺さるような気がした。 「とりあえず、ゼラムのギブソンとミモザの所に行こうと思うんだ」 「ファナンじゃなくてか?」 確かに、今はファナンにいるといっていたが―――とにかく、拠点が必要なのだ。 流石に拠点なしでフラフラする訳にはいかないし、路銀にだって限りがある。 聖王国内でむやみやたらと、こうして空を飛ぶ訳にもいかないだろうし。 そうだな、とソルもその意見に賛成した。 「わかった、とりあえずゼラムだな」 「よし、少し飛ばそう。ゼルゼノン、頼むよ」 「キュイィン!」 心得た、といななく召喚獣に微笑み、進む方向に視線を向けた。 このスピードなら、ゼラムまでは2日もかからないだろう。 流れる綺麗な風景より、の事が気がかりで―――。 言葉すくなに、彼らは王都へと向かっていった。 短いですねー;;トウヤとソルのお話っぽい。変換箇所も少ないですし(汗) 次回は、普通に調律者ルートで。 2002・8・27 back |