赤い戦い 1





 シャムロックを筆頭に、一向はトライドラへと向かっていた。
 その中でも釈然としないのは、リューグとネスティである。
 相変わらずの仏頂面で、を睨みつけていたりするから始末が悪い。
 バルレルは、溜息をつきながらの横を歩いていた。
「テメェ、無駄に敵作るんじゃねーよ」
「不可抗力よ」
 肩をすくめ、苦々しく笑う。


 トライドラへついた一行は、一塊になりながら、城へ向かって一直線に進んでいく。
 城へ通され、道すがらあちこちに視線を泳がす。
 ‥‥‥どうも、様子がおかしいと思うのは、自分だけなのだろうか。
 活気がない。
 活気‥‥生気とも言おうか。
 生活するエネルギーのようなものが、感じられない。
 いくら領主の城とはいえ、ちょっと異常だ。
 シャムロックは、まるで違和感を感じていないみたいだが‥‥。
 カイナにカザミネ辺りは、気付いているみたいだった。
 だが、敵が襲ってくるような感じではないし、現状維持の状態でないと、この場合少し問題がある。
 領主の城で、突然暴れるなんてことは出来ないし、万が一間違いだった時は、取り繕いようがない。
 しばらくして、シャムロックが呼びに来た。
 領主の間へと通される。
 ゾクゾクする感覚が、強くなった。
「‥‥ネスティさん‥‥ちょっと‥‥」
 近場にいたネスティに声をかける。
 不機嫌そうな顔が、そこにあった。
 確かに‥‥彼にとっては、色々問題のある存在かもしれないけれど、そんなことを言っている場合じゃないんだが。
「何だ」
「気配が変じゃない?」
「‥‥そんな事、君に言われなくても判っている。だが、今の状況では動きようがないだろう」
 ごもっとも。
 同じ事を考えていたのでは、ぐうの音も出ない。
 とにかく、相手の出方を見なくては。

