呪縛と刻印 5 熱い。 手の甲が、焼ける。 炎を押し付けられているみたいに熱くて、痛い。 無意識に、今ここにはいない人物に助けを求めた。 ―――トウヤ、そばに、いて。 ひやり、とした感覚に目を覚ます。 「‥‥大丈夫か、うなされていたぞ。」 誰だろうと目をあけると‥‥。 「イオス‥‥。」 「朝食だ、余りいい物はないが、我慢してくれ。」 「大丈夫、気にしないで。食料だって、そうそうある訳ではないでしょう?」 なんといっても、軍の遠征テントのようだし。 はイオスから食事を受け取ると、口に運んだ。 全てを平らげ、食器をイオスに返す。 ‥‥そういえば、バルレルの姿がない。 見回してみても、それらしき姿は見当たらなかった。 自分に愛想をつかして出て行ったのだろうか。 ‥‥そんな事はないはず。 昨日、暫く付き合ってやる、と言ったばかりなのだから。 悪魔だから嘘をついた、といえばそれまでだが、あの真剣な眼差しに嘘は見えなかった。 「イオス、バルレル‥‥私の護衛獣見なかった?」 「あ、ああ、彼なら今朝はやくにどこかへ‥‥。」 「‥‥本当?」 どうして、なにも言わずに――。 探さないと。 無理矢理身体を起こし、ベッドから降りようとするを、イオスは慌てて止めた。 まだ体調が万全とはいえない彼女を外へ出したりしたら、それこそ再起不能になりかねない。 そうでなくとも、周りはおいそれと1人で歩いて平気な場所ではない。 ついこの間まではいなかったような凶悪なモンスターが、何故か平原に徘徊していたりするのだから。 それでも行こうとするを、無理矢理ベッドに寝かせる。 「護衛召喚獣を探すために、自分が倒れてもいいのか!?」 「いいわよ倒れたって!」 「なん‥‥」 間髪いれずに返ってきた返事に、イオスは驚く。 「バルレルがいなかったら、私とっくに死んでたんだから! ‥‥確かに、イオスやルヴァイドに助けてもらったけど、あいつは‥‥私の大切な友人だから‥‥だからっ‥‥!!」 「‥‥。」 泣きそうなに、慌てて彼女の手を握って落ち着かせようとする。 ‥‥そんな自分自身の行動に驚いて、目をパチパチさせてしまった。 (な、なにしてるんだ僕は‥‥) 二人の間に、微妙な沈黙が訪れる。 ゆっくりと手を放した。 ‥‥とりあえず落ち着かせる効果はあったようだ。 「テメェら、なにラヴシーンしてるんだよ。」 「バルレル!!」 「よぉ、生きてるな。」 何気にイオスとの間に割るようにして入り込むバルレルに、イオスは少々ムッとした。 理由はどうあれ、いきなり人の横に割り込むようなヤツは好きではない。 はバルレルの腕を引っ張り抱きしめると”お帰りなさい”、といって手を離した。 ”ケッ”と言いながらも、頬が微妙に赤いのは気のせいではないだろう。 「詮索するつもりはないけど、どこ行ってたの?」 「詮索してるじゃねーか。‥‥コレを採りに行ってたんだよ。」 「?」 ペシ、と半投げつけの状態でに草を渡した。 「‥‥草?」 「ああ、それをすり潰して飲め。本当はもっとしっかりした解呪薬がいいんだがよ、今それを作れる状況にねェからな。その草だけでも、多少なり呪いに効くはずだ。」 「どうして知ってるの??ってか、その為に採りに‥‥」 あのなぁ、と少々呆れながら、ベッド脇に座り込む。 「知ってるに決まってんだろ?サプレスの悪魔だぜ。それにな、テメェの力がもどらねぇと、この俺が苦労するんだよ。」 それ以上でも、それ以下でもねーからなと言って、目を閉じたバルレルは、疲れていたのかクークー寝てしまった。 「‥‥ありがと、バルレル‥‥。」 そっと頭を撫でてやると、ガキ扱いするなと言わんばかりに手を振り払われた。 ‥‥実に彼らしい。寝てるのに。 「、それを貸してくれ。潰して、飲みやすいようにしてくる。」 「イオス、ありがとう。」 いや、と一言だけ告げると、外へ出た。 ‥‥ちぐはぐなコンビだが、傍にいると暖かい気持ちになる。 コンビ、のせいなのだろうか。 それとも――。 「‥‥馬鹿馬鹿しい。会って間もないのに、好きも嫌いもあるか‥‥。」 数日後、バルレルが持ってきてくれた薬が功を奏したか、の力は微量ながら回復していた。 