紅い戦い 3 ファナンに辿り着いた一行は、まず、をモーリンの家へと落ち着かせた。 フォルテはを担ぎっぱなしだったが、基礎体力の問題か、途中でヘバる事も全くなく、無事に着く。 街はお祭りの前準備に慌しさを見せ、トライドラで起こった事件を忘れさせようとしているかに思えた。 マグナとトリス、ミニスは金の派閥へと報告の為に足を運ぶ。 を心配しすぎな程心配していたが、当人の明るい声に、これ以上心配しても不安を煽るだけだろうと、明るい態度で接する事にし、彼女の仮部屋を後にした。 祭りもあるようだし、久々にパーティメンツに、楽しんでもらいたい。 は自分の存在が、トリス達の重荷になる事がイヤだった。 ファナンへの帰りで必要以上に迷惑をかけてしまったのだから‥‥。 これ以上の事があれば、ネスティやリューグにはじき出されてしまいそうだし。 そんな訳で、相変わらず傍にいるバルレルを横に、は無理をして外を出歩く事もせず、大人しくベッドの上で休んでいた。 右手は、以前の様相を取り戻している。 ‥‥紫色の紋様。 かきむしって取れるのであれば、取ってしまいたいのに。 「ねぇ、バルレル‥‥」 「ん?」 「‥‥また、助けてもらったね」 キスの事を、カイナから聞いていたは、素直にお礼を言う。 バルレルの顔が、少し赤くなった。 非常事態とはいえ、自分は彼女の口唇を奪ったのだから。 「あんたが口から吸ってくれなかったら、私‥‥」 「気色悪いから、礼なんか言うな」 「うあ、ひどー」 クスクス笑うを見て、バルレルも少しだけ微笑んだ。 どうして手からではなく、口から魔力を吸ったかというと、それが一番効率のいい吸い取り方だったから以外の何の理由もない。 少なくとも、彼には一番のやり易さだった。 バルレルは立ち上がると、「ちょっと出てくる」とだけ言い、部屋を出る。 台所で水を飲み、一息つく。 ‥‥バルレルが気付き、彼女が気付かない事柄があった。 狂嵐の魔公子と呼ばれた彼だからこそ、気付いた事。 本当は、初めて呼び出された時から、薄々感じていたが――今回の事で、予想が確信へと変化した。 ポタン、と持っていたコップから、水滴が下に落ちる。 どうして、もっと早く気付かなかったのだろう。 「‥‥受け皿、か。意味がようやく判った‥‥」 「失礼、」 控えめに二度ほどノックをして入ってきたのは、ネスティだった。 前と違い、不機嫌丸出しの表情ではない。 どちらかというと、トリスやマグナを見る時と近い物がある。 警戒を完全に解いてはいないようだが、一応仲間と認められはしたようだ。 はベッドの上で起き上がると、跳ねている髪を撫で付けた。 「‥‥具合は、大丈夫か?」 「ん、別に異常なし。今すぐ出歩けられる位だけど、皆心配するから‥‥」 「あんな事があったんだ、当たり前だろう」 「ま、ね」 人事のようにクスクス笑うに、ネスティも苦笑いを零す。 ベッド脇のイスに腰掛けた。 「‥‥どうしたの?」 急に神妙な顔になったネスティに、は不思議そうな顔をしてしまう。 彼は、頭の中にある事をどうやって言葉として現したらいいのか考えていた。 余りにも漠然としすぎていて、確証がなさ過ぎて、言葉にするのが躊躇われる。 それでも、聞かなくてはならない。 「君は――異世界から、来たんだろう?」 「そうだよ。サイジェントの近くに召喚されたの」 まあ、正しくは事故だったのだけれど。 あの時、トウヤと一緒にリィンバウムへ呼び出され、帰る事もなく、今こうしている。 「それが、どうかした?」 「‥‥‥‥いや、なんでもないんだ」 「??」 すく、と立ち上がり、部屋を出て行こうとするネスティ。 