 領主リゴールが、貫禄のある面持ちと共に場に出てくる。
 ピリピリとした緊張感が、部屋中に溢れた。
「遠路ごくろうだった。私が領主のリゴール。…報告は受けた。皆の者、重ねて礼を言う。」
「リゴール様、ここにいるアメルなる少女は、噂の聖女です。どうか、彼女の保護を。」
「…聖女…」
 アメルが聖女だと判った時の、領主の反応に引っ掛かりを覚える。
 なんだか、不安を掻き立てられた。
 その視線が、アメルにまとわり着いている気さえする。
 ‥‥嫌だ、気持ち悪くなる気配。
 領主の視線がおかしい。
 それよりも、もっとおかしいのは――‥‥。
「う‥‥ぅ‥‥っ」
 急に唸りだしたに、隣にいたネスティが幾分か怪訝な表情を向ける。
 いわく、静かにしないか、という意味だったのだが‥‥当人はそれ所ではなくなっている事を、彼は知る由もなく。
 彼女の右手は、異常を発していた。
 それは、小さく波打つ程度の痛みだったが、何かしら起こるのではないかと、予感させるには充分な出来事。
 そして、それを違わぬように、突然の笑い声が大広間を包んだ。
 皆、弾かれるように瞬間的にその声のした方を向く。
 領主の後ろ側――彼の影から抜き出るようにして、人が現れた。
 領主リゴールの様子も、豹変する。
 突然笑い出し、人ならざる者へと徐々に変形していく。
 ゴキ、とリゴールの骨が悲鳴を上げる音が聞こえた。
 シャムロックは、目の前で起こっている異常事態に、頭の方がついて行くことが出来ずにただ呆然と、立ち上がって自分の主が変わっていくのを、震えながら見ている。
「ふふ‥‥よくぞ鍵を持ってきて下さいましたねぇ‥‥」
 笑いを含んだ声で、その男は言葉を投げかけてきた。
 全員、武器を手にとって、臨戦態勢に入る。
 も、腰の短剣に手を伸ばす。
 手の異常は治まっていた。
「私の名はキュラー。鬼神使いと呼ばれる存在です」
 優雅にお辞儀なんてしているのが、異常さを更にかもし出してくれる。
 何しろ、彼がお辞儀している横では、次々と魔物が湧き出ているのだから。
 しかも、領主リゴールにいたっては‥‥。
 カイナが、叫ぶような口調でキュラーと名乗った男に言葉を突きつける。
「なんて事‥‥!鬼を憑かせましたね!」
「その通り。可愛い私の操り人形ですよ」
「領主様!!」
 シャムロックが悲痛な声を上げ、それに答えるようにして領主が彼の方を向く。
 その顔は、完全に人間からかけ離れていた。
 体のあちこちが鬼憑きのための、急激な肉体変化に耐え切れず、異形な物へと変化している。
 トリスもマグナも、戦慄きながらもなんとか自分を立て直していた。
 ここで気後れしたら、間違いなく自分たちはこの地で倒れてしまう。
 何も分からないまま、何の結果も得られないまま、蒼の派閥の召喚師として、一人前になる事もないままに。
 一同、戦わねばならないと、心を決めた。
「シャムロック‥‥血がぁ‥‥血肉をよこせ‥‥!!」
「嘘だ‥‥嘘だ‥‥そんな事、あるはずない!!」
 シャムロックは、かつて自分の主だった者を、涙を零しながら見据えていた。
 手に剣は持たれていない。
 戦わなければならないなんて、そんなのはおかしい。
 必ず、元に戻るはずだ。
 そう願っている、心から。
 けれど、その心を読み取ったかのように、カイナは首を横に振った。
「あそこまで鬼に憑かれてしまったら、手の施しようがありません‥‥!」
 言葉が、辛らつに響いた。
 気持ちと思考が、混乱の極みに達している。
 頭では分かっているのだ、変わってしまった人は、もう、戻らないのだと。
 けれど、どうにかなるのではないかと――まだ、望んでいたくて。
「シャムロックさん、しっかりして下さい!」
 トリスが駆け寄って、幾分か厳しい声色で彼に声をかける。
 うつろう瞳で、トリスを見た。
「あなたは騎士でしょう? 領主様が教えてくださった事は、絶望に負けろという事なの!?」
「‥‥‥‥」
「強くあるべきなのは、何なのか教えてもらわなかったんですか!!」
「‥‥‥‥トリスさん‥‥」
 シャムロックの脳裏に、リゴールの教えが廻る。
 常に、騎士であれ。
 民を守る者であれ。
 絶望こそが、真に己を試す場所である。
「‥‥あぁ‥‥もう、大丈夫です」
 一度目を瞑り、すぅっと立ち上がる。
 再度開いた彼の目には、迷いというものは存在しなかった。
 自分が今一番なすべき事は、ここで腐っている事ではない。
 剣を握り締め、鬼達に向かって気迫を込めた。
「ほぅ‥‥鬼に変化しませんでしたなぁ‥‥まあいいでしょう。では、鍵を頂く事にしましょうか。鬼達よ、我が意に従うがいい!!」
 キュラーの号令と共に、一斉に鬼が攻撃を仕掛けてくる。
 皆、それぞれがそれぞれに、敵と対応する。
 マグナとトリスは、兄妹の召喚波状攻撃で、並み居る敵をなぎ倒していく。
 皆それぞれ敵を圧し留め、ジワジワと倒していった。
 とバルレルも、後ろから次々と現れる敵に必死で対応していく。
 バルレルがサポートしてくれなければ、はとっくに倒れてしまっていただろう。