基本召喚術は、問題なく作動するまでに回復。 力を封印されて以来、召喚術に対する能力は一様にダウンしていたが、剣術技の方は今まで通り‥という訳ではないが、そこそこ使えるようだったので、一応身を守る事は出来そうだ。 召喚術を使えない上、厄介なのは新たに誓約できない事。 元々誓約をしていた護衛獣であるバルレルや、今までに誓約していた獣は問題ないのだが、余りに高位すぎて、現在のでは使う事が出来ない。 せいぜい、頑張ったってBランク。 使えない分は、剣術でフォローするしかない。 「これからどうしよう‥‥。」 「‥‥俺に聞くな。」 以前と変わらず動けるようになったは、テントの外に出て周りの景色を眺めていた。 テントの中からではほとんど分からなかったが、やはり軍部のテントらしい。 あちこちに見張りが立ち、広い場所では数名が技を競い合っている。 それにしても、どうしてこんな平原にテントを張っているのだろうか。 ゼラムの騎士団、という感じではないし。 かといって、ファナンのそれとは違う。 ファナンは、ゼラムへ向かう際に通ってきただけだったが、あそこの騎士連中とはかなり風体が違うので直ぐに分かる。 当たり前だが、サイジェントの騎士団とも違う。 残念ながら、はリィンバウムの地理に詳しくないので、どこにどの国があるのかは分からない。 その為、騎士団についての知識も乏しい。 もう少し勉強しておくべきだったかと後悔した。 「‥‥‥‥ルヴァイドに聞いてみようかな。」 バルレルに「ちょっと言ってくる」とだけ言い、立ち上がる。 彼がどのテントにいるかは分からなかったが、警戒が厳重な所を探してみればいい。 そしてそれは、案外あっさりと見つかった。 なにせ、テントの大きさからして他と違うのだから、直ぐに見つかるに決まっている。 入ろうとして勿論の事、兵士に止められた。 「なんだお前。」 「あっちの医療テントにいたって言うんだけど。ルヴァイドに会いたいの。」 「‥‥あぁ、行き倒れの娘か。少し待て。」 兵士が、テントの中に入っていく。 直ぐに出て来て、入れ、と一言だけ言われたのでお言葉に甘えてさっさと入る。 ‥‥それにしても、行き倒れの娘とは‥‥なんだか複雑な気分だ。 確かに、見ようによっては行き倒れなのだが。 「お邪魔さまー。」 「なんだ。」 無表情な声。 忙しいのだろうか。 「今邪魔かなぁ。」 「いや、気にするな。用件はなんだ。」 背中を向けたままでいるルヴァイドだったが、話を聞いてくれる気はあるようだったので、手近な場所に腰をすえる。 大きな地図を見ながら、色々書き記している彼。 ‥‥軍事作戦。 頭に浮かんだ言葉は、余り良さそうな物ではなかった。 「ルヴァイド、ここは‥‥どの辺?ゼラム寄り?それとも‥‥」 「どちらかといえば、ファナンに近いな。」 やはり、ゼラムからは少し離れている。 となると、ファナンで一度物資補給して‥‥あぁ、そういえばお金もそんなになかったっけ。 路銀は、殆どがゼラムの借り部屋に置いてきている。 バルレルが持ってきたのは、小銭の入っている袋の方だったし。 まあ、彼がそこまで気を利かせてくれただけでもありがたいのだが。 「‥‥ところで、ルヴァイド達って‥‥」 「失礼します、ルヴァイド様。」 「あ、イオス。」 「?大丈夫なのか??」 入ってきたイオスにヒラヒラと手を振る。 大丈夫だよ、というサイン。 彼はは頷くと、ルヴァイドの方に目線を向けた。 「食料、武器、その他補給物資のチェック終わりました。余り量がありません。一度本部に戻って、補充してからの方がよろしいかと‥‥。」 「そうか、ご苦労だった。」 ‥‥今のは大事な話なんじゃないだろうか。 自分がいる場で、言ってしまっていいんだろうか、なんて部外者のの方が気を使っている。 「ねぇ、ルヴァイドとイオスって、騎士なんでしょう?」 「ああ、そうだ。」 ルヴァイドの方が答える。イオスはまだテント内で待機しているので、とルヴァイドの会話を横で聞いていた。 というよりこの場合、会話に参加させられているといっていい。 「どこの騎士団?ゼラムやファナンではないでしょう? サイジェントでもないし。」 