壁と呼ばれた砦 1




 平原から移動をはじめて辿り着いたのは、の知らぬ場所だった。
 話によると、聖王国との国境に程近い場所、という事。
 もう少し行くと、聖王国守護の目的で立てられた、ローウェン砦という所があるらしい。
 とバルレルの両名は、ズルズルと彼等に付いて行っていたのだが、もしかしてコレは非常にまずいのではないだろうか。
 ‥‥デグレア、軍事国家。
 イオスとルヴァイドから話を聞いて、自分たちはとんでもない場所に腰をすえていると知る。
 ‥‥これから、どうなるんだろう。
 とっぷりと日も暮れ、たいまつがたかれる頃、はバルレルを荷物番にして、1人で外へ出た。
「ルヴァイド、いる?」
 前のよりも幾分か規模を縮小した形のテントの中に、彼はいた。
 作戦前なのか、なんだか皆ピリピリしている気がする。
 邪魔かもしれないが、とにかく自分達の身の振り方を決めなくてはならない。
「ああ、どうした。」
 を傍に呼ぶと、周りにいた兵士達を少し下がらせた。
「‥‥あのさ、ズバリ聞くけど‥‥もしかして、戦いに行く?」
「そうだ。」
 少しは濁したりするかと思ったのだが、堂々と言ってのけるルヴァイド。
 は頬をカリと掻きながら、次の言葉を捜す。
「私とバルレル、立場としては‥‥捕虜なのかな、そうすると。」
 この時点では憶測だが、この部隊の位置からして、攻めようとしている所は聖王国の壁であるローウェン砦。
 という事は‥‥デグレアは聖王国にとっての敵。
 形の上ではは一応‥‥聖王都にいる人間であるから‥‥。
「捕虜扱いでもかまわんが、そうなると色々面倒なんでな。客という扱いにしてる、今の所はだが。」
「‥‥砦を攻めるの。」
「俺には大義がある。しなければならない事だ。」
 途端にキツイ表情になったルヴァイドを見て、は口をつぐんだ。
 だが、眉根にシワを寄せてしまう。
 大義名分とか、使命とか、は嫌いだった。
 その言葉を掲げて、この世界から消えていった人たちが大勢いる。
 それがいい事であれ悪い事であれ、人を死に至らしめるには簡単すぎる言葉。
 戦うには戦うなりの理由があっての事だろう。
 ルヴァイドにも、言わないだけで‥‥理由があるはずだ。
 なんの理由もなしに戦いを望む者は、ほぼ皆無。
 悪魔でもない限りは‥‥皆、理由があって戦うのだから。
 ルヴァイドの瞳は、かつて戦ったバノッサという男のそれに似ている。
 バノッサは、自分の居場所を求めてさまよっていた。
 迷子の子供のように。
 ――ルヴァイドも、そんな目をしている。
 自分の居場所を求めて迷っているのだろうか。
 自分の居場所を作り出すために、戦うのだろうか。
「私は、どうすればいい?」
「‥‥ここにいろ。戦場にはなるが、常に兵士をつけてお前を守護させる。」
「‥‥‥‥。」
「あちこち戦場になる。ここにいるのが、一番安全だ。」
 ルヴァイドはの頬に手をやり、彼女の瞳を見た。
 彼女の瞳は真っ直ぐで、長い事は直視できず、目線を直ぐにそらす。
「‥‥分かった、とりあえず今は。」
 くるりときびすを返して、テントから出て行く。
 ルヴァイドは少しホッとしながら、机の上の報告書に目を通した。
 戦況は一つ間違えば、こちらに不利になりかねない。
 迅速な行動が要求される。
 でなければ、このテントにまで人が攻めてきかねないのだから。
 そうなれば、彼女が怪我をするかもしれない。
 なるべくなら、それは避けたい事態だった。
「‥‥‥‥俺らしくもない。」
 今更、女1人を守ろうとした所で、今まで殺してきた人々への償いにもならない。
 だが、彼女を死なせたくはなかった。
 どうしてそう思うのか、彼は自身で理解できなかったが‥‥少しの間でも一緒にいれば、情が移る。
 兵士を駒として見なくてはならないデグレア騎士としては、実に浅はかな想いだ。
「失礼しますルヴァイド様。」
「‥‥。」
「ルヴァイド様??」
「あ、ああ、なんだ。」
 ルヴァイドは、イオスが入ってきたことに気付いていなかったらしい。
 慌てて佇まいを直した。
「戦闘準備、ほぼ完了しました。明日には出撃できます。」
「ご苦労。今日は各自ゆっくり休むよう伝えてくれ。」
「‥‥それと、ビーニャの事ですが‥‥。」
 ビーニャの名を出した瞬間、ルヴァイドの表情が暗くなった。
 本国から派遣されてきている召喚師とはいえ、余りいい性格をしているとは言いがたい。
 笑いながら人を殺せる、人らしからぬ人物。
 ビーニャの戦い方を見るだけで、吐き気をもよおす兵士すらいる。
 自分たちの部隊とは別の場所にいるのが幸い。
 を見つけられる事はないはずだから。
「ビーニャがどうした。」
「‥‥あの、こちらのテントに不純物がまぎれてるんじゃないかと‥‥。」
「‥‥どういう事だ。」
「よく分からないのですが、多分‥‥の事を言ってるんじゃないでしょうか。」
 あくまでも憶測ですが、と付け加える。
 ‥‥まさか。
 彼女にがここにいる事など、欠片すら言っていない。
 兵士達も、そういう事情を飲み込んでいるのか、軽く別部隊の人間に話したりはしていないし、第一、ルヴァイドやイオスが兵士達に命令して、発言を抑制している。
 とにかくビーニャがなにを考えているにしろ、を目前に差し出すわけには行かないようだ。
「待機させておけ。こちらに近寄らせるな。」
「分かりました。」
 イオスは一礼すると、テントを出る。
 表情は硬いままだ。
 ビーニャに言い含める事を考えると、眉間にシワが寄ってしまう。
 乾いた風がイオスの頬を撫でた。


