紅い戦い 2






 異変は、ファナンへ戻る最中に起こった。


「‥‥結果的に、君に助けられた事になるな」
 ネスティが、気まずそうに横を歩くに声をかけた。
 ここはファナンへと向かう街道。
 一向は、トライドラからファナンへと南下中だった。
 シャムロックはトリスとマグナの励ましによって、気持ちを盛り返し、今ではパーティーの一員として、その存在を置いている。
 とリューグは相変わらずの距離を保っていたが、ネスティは、少し態度を緩和させた。
 完全に信用した訳ではないが、だからといって助けてもらった事をナシにするつもりもない。
 複雑な思いなのは確かでもある。
 敵の傍にいた人物。
 けれど、それだけが真実ではない。
 そう、…ほんの少し、思えるようになった。
「危ない時はお互い様、そういうもの」
「‥‥トリスやマグナと同じ人種か」
(なんか棘があるなぁ‥‥)
 でも、苦笑いを零している辺り、まだ前の完全な敵視よりはマシ。
 少しずつ、こうやって打ち解けていけたらいいなぁ。
 そんなことを思っていた。
‥‥まあ、その度に毎回大変な目にあうのは願い下げだが。
「それにしても、君、大丈夫なのか?」
「ん?何が」
「その‥‥奴がふりかけた粉の様なもの――」
「あー平気みた‥‥っ!!!」