何か気に障る事でもしてしまったのかと、少々不安そうに彼を見ると、ネスティは「もう少し、ゆっくり休むんだ」と優しそうな表情で、にいたわりの言葉をかけた。 なんだか優しすぎて、黙って頷く事しか出来ない。 パタン、とドアが閉まる音がする。 ネスティは扉を背に、溜息をついた。 「‥‥そんな事、あるはずないな‥‥」 自分の考えは間違いでなくてはならない。 そうでなくては、トリスやマグナ、そして自分にも、何より自身に、多大な事柄が振ってかかる事になるかもしれないから。 不安を胸に沈めるように、ネスティは頭を振り、その場を離れた。 いつ眠ったのか、判らなかった。 ただ、自分が今、夢を見ているんだろうという事は頭で認識できて。 珍しいこともあるなぁなんて、夢の中では思う。 どうして夢だと認識したかというと、自分の体が浮いていたから。 空間に浮くような召喚術は持ち合わせていないので、これは夢だろうと。 は、変な建物の中にいた。 見た事もないような場所。 外がどうなっているのかは判らないが、少なくとも人の多い所ではないようだ。 しん、と静まり返ったその場所は、さして広くもなく、魔法陣らしき模様が、床に書かれている。 そして、その魔法陣の中央に、女性が座っていた。 年の頃、20代だろうか。 何かをお祈りでもしているような格好――胸の前で両手を組んでいる。 どこかで見たような人‥‥。 座っている人物の傍に近寄ろうにも、今浮いている場所から動く事が出来ず、は仕方なしに現状を見守った。 自分の夢なんだから、何も危険な事はなかろう。 そんな事を思っていると、座ってる人物の後ろの扉がゆっくりと開いた。 初老の女性が入ってくる。 教会のような場所だったので、他の信者かと思ったのだが、中央の女性に対する言葉使いで、それが違う事に気がつく。 「御方様、今日の具合は如何です?」 「‥‥えぇ‥‥安定している様です‥‥」 「それは、ようございますね」 ニコリと微笑む初老の女性と違い、座っている女性はニコリともしない。 寂しそうな顔をしているばかりだ。 は、どうして自分がこんな妙な夢を見ているのか、不思議になって来る。 自分と全く接点がない。 今までこんな夢を見た事はなかったのに。 そんなの状態は全くお構いなしに、夢の人物たちの話は続いている。 「‥‥私は、一生ここにおらねばならないのですね」 「はい。御方様は、この世界になくてはならないお方でございます故。分かっておられますでしょうが、くれぐれも、その場から動かれますな?」 ――動くな? その場、から?? もしかして、彼女はずっと‥‥あの場所で座っているのだろうか。 ちょっと、普通じゃないでしょうそれ。 「‥‥分かっています。王もそれを望んでいる‥‥そうでしょう?」 「はい、貴方様を愛する王が、それを望んでおられます」 うやうやしく女性に向かって礼をする老女。 「私はこれで。王にご報告に参らねばなりません」 「ええ‥‥」 「では、また33日の後に‥‥」 「‥‥」 「エルゴの加護がございますよう‥‥」 (!?) は信じられない単語を聞いたような気がした。 エルゴ――エルゴ!? エルゴって、あのエルゴだろうか。 トウヤを誓約者として立たせた――。 という事は、ここはリィンバウムの何処か? 調べようにも、は動く事が出来ないのだから、調べようがない。 とにかく現状で分かる事は、自分はリィンバウムでの夢を見ているという事。 そして、魔法陣に座る女性は、動けない事。 33日後に、またあの老女が来るという事、そして、女性は王様とやらに愛されているらしい事。 (‥‥それにしても、夢にしては感覚しっかりしてるなぁ‥‥) 1人、溜息をつく。 とにかく夢が覚めるまで、女性を見ている事にする。 なんだか、無性に気になって仕方がなくて。 しかし、ずっとこうやって待っているだけというのも辛いなぁ‥‥などと思った時、ふ、と目の前が真っ暗になった。 何?と思う間に、また明るくなる。 目の前には、今と寸分違わぬ様相が広がっていた。 ‥‥もしかして、今のは場面転換みたいなものか? そうだとしたら、まるで映画を見ている気分だ。 夢なのに。 それはともかくとして、やはりあの女性は同じ場所に座っている。 数時間後かとおもいきや――‥‥扉が開き、またあの老女が入って来た。 (‥‥もしかして、33日後だったりして?) ‥‥‥‥考えすぎかもしれないが、そう思えてならない。 老女は以前と同じ事を繰り返し言うと、「今日は王がおいでになっております」と言い、出て行く。 入れ替わりに入ってきた、王、と称される者を見て、は思わず、「おお!」と叫んでしまった。 相手側に聞こえないだろうから、いいんだけれど、カッコいいタイプ。 嫁募集、とかしたら凄い数で殺到しそうな人。 ただ、何となくだが、軽そうな印象を受ける。 「我が愛しい姫、機嫌は良好かね?」 「‥‥姫と呼ばないでと、何度も申し上げましたが」 「相変わらずだ。まあいい。ところで、今日きたのには理由がある」 ぴくん、と彼女の体が動いた。 その先を聞きたくない、という感じ。 様子に気付いているのかいないのか、男は意気揚揚と話を続ける。 「そろそろ、お前の後継者をつくらないといけないんでな。大丈夫、妻には了解を取ってある」 ‥‥‥‥妻? もしかして、この人既に結婚済み――。 は思い切り眉根を寄せた。 女性の方は嫌がっているから、不倫とはまた違うみたいだが。 リィンバウムに一夫多妻制なんて許可されていないはず。 「‥‥私は、子供を持つつもりはありません」 「そんな我侭が許されると思っているのか?」 ……我侭って、男の方が我侭に見えるんだけど、と、は一人で唸る。 その時、女性の方が何かに気づいて、視線を上げた。 「‥‥っ!!」 ゴウ、と風の鳴く音がした。 部屋内に窓はないのに。 入ってきた扉も閉められているのに。 「悪魔‥‥」 「ひ‥‥ひぃ!!」 王は情けなく叫ぶと、巫女から離れ、慌てて部屋を出て行く。 ‥‥‥‥アレが王? とりあえずは聖王国の王ではなさそうだ。 彼が逃げ、しばらく後に、女性は正面を見据えたまま、ふぅ、と息を吐く。 今まで影も形もなかったその場所に、1人の悪魔が立っていた。 「‥‥お前が<姫>か」 「今すぐにここを立ち去りなさい」 キツイ口調の姫に対し、悪魔の方は人懐っこそうな笑顔を向けるだけ。 ‥‥悪魔っぽくないなぁ‥‥。 バルレルに近いものがある、なんては思う。 自分の護衛召喚獣も、なんだかんだと守ってくれるし。 あんまり笑顔を向けてはくれないけれど。 「そうはいくか。折角結界通り越してここまで来たんだ、少し俺と遊べ!!」 鋭い爪が、彼女に向かう――。 危ない!とは叫ぶが、聞こえるはずもない。 助けようにも助けられないし――だが、悪魔の爪は彼女に届くことはなかった。 彼女を取り巻く魔法陣が障壁の効果を持っているのか、弾き飛ばされる結果となる。 「チィ‥‥流石に簡単にはいかねーな」 「私が邪魔なのですね」 「あぁ、ジャマだ。お前がいるせいで、この世界への力の蓄積が上手くいかないからな」 は?マークを飛ばしている。 彼女達の間では話に理解がいっているようだが、聞いているこちらとしては、全くもって意味不明。 