 一方のは、一応大人しくバルレルと自分のテントに戻った。
 が入ったのを確認すると、兵士二人が直ぐに入口を固める。
「ねぇ、ちょっといい?」
 兵士のうちの一人に声をかける。
 はい、との方を向いた。
 そんなに長くこの舞台に厄介になっているわけではなかったが、それでも顔見知りは増える。
 見張ってくれている二人も、と顔見知りだ。
「あのさ、明日っていつ出陣するの?」
「‥‥私達は貴方の守りで出陣しませんが、朝には国境を越える予定です。」
「国境って‥‥。」
 丁寧にも指をさして、教えてくれる。
 端を越えて直ぐ、国境だと。
「そっか‥‥。」
「間違っても戦いに行こうなんて、思わないで下さいね。」
 にこっと微笑む兵士クンに、あはは〜と言葉を濁してテント内へ戻る。
 バルレルは、また何を考えてるんだといいた気な表情でを見た。
「オイ、テメェなに考えてるんだ。」
「‥‥‥‥。」
「まさか戦場の真っ只中行こうとか思ってんのか?俺は嬉しいが、力のない今のテメェじゃ、殺されに行くようなもんだろうがよ。」
 まさにその通り。
 だが、バルレルがくれた薬のおかげで力はある程度回復しているし‥‥。
 しかし、行った所で止められないのも事実。
 力があれば止められる、というものでもない。
 ルヴァイドやイオスが、なんの為に戦うのか。
 祖国を守るため‥‥ではない、侵略なのだから。
 彼等が納得して、止める理由を探さなければ戦乱は止まらない。
 ‥‥‥‥だが、彼等は本当に大義のために戦っているのだろうか。
 いや、大義といのは、本当だろう。
 けれど戦乱の原因が、別の所にあるような気がしてならない。
 ガレアノ。
 自分の力を封じたあの男が、戦乱を呼び起こすのに一役買っているような気がして。
 サイジェントでのあの経験が、になにか信号を送っているような‥‥そんな気分になる。
「‥‥大丈夫、今の所動く気はないわ。止めたくたって、私じゃ止められないもの。」
 せめて仲間がいれば‥‥。
 そういえば、とふと思い出す。
「ねぇバルレル、トリスとマグナ、どうしてるかな。」
「さぁな。‥‥生きてるだろうよ、多分。聖女を守るんだって、出て行ったきりだしな。」
 聖女アメル‥‥。
 なにか引っかかりを覚えてしまう。
 ‥‥彼女を狙って、ゼラムで戦いを挑んできた一団がいた。
 自分はそれに関わっていなかったから、襲ってきた人物を知らない。
 後に話を聞く限りでは‥‥‥‥ルヴァイドやイオスと、実に符合する点がある。
 かといって、それを彼等に聞く気はなかった。
 たとえそうであっても、自分は第三者敵立場にいるのだから。
 とりあえず、今は。
「‥‥気分的には、なんとかしたいんだけどなぁ‥‥。」
 トリスやマグナ。
 ゼラムでの友達。
 そんなに長く付き合っている訳ではないが、それでもこの地での大切な人に変わりはない。
「‥‥‥‥とりあえず、寝ようか。」
「あぁ。」
 バルレルは床に座り込み、目をつむる。
 はベッドに滑り込んだ。
 ベッドで寝ろ、とバルレルには再三言っているのだが、そうなるとの方が床寝になってしまう事になる。
 それを考慮してか、彼は先に床に腰を据えてしまう。
 彼なりの、病人()への気遣いだったり。
「お休み、バルレル。」
「‥‥あぁ。」
「‥‥あ、そうだ。」
 一度ベッドから降りて、表に立っている兵士二人に向かって微笑む。
「お休みなさい、あんまりムリしないでねー。」
「は、はい‥‥。」
 目をパチパチさせながら、中へ入るを見送った。
 ‥‥戦場に似つかわしくない人物だが、彼女を守る仕事で良かったと本気で思う。

 翌、日が昇る頃。
 居残り組みを残し、一団は国境に向けて出陣していった。



一編一編がちょっと短めでスミマセン〜;;
進みが遅い創作ですが、のんびり付き合ってくださると嬉しいです。
コメントも短いな‥‥;;

2002・6・7

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