祝いの夜 2





「バルレルー?どこ行ったの??」
 約束の、少し小高い丘には人が見当たらない。
 ……場所は間違えていないはず。
「バールー…」
「大声ださなくったって、聞こえてらぁ」
 木の上から飛び降りて着地するバルレル。
 いるなら最初からさっさと返事してくれれば良いのに…なんて思ったりするが。
 まあ、しっかり約束を守ってくれただけでも、よしとしよう。
 少し移動し、花火が良く見えそうなポイントまで歩く。
 適度な座り場所を見つけ、腰をおろした。
 まだ、花火は始まらない様子。
 夜風が、二人の頬を優しく撫でた。
「…ねえ、バルレル…」
「…なんだよ」
「苦労ばっかしかけちゃって、ゴメンね」
 足をぶらぶらさせながら、は何の気なしに謝る。
 護衛獣なんて、本当は嫌なんだろうに。
 結局つき合わせてしまって。
「…ケッ、いーんだよ。テメェのは今に始まったことじゃねぇ。
 それに、一応…気になる事もあるしよ。メリットだってあるしな」
「?」
 が考えるうちでは、バルレルのメリットは全く思いつかない。
 無理やり引っ張ってこられた感もあるし……。
 デメリットの方が多いような気が。
「テメェが俺を護衛獣にしてる限り、前の奴は俺を呼べねぇからな」
「…前のって、そんなヤバい奴だったの?」
「ヤバイなんてもんじゃねぇよ」
 バルレルの話によると、その召喚師はバルレルを呼び出しては、彼の体を傷つけていたらしい。
 実験サンプルとして。
 要するに、バルレルを切りつけて、自分の研究か何かに反映させようとしていた…。
 もっと悪ければ、八つ当たりの道具とかにして。
「な、何よソイツ!!」
 は思わず、握りこぶしを作って叫んでいた。
 許せない。
 召喚した者を、そんな風に酷く扱うなんて。
 いつものバルレルなら、そんな奴倒してしまいそうなものだが――。
 …考えて、気づく。
 もし、そいつを倒してしまったら……バルレルはサプレスに帰れない。
 はぐれになってしまう。
 だから、きっと……手を出せなかった……。
 そう思うと、やるせない。
 一人の召喚師が、一人の悪魔を故意的に傷つけるなんて、あってはならないはずなのに。
「よし、バルレル!お酒飲もうお酒!!」
「はぁ!?テメェ、駄目だっつったじゃねぇかよ!!」
「いいの、今決めたの」
 ………なんという無茶苦茶な。
 言うが早いか、は露店へと走り、酒を瓶でもって買ってきた。
 ちゃっかり、コップは二つ。
 も飲む気らしい。
 とくとくと、酒をコップに二つ注ぐ。
 甘そうな香りが広がった。
「かんぱーい」
「……おう」
 バルレルはくぃっと飲んだが、の方はちびちび…、舌をつけるだけ。
 未成年は、お酒を飲んではいけません。
 一瓶簡単に開けてしまいそうだったので、なるべくゆっくり飲ませる事に。
 …ふと、唐突に、今朝の夢が思い出された。
 何の気なしに、話をする。
 いや、しようと思っていた訳ではなく――つい、口をついて出てしまったというのが正しいか。
「そうそう、私今日ねー、変な夢見たんだよ」
「……変な夢?」
「うん、バルレルっぽい悪魔が出てくんの」
 お酒を飲みながら、見た夢を話す。
 いつもは夢なんて忘れてしまうのに、何故か今日の夢だけは記憶にしっかりと根付いていた。
 バルレルに言って聞かせるだけで、そのシーンが鮮明に浮かぶ。
 珍しい事もあるものだ。
 全てを話し終えると、バルレルが酒を飲みながら神妙な顔をしているのに気がついた。
「……バルレル?」
「………その悪魔、なんて名前だ?」
「え?名前ねぇ……知らない、言ってなかったような気がするし」
 何でこんな真剣なんだろうと、凄く不思議になる。
 たかだか夢なのに。