とりあえず、彼女はあの悪魔にとってはジャマらしい。 「ちっとは俺の力になれよ」 「倒したい敵でもいるのですか」 「あぁ、俺の邪魔をする奴を皆殺しにできる力が欲しい。お前は、それを持ってるだろう?」 「私の役目は、ここにいて、サプレスよりの過剰な力を浄化する事。ただ、それだけの為に生まれ、そして役目が終われば死ぬ」 「‥‥リィンバウムのために、か?」 「そう」 悲しそうに、彼女が俯く。 だが、直ぐに元の瞳に戻った。 その後も悪魔は、事あるごとに女性の下を訪れ、他愛のない話を続けた。 最初のうちはトゲトゲしかった彼女と悪魔の仲も、付き合う時間が長くなればなる程、親密さが増していく。 見ていて、が微笑ましく思えるぐらいに。 悪魔の方も、本当に悪魔なのかと聞きたくなる位、穏かな表情になり、彼女も楽しそうに話をするようになって。 が見る限り、悪魔は<姫君>に恋しているように見受けられた。 なんとなく、応援したくなってしまう。 バルレルが見たら、「あんな悪魔は悪魔失格だ!」とか怒りそうだったけれど、にはあの2人が、とてもお似合いに見えてきてしまって。 「‥‥なぁ、姫さん」 「‥‥その呼び方、止めてくれません?」 「‥‥ワリィ。でもさ、お前ずっとこのままでいいのか」 「‥‥‥‥ええ」 いいと思っている顔には見えない。 悪魔は苦笑いを零した。 「俺と、一緒にいかねぇか?」 「え?」 突然の言葉に、巫女は戸惑う。 彼は言葉を続けた。 「お前、このままだと、<王>とやらの子供を生まないといけないんだろ? それに、ずっと出られない」 「‥‥役目、ですから」 結界には触れられないので、少し遠くからだったけれど、彼女に向かって手を伸ばす。 「お前がそこから出れば、俺は触れられる。ここを出て一緒に行こう」 悪魔の言葉を信用していいのか、迷っている。 嘘と裏切りが本文のサプレスの悪魔達。 しかし、彼女は頷いた。 たとえ殺されても、あの悪魔にならばかまわない。 そう思ったのかもしれなかった。 立ち上がるとゆっくりと歩き出し、悪魔の手を取る。 悪魔は嬉しそうに微笑んだ。 「まだ、名前聞いてなかったな」 「‥‥私‥‥私の名前は――」 「おい、!!」 「‥‥」 いつの間にやら目の前にあったバルレルの頬っぺたを、はきゅ、と摘んだ。 寝起きの頭は、なにを考えたのかちょっと分からないが、ほっぺをプニプニと触る自分に、頭がゆっくり覚醒していく。 「‥‥何しやがんだテメェ」 「‥‥あの悪魔じゃない‥‥」 「はぁ?何寝ぼけてんだよ。起きろ起きろ!!」 のっそりと起き上がると、モーリン宅のベッドの上である事に気付く。 ‥‥やっぱり、今までのは夢だった。 妙にリアルだったけれど、夢というのはリアルなものだから。 それにしても、もう少しで巫女の名前がわかったのに。 もったいない。 「メガネもオンナも、皆祭り行ったぞ」 「え、ほんと?私も行く!」 「‥‥言うと思ったぜ」 げんなりしているバルレルの肩を支えにして、立ち上がる。 ふらつく事もなかったので、とにかく慌てて着替えた。 バルレルはいきなり生着替えを見せられそうになり、慌てて目を閉じた。 「お待たせ!ってバルレル??」 「‥‥‥‥子供だと思ってんだろ」 「?いいから、行こう」 「チッ‥‥」 はバルレルを引きつれ、夜の町へとくり出して行った。 とりあえずは、夢の事を忘れて。 激オリジナル化‥‥す、すいませんです;; まあ、色々引っ張ってる感じで‥‥むむ、収集つかなくならないようガンバルですよ。 (既についていないという話もあったり) 2002・8・3 back |