 その姿に、キュラーが面白そうに顔を緩めた。
(受け皿は‥‥健在のようだなぁ)
 ガレアノ、ビーニャと仲間であるキュラーは、なる娘が何者であるかを知っていた。
 無色の派閥の乱の功労者?
 そんなものではない。
 もっと、重大な人物なのだから。
 ガレアノが仕掛けた呪いは、死んでしまってもおかしくないものだったのに、いたって普通のようだった。
 トリスやマグナがもうすぐ目の前だというのに、余裕があるのが可笑しさを増す。
「貴方を許せない!!」
 トリスが、召喚術を放つ。
 キュラーは笑いながら、それをあっさりと手で払いのけて霧散させた。
――化け物、それが、一同が感じた事。
「邪魔をするな!」
 召喚術を叩きつけ、キュラーはの元へと尋常ではないスピードで近付く。
 止めようとしたフォルテもカザミネも、彼の術で吹き飛ばされる。
 気付くと、の真後ろにキュラーは立っていた。
 バルレルが守るようにして間に入るものの、用事があるのはにだと言わんばかりの視線を投げるだけ。
 助けに入ろうにも、周りにいる鬼がしぶとくも挑んできて、中々進めない。
 はまたうずき出した右手を無視して、剣を構える。
「ほう‥‥力を封じられていても尚、立ち向かうのですか」
「‥‥」
「っうらぁ!!」
「バルレル!!」
 隙だらけのキュラーに、槍を繰り出すバルレル。
 攻撃は当たった。
 ――だが、血が滴るのも関係ない、という感じに、人事のように、槍の刺さった部分を見る。
 脇腹に刺さった槍を無理矢理抜くと、「邪魔ですねぇ」とのんびり言いながら、衝撃波のようなもので、バルレルを吹き飛ばした。
「バルレルっ!!ちょっと‥‥何するのよ!」
「話の骨を折るのはいけないですからねぇ‥‥」
 ダメージは大したことがないようで、直ぐに意識を取り戻した様子だった。
 キュラーは話を再開しようとしたが、後ろに来た気配に気付き、眉根を寄せる。
「!」
「人間というのは、邪魔をするのが好きなんですかね!」
 今まさに術を繰り出そうとしていたネスティが、キュラーに殴られ、その場に倒れる。
 まさか殴り飛ばされるとは思っていなかったネスティは、術を打てなかったどころか、最悪な事に意識を一瞬飛ばしてしまった。
 その間に、キュラーは憎々しげに、横たわるネスティの腕を足で踏みつける。
「ぐあぁっ!」
「やめなさい!!」
 が剣を振りかざすが‥‥‥‥信じられない事に、素手でそれを掴み取った。
 血も出やしない。
 フォルテもシャムロックも、剣を使う人間としたら信じられい光景に、思わず戦慄いてしまう。
 持った剣を跳ね除けると、短剣はの手を離れ、床を跳ねて転がった。
 召喚術が使えない。
 自分は、無力だ。
 そう思わざるを得ない。
 は、悔しさの余り唇を噛む。
 キュラーはネスティに向き直ると、手の平に粉のような物を出現させた。
 に向かって、ニヤリと笑う。
「これが何か判るかね?」
「‥‥‥‥」
「私はガレアノ程、呪いが上手くないのでね、小道具を使わせてもらうのさ」
「!!」
 その言葉が本当なら――!!
 意気揚揚として、ネスティに粉を振り掛ける。
 意味の判らないネスティだったが、少なくとも自分に害があるものが降りかかろうとしているのを察したか、無駄な抵抗だが、腕を顔の前で交差させた。
 瞬間――何かが覆い被さった気がして、目をあける。
「‥‥!?」
「っ‥‥‥‥」
 ネスティを呪い粉から守るように、が彼に覆い被さっていた。
 降りかかった粉は、に吸い込まれるようにして消えてなくなる。
 キュラーは舌打ちしつつ、やっと道が開けたトリスとマグナの攻撃に後退する。
「ふん‥‥ここまでだな。受け皿の力は見られなかったが‥‥まあいい」
「待て!!」
 キュラーは叫んだマグナを一瞥すると、身を翻してその場から消えてなくなった。
「大丈夫か、ニンゲン!」
 何より先に、バルレルが近寄ってくる。
 案外あっさりと立ち上がったに、安堵の溜息を吐いた。
 ネスティも、「すまない」と言いながら、複雑な表情をしつつ、戦場のさなかへと戻っていった。

 シャムロックが、鬼と化したリゴールの元へと辿り着く。
 殺してくれ。
 そう願うリゴールに、シャムロックは静かに頷いた。
 出来る事なら、助けたかった。
 けれど、叶わぬ事。
 ならば、最後の主の願いは叶えなくては。
「領主様‥‥安らかにお休みください。私は‥‥私は、貴方の教えを守り、必ずやこの地に平和を!」


 シャムロックの剣が、リゴールを貫く。
 ありがとう。
 最後に領主は、そう言った。
 それはきっと、領主としてではなく、1人の人間としての、最後の言葉。







…えー…なんていうかですね、展開マッハですな;;
どれをメインにしたらいいのかさっぱりで、結局ごちゃごちゃになってしまってます。
書いてない人たちも、戦っておりますよ〜(汗)
ただ、かけてないだけで…。戦闘シーンとか苦手だぁ…。
次行きましょう、次っ。

2002・7・21

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