 ――ど、くん。

?」
 突然立ち止まったを、訝しげな表情で見つめる。
 俯いたと思うと、自分の右手を見る彼女。
 少し前を歩いていたバルレルも立ち止まる。
 トリスもマグナも、立ち止まって後ろを見た。
‥‥どうし‥‥」
「ぅ‥‥ぁ‥‥っ!!」
「!?」
 ガクリ、その場に崩れ落ちるようにして倒れる。
 酷く辛そうな表情で、右腕を必死に押さえつけていた。
 バルレルが異常を見て、走って彼女の元へと近寄る。
 ネスティも何が何やら、倒れているの傍に座り、何が起こったのかを必死に目算しようとしていた。
 カイナも顔を青くしながら、駆け寄ってくる。
 バルレルがの体を抱き起こす。
 右手を隠そうとしている彼女を、苛立ちのこもった表情で見た。
「馬鹿!隠してる場合か!!」
「や‥‥」
「嫌がってる状態じゃねぇだろうがっ」
 無理矢理手を引っ張ると、右手の甲を見た。
「これは‥‥!」
 カイナが、驚きと緊張の入り混じった声を投げた。
 今までは紫色の紋様だけだったそれに、紅い色の紋様が加わっている。
 紅い紋様は手の甲を中心として、徐々に腕の方にまで進行しているように見受けられた。
 ‥‥いや、進行している。
 赤黒い光を発し、ゆっくりと彼女の腕を蝕んでいく。
「カイナ!これはっ」
 の周りを囲むようにして、仲間たちが心配そうな視線を送る。
 ネスティの声に、カイナは即座に反応した。
「鬼の呪縛‥‥?っ解呪しなくては!!」
 キュラーがネスティに向けて降りかけようとした粉は、意図せずに降りかかった。
 あれは、鬼に変化させる為のものではなく、かけられた人物の召喚術の力を封じるもので。
 それが、最悪な形で出てしまった。
 は今まで、ガレアノからかけられた封じの力を、バルレルの薬草と自らの力で、なんとか進行させずに抑えていた。
 だが、キュラーの粉の<まじない>によって、彼女自身の力を弱めさせれ、その結果、弱まっていた呪いの力が勢力を盛り返し、彼女の体を蝕む。
「フォルテさん!あちらの方へ!!」
「おう!」
 バルレルはフォルテにを渡すと、一緒になって全力で走ってついて行く。
 街道のど真ん中では、どうにも都合が悪い。
 とりあえずフォルテは、指示された木陰にを連れて行き、ゆっくり寝かせる。
 カイナがの傍に座り、右手を握り締めた。
 逆側にはバルレルが、真剣な表情のまま、彼女の侵蝕されている右手を見つめる。
 トリスやマグナ、ネスティも傍で固唾を飲んで見守っていた。
「‥‥さん、聞こえてますか?」
「っぅ‥‥カイナ‥‥」
 起き上がろうとするを、トリスがダメだというように押さえる。
 押さえるというより、少し押した程度だったのだが、パタン、と直ぐに倒れてしまう。
 力が入らない。
 ルヴァイド達と会う前の状態よりも、更に酷い呪術。
「今から、鬼の力を解きます。少し苦しいかもしれないですが、我慢して下さいね」
「うん‥‥」
 今のこの状況の方が、よほど苦しいのではないかと思える。
 が頷いたのを確認すると、すぅ、と息を吸った。
 精神を集中し、全力でまじないと戦わなくてはならない。
 戦闘を終えた後故に、どれ位まで抵抗出来るかは不明瞭だったが、もし、少しでも手を抜けば、彼女は最悪、鬼になる。
 そんな事になったら、フラットの皆に合わす顔がない。
 カイナの周りを、赤い光がぼんやりと包んだ。
 その間にも、の状態は更に悪化の一途をたどっている。
 紅い紋様に絡みつく様に、紫色の紋様も進行してきた。
 紫と紅の蔦のような紋が、の右腕を覆う。
「っく‥‥」
、大丈夫だ、頑張れ!」
 マグナの言葉に励まされながら、必死に意識を手繰り寄せる。
 力を抜けば、自分がどこかに消えていきそうで怖くて。
 私は大丈夫。
 そう思って思考を一つにまとめていなければ、どうにかなってしまいそう。
 カイナは焦る気持ちを抑えながら、呪文を続け、祝詞のような言葉を唱えながら、の右手を掴み、鬼呪縛を払うため、必死に祈る。
 赤い光が、カイナの手を通じて、の手を覆う。
 紅色の紋の進行が、止まる。
 首の辺りまで来ていて、カイナが力を抜くとまだまだ進んでしまいそうだ。
、しっかりしろ!!」
 ネスティが悲痛な声を上げる。
 自分の責任で、彼女が苦しんでいるというのが、彼に重くのしかかった。
 つい先ほどまでは笑っていたのに。
 それが、こんな風になってしまうなんて――。
!!」
 トリスも涙を流しながら、マグナと共にの傍で一生懸命名前を呼ぶ。
 リューグですら、迷惑にならないようにとほんの少し離れつつ、心配そうな表情をしている。
 ふと、リューグが何かに気付いた。
「‥‥おい‥‥左手‥‥」
「え‥‥?」
 指を指した場所を、カイナ以外が見る。
「おい‥‥これ、どういう事だよ‥‥!!」
 マグナが、震えそうな声でネスティに疑問を投げかけた。
 僕だって知りたい!と叫ぶようにマグナに答えを返す。
 信じがたい事に、同じような紋が、左手にも現れていた。
 紫のそれが、右だけでなく左にも進行している。
 同じように蔦状になりながら、の左腕を覆っていく。
 は息も荒く、目をつぶって必死に内部から襲い来る何かを耐える。
 カイナは力を発しながら、マグナとトリス、ケイナに声をかけた。
 自分一人では、耐え切れない。
 カイナはケイナを傍に呼ぶと、同じようにの手を握らせた。
「カ、カイナちゃん、どうすれば‥‥」
「彼女が助かるように、お祈りするだけでいいんです。お願いします!」
 ケイナにそう言うと、今度はトリス達に向き直る。
「トリスさん、マグナさん、手を握って、同じようにお祈りして下さい!」
「「わ、分かりました!」」
 マグナとトリスが、の片手を握り、必死で彼女が助かるように祈る。
 祈るという行為は、今この状況で、カイナの解呪を手助けするものだった。
 トリスもマグナも、呪いを消すような術は持ち合わせてはいないが、とにかく、彼女が無事であればいい。
……だめだよ…ここで倒れたりしたら!!」
 トリスが涙ををこぼしながら、それでも一生懸命に祈る。
 マグナもまた、必死に祈り続けた。
 力が及んだのか、握っていた手を中心にして浮かんでいた蔦のような紋様は、ゆっくり、引いてなくなった。
 根深い物ではなかったようだ。
 とにかく、左腕は正常に戻った。
 ほっとする二人をよそに、カイナとケイナはまだ悪戦苦闘。
 右腕は――まだ。
「っく‥‥」
 カイナの頬を、汗が伝う。
 ケイナの腕も、カイナと同じように紅く光って、彼女を手伝っているようだ。
 だが、紫色の進行が紅の進行を手伝っているように、進んだり戻ったりを繰り返している。
 の体力も落ちて来ているようで、段々と顔色が悪くなってきた。
 息も途切れ途切れになり、吹き出していた汗も、すぅ、と引いていく。
 いつもは健康な肌の色が、今は青白い。
 はらはらしながら見ている一同の前で、紅い進行が、急に止まった。
 その隙を狙って、力を振り絞るカイナとケイナ。
 今までの進行が嘘だったかのように、すぅっと紋が消えていく。
 赤黒い光は、2人の綺麗な薄赤色に吸い取られ、消えてなくなる。
 一同が、心底ホッとしたのもつかの間、バルレルが急にの右手をかっさらう。
「バルレル君?」
「‥‥来る」
「来るって、なにが?」
 アメルが声をかけた瞬間、の右腕から、紫色の紋様が爆発したみたいに、一気に全身に広がった。
 足まで届く蔦状のそれに、一同が言葉を無くす。
 どうして。
 大元の鬼のまじないは消滅したのに。
 の反術力が、疲労によってほぼゼロになってしまったから、身の内を走る、ガレアノの呪いに対する抵抗力がなくなってしまった。
 それ以外にも理由はあったのだが、どうしてこんな事が起こるのか、カイナを含め、大半が分からない。
 おろおろしている間にも、の体は異常に包まれていく。
「ど、どうしよう!!」
 トリスとアメルが、目に大粒の涙をためる。
 完全に目を閉じてしまい、目覚めない
 体のどこにも力ははいっておらず、ただぐたりと体を横たえるだけ。
 バルレルは舌打ちすると、彼女を抱き起こす。
「バルレル、どうするんだ――」
 マグナの問いにも答えず、バルレルはすぅ、と息を吸うと―――