 は不思議そうに、バルレルの顔を見た。
 ……うーん、やっぱり夢の人に似てるような。
「そういえば、女の人もいたなぁ…姫って呼ばれてた。名前聞く前に目が覚めちゃったんだけど」
 一瞬、バルレルの顔色が変わったような気がした。
 余りに一瞬すぎて、よくは把握できなかったけれど。
 たかだか夢の事を、気にし過ぎだろう。
 ……と言うものの、自分も気にしているから人のことを言えないが。
「がーっ!!あるはずネェ!!」
「な、なに??」
 突然勢いづいて、酒瓶を奪い取るとラッパ飲みする。
 一気のみ状態で、一本軽く空けてしまった……が、思い切り酔っ払っている様子。
 ベロベロという言葉がふさわしい。
「バ、バルレルちゃーん??」
「…うるへぇよ」
「……バルがトチ狂ったー」
 ぱふぱふと頭を軽く叩く。
 うっとうしそうに、頭の上の手を払いのける。
 酔っているので、かなり手つきがおぼつかなくなっているカンジだが。
 自身、コップ半分も飲んだだけで酔いが相当回ってきていたので、花火が始まる前にこんなになってしまっては、折角の大輪の華が台無し。
 腰のカバンに入れていた、携帯用飲料水を飲み、無理やりバルレルにも飲ませる。
 ごほごほ咽ながらも、何とか飲み込んでくれた。
 ……少しは、頭冷えたかな?
 バルレルの顔を覗き込むと、少しお酒臭いが、ベロベロ状態よりは回復した模様。
「頭ちょっとはすっきりした?」
「…おう」
 まだ全然頬が赤いが、その辺は気にしない事にしておく。
 赤い頬をプニプニ触ると、やはり払いのけられた。
 ……感触が気持ちいいのになぁ。
「あ、花火始まった」
 夜空に、華が咲く。
 大きなのと小さいのと。
 流石に仕掛花火はなさそうではあったが。
 どぉん、どぉん、とリズム良く打ち上げられていく花火を見ながら、横目でバルレルを見る。
 ……どうしても、夢で見た人物にかぶるんだよねぇ…。
 いや、全然違う人物ではあるのだ、多分。
 性格やら雰囲気やらはともかくとして、その容姿。
 子供の姿ではなく、もっと大きかったし―――。
 何よりその目。
 バルレルの目は紫色系だが、あの悪魔の目は――赤。
 燃えるような、赤色だった。
 それにあの視線――何処かで、そう、何処かで見たような気が……。
 まあ……夢の中の人のことを考えたって、しょうもないのだが。
「そういえば、どこ行ってたの?」
「詮索すんなっつったろーがよ」
 うん、まあ、それはそうだけども。
 気になるものは、仕方ない。
 危ない事をしているとか、迷惑をかけているだろうとか、そいういう事ではなくて。
「いいじゃんさ、教えてよ」
「…うるせぇよ」
 ケチィ、と頬を膨らませ、花火を見やる。
 先ほどまでとはうって変わり、空に咲く花火に向かって、「おーー!」とか言いながらパチパチ拍手をしていたりするに、バルレルは少しあきれたような顔をした。
 自分も花火を見ているのだが、色々な事が頭の中を駆け巡る。
 サプレスの事。
 自分の使役者である、の事。
 どこへ行っていたかを言えば、彼女は会いに行くと出しかねない。
 …バルレルは、彼女に向けられている嫌な気配を察知して、その視線を向けている人物に会いに行っていた。
 自称吟遊詩人レイム。
 彼に会っていたから、詮索するなと言い放ったし、どこへ行っていたか教えられない。
 奴はヤバイ。
 どうヤバイのか、現時点では口に出来ないが、とにかくヤバイ。
 あの雰囲気―――どう考えても。
(…大体なぁ…)
 レイムの粘着質な気配を追って、奴に会ったとき――あいつは、さも偶然のように、「奇遇ですね」なんて言った。
 何が奇遇だ。
 冗談じゃない。
 奇遇だなんて言葉で誤魔化されやしない。

