祝いの夜 1





「うわぁ〜、なんか凄いねー」
 バルレルと共に祭りへと足を運んだは、色とりどりの灯りや露店に目を奪われていた。
 バルレルの視線は、もっぱら酒を売る露店だったが。
 酒をせがむ彼に、はお酒ではなく、串焼きを渡す。
「テメェ‥‥」
「一応見た目年齢が未成年なんだから、ダメ」
「‥ちくしょう、覚えてろ‥‥」
「もう忘れた〜」
「‥‥くそう」
 の物言いに憎まれっぽい口を叩くバルレルだが、内心は元気になってホッとしている。
 間違っても本人には言わないけれど。
「あれ、あれってシャムロックさんじゃない?」
「あぁ、そうだな。‥‥おい、、俺ちょっと別行動すっからな」
「どうして?」
「色々あんだよ。詮索するな」
 了解しました、とアッサリいわれ、拍子抜けする。
 それもこれも、バルレルに信頼を置いているからなのだが。
 待ち合わせ場所を決め、バルレルはその場を後にする。
 の方は、先程発見したシャムロックの方へとテホテホ歩いていった。
 酒を勧められ、なんとかそれを拒もうとしている様子。
 その場から逃げ出したらしい彼に、声をかける。
「シャムロックさーん!」
「‥‥え、あ、、さん」
 気付いたらしいシャムロックの所まで、走っていく。
 ここは、人ごみがさほど酷くないので、ぶつかったりする事はなかった。
 彼はお酒の代わりなのか、手に水を持っている。
さんお1人ですか?」
「さっきまでバルレルと一緒だったんだけど、今は1人。しばらく一緒にいてもいいかなぁ」
 シャムロックは「はい」と笑顔で答えた。

 少し、落ち着ける場所へと移動し、先程露店で買って来たカキ氷を二人して食べる。
 シャムロックはメロン味、はイチゴ味。
 しばらく、シャクシャクという、氷をスプーンで混ぜる音が間を占めた。
 シロップと丁度良く混ざった頃合に、口へと運ばれるそれ。
 イチゴ味が、の口の中に広がる。
「こっちのイチゴって、私の世界のイチゴ味と変わらないけど、合成着色料とかって使ってるのかなぁ‥‥」
「そういえば、さんは別の世界から来たんでしたね」
 うん、とシャリシャリ氷を食べながら、頷いた。
 氷はサラサラで、凄く食べ易くて美味しい。
 まだ元の世界にいて、学校に行っていた頃は、友人と共に夏祭りなんて行って、美味しいカキ氷屋を探すのに必死になっていたりしたのだが、今ではそれも懐かしい事。
(ハヤトやナツミやアヤ…どうしてるかな。お父さんやお母さんも…)
 余り長い事考えていると、ずっと蓋をしている<寂しい>という気持ちが、溢れ出して止まらなくなってしまいそうで。
 は寂しさを、更に奥底へと沈める。
「こことは全然違う世界だったよ。剣を持っちゃいけない世界」
「え、では騎士はいないのですか?」
「うーん、今はいないね。昔はいたけど。職業に騎士とか召喚術士とかないんだよ」
 リィンバウムの皆に、自分たちの文明社会を見せたらどうなるのだろう。
 考えると少し面白い。
「‥‥あの、さんは‥‥」
「‥‥あのさ、悪いんだけど‥‥名前だけで呼んでくれない?なんだか居心地悪くて」
「し、しかし‥‥」
 会って間もない人を名前で呼ぶなんていう無礼を、シャムロックは今までした事がない。
 無論、自分の部下達に関して言えばそれは当てはまらなかったが、女性に対しては――。
 だが、お願い、と両手を合わせられてしまっては、流石に同意しない訳にもいかず。
 ついでといって、敬語も止めさせられてしまった。
 本当なら、ネスティにもアメルにも、とにかくパーティメンツには敬語とか、そういうのはやめて欲しいのだが、自分の置かれた状況上、余りわがままも言えまい。
「では、聞くが、ルヴァイドと密通していたりはしないね?」
「‥‥やっぱり、そういう対象に見られてるのかな、私」
 色々あったシャムロックだからこそだろうが、流石に苦笑いを禁じえない。
 未だかつて、こんなにも人に疑いをかけられた事はあっただろうか。
 もしかしたら、初めてこの世界に来た時よりも、疑惑のカタマリになっているのかもしれない。
「密通も何も。デグレアっていう国がある事すら知らなかったんだよ?」
「‥‥分かってる。デグレアとの密接な繋がりがあるのであれば、ビーニャやキュラー達と、本気で刃を交えたりはしない。そうだろう?」
 シャムロックはニコリと微笑む。
 はなんだか今までにない対応をされ、少し戸惑ってしまった。
 なんていうか、トリスやマグナ、前からの知り合い以外で、こういうアッサリした対応をされるのは、久しぶりな気がして。
 凄く、嬉しい。
「‥‥シャムロック、ありがと‥‥」
 思わず名前で呼んでしまったが、彼は気にした様子もなかった。
 お礼を言われた事を誤魔化すように、溶けかかっている緑色のカキ氷を食べる。
「あ、シャムロック〜、舌出してみて!」
「え?はい」
 べ、と舌を出すと、シャムロックの舌の色が緑色に変化していた。
 カキ氷のシロップのせいだろう。
 こちらの世界でも、食べると着色料がついてしまうらしい。
「緑色だよ〜、私はイチゴだから、あんまり変わらないけどね」
 も、べっ、と舌を出す。
 確かに、余り変わらないが薄赤色には染まっている。
 それにしても、自分が女性とこんな風に談笑しているなんて、今まででは考えられない事だった。
 戦い続ける毎日だったとは言わない。
 それなりに、女性ともお付き合いというものをした事だってある。
 けれど、こんな風に隣り合わせでカキ氷を食べて、舌の色が変わった〜!なんて見せ合うような、そういう付き合い方ではなかった。
 女性と一緒にいるというのは、もう少し肩肘の張ることだと思っていたシャムロックには、の自然的な態度は、ある意味でとても新鮮で。
 女の子の友達というものは、こういう感じなのかと感じてしまう。
 もシャムロックもカキ氷を食べ終わった。
 すく、と立ち上がる
?」
「花火まで、まだ時間あるんでしょ?」
「ああ、あるみたいだよ」
 そっか、と頷く。
「私、もう少しぶらぶらして来るね。バルレルと約束もある事だし」
 その言葉に、少し残念そうな表情をするシャムロック。
 一緒に話をしていたら、楽しかっただろうに。
 そんな残念さを含んで、でも、明るく「分かった」と頷いた。
「気をつけて」
「うん、じゃ、またね!」
 は彼に背を向け、人ごみの中へとまぎれていった。