「!?」

 の口唇を奪った。
 こんな状況下でなにをしている!と叫びそうになったネスティだったが、2人の変化に気付き、言葉を失う。
 体を、紫色の薄布が包んでいるような感じ。
 を覆うそれは、バルレルに吸い取られていくようだった。
 それと同時に、身体中を覆っていた蔦紋が、消えてなくなる。
 時間にして数分。
 バルレルはやっとの事で、から口唇を離した。
「ぷはぁ‥‥‥‥間にあったか‥‥」
 面倒かけるんじゃねぇよ、とブツクサいいながらも、を心配している様子が見て取れる。
 バルレルは、単純にキスしたのではなく、口からの体中に貯まっているサプレスの力を、自分の方に吸い取ったのだ。
 悪魔だからといって、誰にでも出来る芸当ではない。
 ――まず、悪魔は人を助けようと思ったりする事が、滅多にないし。
 の髪を梳いてやると、彼女はゆっくりと目を開いた。
「‥‥バルレル‥‥?」
「よぉ」
「‥‥皆‥‥私‥‥」
 トリルとアメルが抱きついてくる。
 ぎゅ、っと抱きしめられ、少し苦しくてうめいてしまった。
「よかったぁ‥‥が死んじゃうかと‥‥っ!!」
さん、無理しないで‥‥っ」
 泣きじゃくる2人に、ありがとう、もう大丈夫と微笑む。
 シャムロックやフォルテ、リューグも安心したのか表情を緩和させた。
 ネスティですら、安堵の表情を見せている。
(皆‥‥ありがとう‥‥)
 は精一杯の笑顔を、仲間たちに向けた。


「彼女は、無事だったようですね」
 レイムは、の気配が濃厚――いや、正確には、サプレスの力の流出が弱まった事を感じ、彼女が無事である事を知った。
 面白いイベントを見逃したというように、少し残念そうな顔をする。
「流石は力の受け皿‥‥並大抵ではありません。
 あの悪魔も余計な事をするみたいですしね」
 ふぅ、と面白くなさそうな表情で、傍にいるガレアノに同意を求める。
 ガレアノは、仰るとおりです、と頷いた。
「まあ、彼女に今死なれてもらっては困りますからね‥‥骸では、意味が無い」
 ポロン、と竪琴を弾く。
 レイムの美麗な指は、竪琴を弾くだけで人を引き付ける。
 だが、ここには人はいなかった。
 今まで散々使ってきた、放置した骸が積んであるだけ。
 人間の形容をしていても、ガレアノもキュラーもビーニャも‥‥そして、レイムも人間ではない。
 悪魔レイムは、竪琴を奏でる。
 暗く淀んだ地下室に、美しい旋律が流れた。





オリジナル中オリジナル‥‥どこよここ(爆)
とりあえず、こんな話が書きたかったのです。…ちょっと、未消化かな。
これで少しネスティ緩和。さくさく行きましょう‥‥。

2002・7・27

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