 バルレルは、あの男と話をしていた所を思い浮かべていた。
「テメェ、一体何のようなんだよ」
 に向けられ続けた、意識。
 ねちっこくて、嫌な感じ。
 それがレイムの発しているモノだと、バルレルが気づかないわけはない。
「さぁ…なんの事やら……」
「とぼけんな!」
 周りの人間は、喧騒やお祭りに浮かれていて、レイムとバルレルの険悪な空気に気づきもしない。
 ある種、特殊な人間でなければ気付けない程の、微弱な攻撃意識だからかもしれないが。
「……チッ、胸クソ悪いぜ…」
「それは申し訳ない……ですが、気をつけておくんですね」
「あん?」
「<彼女>を、守ろうとなんてしない方がいい……」
 どういう意味だと叫ぶ前に、レイムは一礼して去って行ってしまった。
 非人間的な動きをして、人ごみを避けていく。
 バルレルは、追う事が出来なかった―――。

「守ろうとなんてするな、か……」
 打ちあがる色とりどりの花火を見ながら、呟く。
 それに、が反応した。
「どしたのよ、バルレルってば」
「………別に」
 言おうと思っても、どういうふうに発言したらいいのか判らない。
 考えが、まとまらなさ過ぎた。
 不確定要素が多すぎる。
「バルレル…私さ、頑張ろうと思うんだよね」
「??」
 突然のの言葉に、怪訝な表情を浮かべてしまう。
 脈絡がない切り出しだったからかもしれないが。
 花火を見ながら、何かを吹っ切ったようにスッキリしているその顔。
 花火を見ているうちに、彼女の中で何かしらの変化が起こったのは、判った。
「……なんていうかさ、相変わらず無力なんだけど…トリスもマグナもアメルも……一生懸命頑張ってるし、私も、負けないようにしないとなぁって」
 それは、決して彼らの思想に飲み込まれるのではなく、1歩引いた所での、頑張りなのだけれど。
 傍観者に近い場所だからこそ、出来る事だってきっとあるはず。
 それが、自分の役割ではないかと思えて。
「…それでいいっていうんなら、いいんじゃねぇの」
「リューグとかには怒られそうだけどね」
 あははと苦笑いするの顔を、自分に向けさせて、その目をしっかり見る。
 薄い迷いが見えた。
 どうあるべきなのか、ほんの少しだけ迷っているのだろう。
 黒の旅団のルヴァイドとイオスの真実が、見えなくて。
 バルレルは、彼女の頬をぺちっと叩いた。
「いたっ!何よぅ!」
「…テメェが決めたんだから、それを通せ」
「……うん、そだよね」
 ありがと、と微笑み、また花火を見やる。
 バルレルも空へと目線をあげた。

 まだだ。
 彼女を定義するには、まだ何かが足りない。
 足りない何かが、彼女の秘密。
 それこそが、あの吟遊詩人が求める何かなのだと、うすうす気づいていた。


 ポン、と竪琴を弾く。
 その音は、人々の喧騒と花火の炸裂音で消されてしまう。
 そう、彼女には足りない。
 彼女は不完全なのだ。
 失われた欠片。
 それを解き放つきっかけがやって来る。
 そうして、自らが何者か知った上で―――――。

「花嫁は、私のものになる定めなのです…今度こそ」




ちと間あきましたかね。それにしても…なりきれてない夢だなぁ;;
次はそんなに遅くはならないと思いますが、その後また少しだけ間頂きます。
更新滞らせないよう、頑張りますゆえ。
書いてて楽しいんで…この話(笑)方向性が見えない恐怖はありますが。

2002・8・20

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