壁と呼ばれた砦 2




 ルヴァイドとイオス達は、あっさり国境を越え、要となるローウェン砦へと進行していった。
 だが、守りが堅い様子で、攻め落とすのに時間を要しているらしい。
 は、定期的に入る報告に、ジリジリと胸が焼けるような思いがする。
 人が、死んでいく。
 人の手によって。
 戦って欲しくないというのが本当の所ではあったのだが、彼の信念を曲げる程の力が、今の自分にあるだろうか。
 皆無といってもいい。
 ルヴァイドにはルヴァイドに、イオスにはイオスに、そうしなくてはならない絶対的理由があるのだろう。
 人を倒し、恨まれようとも、それでも進まなくてはいけない理由が。
 それが間違っているにせよ、彼等は進まなくてはいけない。
 自分、というものを確立させるために。
 ‥‥本当に、バノッサに似ている。

「キャハハハ!!!」
「!?」
 突然響く声。
 ‥‥女の子?
 とバルレルがただならぬ気配を察して、警戒を強める。
 誰だかは知らないが、この感じ‥‥。
「‥‥‥‥悪魔?」
「テメェにも分かるのか?」
「まぁ、ね。」
 二人とも、武器を握る。
 嫌な汗が流れる位、緊張してしまう。
「これは‥‥ビーニャ殿。」
 とバルレルのいるテントに入ろうとして、呼び止められる。
 姿はまだ見えないが、ビーニャというらしい。
 ビーニャは、兵士に止められている‥‥逃げだすなら、今だ。
 ‥‥‥‥逃げ出す?
 どうして。
 彼女が敵とは限らないのに。
 しかし、今まで戦ってきた感覚が、全身で告げている。
 危険だ、と。
「今、こちらのテントは立ち入り禁止になっておりまして。」
「そんなの、私には関係ないし〜、それにぃ、邪魔すると‥‥。」
 一瞬間を置き、兵士に向かってビーニャが告げる。
「コロしちゃうよ?」
 ゾクリ、身が恐怖を訴える。
 ダメだ、このままではあの兵士が本当に殺されてしまう。
 は意を決して、荷物を持ち、表へ出た。
 バルレルが舌打ちしながらも、同じく後をついて出る。
 現れた二人に、ニヤリとビーニャが笑った。
「‥‥‥‥どうやら、私に何か用事があるみたいね、ビーニャさん?」
「ビーニャでいいわよぉ?それとも、ビーニャ様にする?キャハハハ!!」
 笑いながらも、目がを射抜く。
 普通の人間であれば、この場で立ちすくんでしまいそうな瞳だが、残念ながらは違う。
 魔王の眼光を受けて、それでも立っていられる人間。
 大体、この場で崩れてしまうようなら、この後どうなっても文句が言えない。
「‥‥で、何の用なの。」
「そーれーはぁ‥‥‥‥。」
 ニヤリと笑って右手を構えた。
 ――まずい!!
「アンタを試しに来たのよぉぉ!!」
「逃げて!!」
 兵士二人を突き飛ばし、自分も身をひるがえしてビーニャが放った衝撃から逃れる。
 召喚術‥‥‥‥!!
「キャハハハハ!!」
「おいニンゲン!大丈夫か!!?」
「っつぅ‥‥」
 強かに腰を打ったが、その他の外傷はないようだ。
 突き飛ばした兵士‥‥も、無事。
 しかし‥‥こんなキャンプ地のど真ん中で、いきなり召喚術を放つなんて‥‥どういう神経を。
 ビーニャはとバルレルを見つめていた。
「ふぅぅーん、さすがは受け皿なだけあるね、簡単に死んではくれないかぁ。‥‥ま、この程度で死ぬぐらいなら、ガレアノに殺されてるもんねぇ〜。」
「な‥‥!!」
 ガレアノ、あの男‥‥!!?
 の力を封じた男は‥‥ビーニャの仲間??
「ガレアノちゃんに力を封じられてるのに、それでも力が流れてるみたいだしぃ。オモチャにしたら面白いかも〜キャハハハッ!」
 バルレルがに耳打ちする。
 逃げるぞ、と。
 は小さく頷いた。
 彼女は危険だ。
 とにかく、術を封じられている今のには、とても歯が立たない相手。
 戦った所で、勝算はゼロに近い。
 ならば、今は引く。
 ガレアノの時も逃げ出したが‥‥今回も逃げなくてはならないかと思うと、情けない。