「‥‥‥‥お前は、どこから来た。」 質問に質問で返さないでよ〜といいながらも、厄介になっている相手なので、素直に答える事にする。 勿論、マズそうな事はベラベラと喋ったりはしないが。 「私は西のサイジェントから来たの。召喚術の勉強にね。」 「なるほど。」 「で、どこの騎士団なの?」 イオスがルヴァイドの顔を見る。 言ってしまってもいいのだろうか、いや、別に問題はないはず。 どこの召喚師であれ、自分たちの敵である事に変わりはなく、そして、現状ではは自分等の敵ではないのだから。 「‥‥デグレアだ。」 「でぐれあ??」 知識を振り絞る。 ‥‥‥‥ダメだ、思い出せない。 「ごめん、知らないわ。」 「‥‥それならそれでいい。別に気にすることはない。」 ルヴァイドの言葉からは全く感じ取れなかったが、実際彼はが祖国を知らなくてホッとしていた。 イオスもまた、ホッとしていて。 彼女を騙すつもりは毛頭ないのだが、今、この国を‥‥ゼラムを、世界を落そうとしている者だなんて知られたくはなかった。 は余りに一般人で‥‥自分たちの闇を、見せたくはなくて。 黙っていた所で、彼女が自分たちの<仕事>に気付くのは、そう遠い日ではない。 彼等は、国の代理である者たちから、とある場所を攻め落とせと命令を受けていたから。 仕事は迅速に済まさねばならない。 そう、あの夜、村の人々を大儀という名の元に殺したように。 それが自分の意に染まぬ仕事であろうが、関係ない。 ‥‥ルヴァイドは、いつの間にか自分が暗い表情をしていることに気付いていなかった。 「ルヴァイド様‥‥。」 気付いたイオスが声をかけるが、反応しない。 「‥‥ルヴァイド、よく分からないけど辛いんだね。」 「?」 がルヴァイドの隣に腰を落ち着け、彼の顔を覗き込む。 明るい瞳が、彼の暗い瞳を見つめた。 「辛い時は人に頼れ、なんて言うけど‥‥出来ない時だって、あるよね。」 「‥‥‥‥。」 自分の愚かさを呪いたい時だってある。 自分の力のなさを嘆きたい時だってある。 それが間違っていたとしても、結局最後に選ぶのは、自分の心。 「ルヴァイドが進む道、間違ってるの?」 「‥‥血塗られた道だ。」 誰かを傷つけてしか、進めない道。 それは、自分たちの‥‥親のしでかした事への、謝罪。 そうする事でしか、自分を保てない。 「横道には逃げられないんだ。」 「お前に分かるものか。」 冷たく言い放つが、には全く効果がなかった。 話の内容にそぐわない、ニコニコした表情をしている。 「お前の両親を俺が殺しても‥‥お前はそうやって笑っていられるのか?」 あの村の者たちはどうだろう。 自分たちが捕まえようとしている聖女は。 憎むだろう、恨むだろう。 その恨みで、殺されてしまいたいと思う日さえある。 「大丈夫。」 「?」 「私の両親、絶対に倒せないよ。」 「‥‥どういう‥‥。」 ルヴァイドが問う。はテントの外に半分体を出していた。 「私の両親は、リィンバウムにはいないから。」 「!?」 どういう意味だと問おうとしたが、既にはテント外へ出てしまっていた。 今まで沈黙を守っていたイオスが、不思議そうな表情での去った方向を見る。 「‥‥彼女、何者なんでしょう。」 「‥‥とんだ拾い物かもしれんな‥‥。」 幾分か表情を緩ませ、のいなくなった方を見る。 暫く後、嫌な空気がそのテント内を包んでいた。 ガレアノ‥‥、の力を封じたあの男が、ルヴァイドに補給物資を届けに来たからだ。 の事は伏せたまま、なんとかやり過ごす事が出来た。 翌日、彼等はとある場所へと移動する事になる。 ローウェン砦。 聖王都の壁を陥落させる為に。 ちょっと長めな感じになってしまいまいた。 ボリューム的にはコレ位がいいのかなぁ…でも、少し辛いですな、書く側としては。 最後のガレアノ、エピソード入れようと思ったんですが無駄に長くなるので略。 イオスもルヴァイドも、ジンワリな感じでラブに。いきなりってのは性に合わないので。 毎回ですが、バルレル偽ですな、持ってきた草は、名称考えてません(汗) 進み方が完全にオリジナルですな‥‥苦手な方申し訳ない。 2002・5・27 back |