「あ、!!」
 呼ばれて振り向くと、トリスとマグナ、アメルにリューグ、ネスティが手を振っていた。
 ‥‥もとい、手を振っているのは、前3人だけ。
 リューグはムッツリしながら、ネスティは幾分か複雑そうな表情をしながら、の方を見ている。
 トリスとマグナが走ってきた。
、これから大将のおソバ食べに行くんだけど、一緒に行かない?」
「大将?」
 しかも、ソバ。
 ‥‥‥‥まさか。


「やあ、いらっしゃい」
 は思わず苦笑いしてしまった。
 大将こと、シオン。
 顔見知り所か、自分の内情を知っている人物。
 サイジェントへ向けて、手紙を発送してくれたりするし。
 だが、トリス達はとシオンに繋がりがある事を知らないはずだ。
 目で合図し、互いの意思を確認する。
、何突っ立ってんの?座りなよ」
「あ、うん」
 トリスに言われ、彼女の隣に腰を下ろす。
 マグナとトリスに挟まれるようにして座るのがベストだったのだが、左隣はトリス、右隣に何故かリューグが。
 アメル達の、少しは仲良くして欲しい、という希望だったのかもしれない。
 そうそう上手くは行かないだろうし、今だってトゲトゲしいオーラを発しているリューグに、何をどうしろというのか。
 気まずい。
「えと、私とアメルは月見ソバ!」
 トリスが楽しそうに注文する。
 マグナとネスティ、リューグは山菜ソバ。
は?」
「えーと、きつねソバね」
 シオンの作るおソバは絶品なので、久々に味わいたい。
 のにこにこ顔に、シオンも微笑んだ。
「こちらのお客様方は、初めてですね」
 リューグ、ネスティ、そして一応を指しての言葉。
 当り障りのない会話が上手いシオンが、ボロを出す事はないだろう。
「ええ、皆仲間なんです」
 手際よくソバを作っていくシオン。
 ‥‥は懐かしい気持ちで、その様子を見ていた。
 フラットにアカネが持ってきては、皆で食べて。
 たまに、あかなべ‥‥薬屋の方だが、そこへ乗り込み、シオンにせがんだ事もある。
「はい、出来上がりましたよ」
 それぞれの前に、それぞれのソバが渡される。
 頂きますと、皆口をつけ始めた。
 口々に美味しいという言葉が出る中、だけは静かに食べていて。
 リューグとシオンが、その様子をチラリと盗み見ている。
 様子がおかしい事に気付いているのは、その2人だけなようだ。
 はソバを口に運びながら、しっかりとその味を味わっていた。
 懐かしい味。暖かい味。フラットの皆と食べた味。
 自分の世界と完全に一致しない味ではあったが、それでも、いろいろな事を思い起こすには充分で。
 ポタリ、涙が零れた。
 涙はおツユに吸い込まれ、水面のごとき波紋を示す。
「おい、何、泣いてるんだよ」
 リューグが小さく周りに聞こえないよう、ぶっきらぼうに、けれど、心配してくれていると分かるような声で話し掛ける。
 ごめん、とだけ小さく返事をした。
 涙は直ぐにおさまったので、彼とシオン以外には見付からなかったが。
 の涙は、ある意味リューグにとってショックだった。
 自分の斧に立ち向かってきた人間が、ソバを食べて涙したなんて。
 を絶対的に信用しないという思いのリューグだったが、彼女も彼女なりに辛い事があるのだと、見せられた気がした。
 村のために、本心を覆い隠してきた、アメルと同じように。
「ぷぁー、美味しかった、ご馳走さま!」
 トリスの言葉にあわせたかのように、皆ご馳走様をする。
 食後の休みすらなく立ち上がると、露店回りをしようと言い出した。
「私、もう少しここにいるわ」
「俺も」
「俺も〜」
「え?」
 リューグとマグナが残ると言い出した。
 マグナはともかく、リューグがの傍にいるような発言をするとは。
 天変地異の前触れかと思ってしまう。