 普段は血の気が多いバルレルが、逃げるという手段を取ろうとしている事からも、余程の相手だという事がうかがえるし。
「1,2,3っ!!」
 合図と共に、召喚術を繰り出し、その間に全力で駆け出した。
 兵士にごめんなさい、と謝りつつ‥‥。
 とにかく、ローウェン砦を越えなくては聖王国の先、一番近い所でファナンへは行けない。
 戦闘中だろうが、抜けなくては。
 それに‥‥嫌がおうにも、そちらへ誘導される。
 ビーニャが仕掛けた召喚獣が、そこらに配置されていて、どうしてもローウェン砦へと足を向けさせられる。
 計画的でもあるが‥‥とにかくそれに従うしか、道はない。
 基礎召喚術しか使えない状況では、ほぼバルレルに頼るしかなのだから。
 ならば、戦闘は少ない方がいい。
 それに、魔物より人間相手の方が尚いい。
 話せば分かってくれるかもしれないし‥‥甘い考えだとは思うけれど。
「逃がさないよ!!」
「嘘!!もう来た!!」
 もう少しは時間を稼げるかと思っていたが、甘かったようだ。
 召喚術は間違いなく当たったはずなのに、かすり傷一つ見当たらない。
 ホコリを払って、お終いにした感じだ。
 ‥‥これは、かなりヤバい。
 基礎術力が乏しい今のでは、間違いなく太刀打ちできない人物。
「キャハハハ!!」
「バルレルっ、どうしよぅ!!」
「どうしようもこうしようもあるか!!とにかく砦へ走れ!!!」
 全く休む事なく国境を越える。
 後ろからのビーニャの攻撃を受け、吹っ飛びそうになりながらもなんとか走り続ける。
 バルレルもも、あちこちに傷を負っていた。
 は腕が切り裂かれ、着ていた服を切り裂いて止血する。
 走りながらなので、余り締め上げる事ができていないが、何もしないよりはマシだ。
 やっとの事でローウェン砦へとつく。
 現場は物々しい雰囲気に包まれていた。
 だが、今はそれに圧倒されて立ち止まっている場合ではない。
 焦りを感じながら、後ろを振り向く。
 後ろからきているはずのビーニャの姿が‥‥いつの間にか消えていた。
 諦めたのだろうか‥‥??
「っはぁ‥‥はぁ‥‥」
「‥‥貴方は、さん?」
 兵士の1人が顔を覚えていたのか、声をかけてきた。
「ル、ルヴァイドは‥イオスは‥‥?」
「今、ルヴァイド様は決闘の最中です。もう少しでこの砦も‥‥と、とにかく、止血を――」
 決闘―?
 兵士が渡した布を、バルレルが奪い取るようにして、の腕を手当てする。
 結構深く切れていたのか、痛みに顔をしかめた。
「ニンゲン、少し腕を動かすなよ。」
「うん、わか―――」
 わかった、と言おうとした瞬間、の横を召喚術がかすめる。
 バルレルが術の飛んできた方向を見て、呆れたように溜息をついた。
「おいニンゲン、あの女、お前が相当気になるらしいな‥‥何したんだよ。」
「何もしてないわよ!!」
 待機している兵士を掻き分けて、二人でまた走り出す。
 ど真ん中は戦場――、だけど、あのままいたら、兵士達に迷惑がかかる。
 デグレア兵にしろ、聖王国の兵士にしろ。
 休戦状態になっている様子らしいが‥‥このまま砦に突っ込んでいったら、状況的にまずいだろうか。
 いや、女と子供(一応)が二人で走っていったところで、敵とみなされて殺される事は多分ないだろう。
 軍の皆がルヴァイドともう1人の騎士に、視線を注いでいる。
 集中がそこに集まっていて‥‥。
 ビーニャは、面白そうに、召喚獣を放った。
 ――とバルレルにではなく、待機している‥‥砦の守護隊に向かって。
「ビーニャ!!?」
 が叫ぶ。
 魔獣が、兵士達を食いちぎっていく。
 見ていて気持ちのいいものではない。
「な‥‥アンタが狙ってるのは、私達じゃないの!?」
「あんたはお預け。あんまり手を出すと、私があの人に殺されちゃうもん。だーかーらー、砦を落すのを手伝ってあげようと思ってぇ!」
「ニンゲン避けろ!!」
「!」