 だが、トリスもアメルも少しは仲良くしてくれる気があるのだと、にこにこ微笑んで了解した。
 ネスティはトリスに引きずられるようにして、露店周りへと連れ去られる。
 本人は、どこか静かな所へ行きたかった様子だったが、この分では、花火も付き合わされる事請け合い。
 シオンは、食後のお茶を3人に出した。
「‥‥あのさ、シオンさんとって‥‥もしかして、顔見知り?」
 マグナの言葉に、ぶ、と吹き出しそうになる。
 シオンの方は表情が全く変わらない辺り、さすがだが。
 さて、どうしたものか。
 シオンの方に飛び火しなければ‥‥というより、深くまで話さなければ
 問題ない事ではあるのだが。
「‥‥‥‥」
 目線でコンタクトを取る。
 シラを切る事もできるが――、こう見えて、案外マグナは鋭いみたいだし。
 リューグもジト目で睨んでいる辺り、これ以上のケンカの種を増やしてもなんである。
 とりあえず、シオンにやはりアイコンタクトで了解を取り、怪訝そうな顔をしているリューグとマグナに向き直った。
「ご察しの通り、私はシオンの大将と顔見知りだよ。ちょっと、色々あってね」
 どこをどうしてどういう知り合いか、というのは話さない。
 とりあえず、自分の知り合いに手紙を郵送してくれたりしているんだと、そういう感じでしか話さなかった。
 これならば、そんなに深く突っ込みをいられらる事もないだろう…と思って。
 シオンは、何かを思い出したかのように、に話し掛けた。
さん、一つご報告が」
「?」
 リューグもマグナもいる状態ではあったが、この二人がいても話が出来るというのは、さほどの内容でもないのだろう。
 そう、思っていたのだが。
「あなたのお知り合いが、こちらに来るようですよ」
「え??知り合いって…」
 まさか。
 頭の中に浮かんだ人物は……。
 けれど、そんな事あるんだろうか。
 聖王国まで彼らが来れるとは思わないのだが。
「もしかして、トウヤと…ソル??」
「はい」
「えええええっ!!?」
「うわ、うるせぇ!!」
 の大声に、リューグが非難の声をあげる。
 マグナは耳をふさいでなんとか耐えたようだ。
 それにしても、トウヤとソルが来るなんて。
「ホント?ホントに??」
「はい。手紙でさんの状態をお話しましたら、直ぐに来ると…」
「相変わらず過保護なんだから…でも、嬉しいなぁ…」
 ほわほわと微笑むに、マグナとリューグが不思議そうな顔をした。
 なんだか、恋人を待っているみたいな、そんな感じで。
 マグナはなんとなくだが、不安な気持ちになった。
 何故そうなのかは良くわからなかったけれど。
「トウヤとソルってのは…男、だろ?」
 リューグがシオンに問う。
 はい、と素直に返事をすると、リューグは突然不機嫌になった。
 こういう女にわざわざ会いに来る男がいていいはずはない!という感じ。
 それ以外にも、怒りの要素がはらんでいるのだが、リューグ自身は気づかない。
 マグナはマグナで、なんだかショックを受けているし。
 はご機嫌よく、笑顔のまま。
 シオンは面白そうに、三人を見ていた。
「どこに来る予定なの?」
「一応、ファナンの予定ですが…まあ、状況によっては色々と変化するかもしれないですね」
「そっか……会ったら、色々助けてもらわなきゃ…」
 リューグとマグナは、互いに複雑な表情をしながら、シオンに出されたお茶を飲む。
(やれやれ…色々大変そうですね)
 自分も含めてですけど。
 そんな事を考えながら、シオンは自分もお茶をすすった。




進みの遅い創作ですな、相変わらず…。
さて、お祭りもう少しあります。ちょっと頑張らないといけないですね。
予備が全くないので…;;

2002・8・10

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