 めがけて、ビーニャの召喚術が襲ってくる。
 バルレルが突貫してくれたおかげで、それはなんとか避ける事が出来た。
 二人して転がって、壁を盾にするが‥‥ビーニャの術には、無意味極まりないものだろう。
 そうしている間にも、砦の兵士達が彼女の召喚した魔獣に食われていく。
 あちこちから悲鳴が上がり、まさに地獄絵図と化していた。
「ルヴァイドとイオスはどこに‥‥‥‥??」
「‥‥おい、ニンゲン‥‥あれ見てみろよ。」
「‥‥あぁっ!!」
 バルレルが指し示した方向を見ると‥‥知った顔がそこにあった。
 トリスにマグナ。
 他のメンツは知らないが‥‥結構大所帯の様子。
 ビーニャの出した魔獣と戦っていた。
 彼女もそれに気をとられている。
 ‥‥‥‥それにしても、随分と強くなったもんだ、トリスとマグナ。
「どうする?加勢するか?」
「勿論。‥‥‥‥狙いはビーニャって事で。」
 頷くと、ビーニャに向かって走り出す。
 は術が使えないので、余り無理はできない。
 途中の魔獣たちをなんとか倒しながら、ビーニャに向かう。
 流石に魔獣だけあって、動きが素早い。
 こちらの攻撃は確実にヒットする代わりに、その際、必ずといっていいほど向こうからも攻撃を受ける。
 ボロボロになりつつも、ビーニャとの間にいる最後の魔獣の腹を、バルレルの槍が貫いた。
 トリス達は、達よりは少しビーニャから離れている。
 達の方が、断然ビーニャに近かったから、向こうがいくら大人数で進みが速いといっても距離で見たら、こちらの方が先について当たり前。
 だが距離的にはたいした事がなく、向こうもとバルレルの存在に気付いた様子。
 戦闘中だけに手を振ったりはしないが、視線をこちらに送ってきていたから気付いているはず。
 ビーニャはいらだった様子で、とバルレルを見据えた。
「アンタ達‥‥邪魔したね‥‥。」
 恐ろしいほどの、怒りの空気。
 本気で頭にきているらしいビーニャに、自然と体が構える。
 彼女と対峙するなど、馬鹿な事ではあったのだが‥‥目の前で人が惨殺されていて、それをホイホイと見ていられるほど、は人でなしではない。
 恐怖に屈したその時こそ、本当の恐怖がやってくる。
 今まで嫌という程に感じた。
「たかだか人間の癖に‥‥受け皿の癖に‥‥アタシの邪魔をぉ‥‥っ!!」
 瞬間、異常なまでにビーニャの魔力が膨れ上がる。
 空間が、歪んで見えるほどだ。
 マズイ。
 そう思った瞬間、体は反応していた。
 バルレルが驚愕の表情をに向ける。
 彼女は、今まさに力を放とうとしているビーニャに向かって突貫し、その脇腹を短刀で薙いでいた。
(くぅ‥‥浅いっ!)
 確かに、脇腹を傷つけたのだが、魔力が発する圧迫感に圧されて、力がこもりきらなかった。
 深くはなく、浅くもない。
 しかし常人であれば、必ず痛みを感じて意識がそがれるはずなのに。
 ビーニャは傷つけられた事など意にも介さず、ニヤリと笑うとに向かって溜め込んだ魔力を放つ。
「‥‥!!!」
 バルレルが、やってきたトリスが、マグナが、その瞬間を見た。
 は、ビーニャの術をマトモにくらって‥‥爆風で吹っ飛ばされる。
 既に彼女の意識は、そこにはなかった―――。


(いいかい。決して、決して、呼び声に応えてはいけないよ?)
(もし応えたらどうなるの?)
(応えたら、お前は花嫁にならなくてはいけなくなってしまうからね。)
(お嫁さん‥‥)
(そう、この世ならざる世界の花嫁に‥‥)


 懐かしい声。
 あれは―――お父さん‥‥?




おわーーー!!なんじゃこりゃああああ(錯乱)
多分にオリジナルが‥‥ここまできたら開き直り。
次!やっとこ次!!合流しますぞ!!メインメンツに!!
ネスとかリューグとか‥‥。

2002・6・19

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