呪縛と刻印 4




 とバルレルは、うっそうとした森の中からなんとか抜け出し、ファナン方面に向かって、大平原を歩いていた。
 もう夜中もとうに過ぎているので、本当は眠りたいのだが‥‥体一つで野宿できるとも思わない。
 とにかく、先に進むしかなかった。
「おい、大丈夫か?」
「バルレルが人の心配するなんて、槍が降ってきそう‥‥あははっ‥‥。」
 吐かれる言葉に、覇気は感じられない。
 疲労からか、歩みもしばしばふらつく。
 バルレルは後ろのの気配を気にしながら、ゆっくり歩くように心がける。
 暫く、二人は無言で歩いた。
「‥‥っ‥‥。」
 いきなり後ろの気配が消え、慌てて振り返ると、が崩れるようにして倒れていた。
「おい!!」
 駆け寄り、抱き起こす。
 なんだか息が荒く、体全体が熱い。
 ‥‥その中でも、右手の甲の印‥‥、あの、呪いの刻印が特に熱を持っている。
 マズイ。
 の体の中にある力が、呪いに拒否反応を起こしているのだろう。
 治まるまで時間がかかるだろうし‥‥それに、この姿のままでは、体力を消耗しすぎる。
 寝巻きなんて生地の薄いものでは、体温を留めていられない。
 マントの一つでも持ってくるんだったと、後悔した。
「おい、しっかりしろ!」
「っは‥‥ごめ‥‥バルレル‥‥平気、だから‥‥。」
 ふらつきながら、それでも立ち上がろうとするが‥‥全身の力が入らず、すぐに崩れ落ちる。
 バルレルに寄りかかるようにして、無理矢理息を整えた。
「ふ‥‥っ‥‥ごめ‥‥。」
「謝ってる場合かよ!‥‥畜生‥‥どうすりゃいい‥‥。」
 自分の不甲斐なさに、口唇をきつく噛み締める。
 ‥‥ふと、後ろから誰かがやってくる気配がして‥‥槍を取り出し、警戒心を強めた。
 もし、魔物の類だと‥‥少々厄介だ。
 こんな状態のを抱えて戦うなんて、常人のそれではない。
 本来の姿であれば容易だが、今は子供の姿。
「チッ‥‥。」
 馬は、彼等の側に近寄ると、その足をとめた。
 馬上には、赤い髪をした男が、冷たげな視線を放っている。
 攻撃してくる様子は‥‥今の所はない。
「貴様等、ここで何をしている。」


「‥‥ありがとうございます、助かりました。」
 仮設ベッドの上で、ぺこりとがお辞儀をする。
 大平原に現れた男は、ヘバっているを担ぎ、バルレルを連れ、自分たちのテントに連れて行き、看病し始めた。
 とりあえず、現時点では敵ではないらしい。
「俺は、騎士ルヴァイド。こっちはイオスと言う。なにかあれば、彼に言いつけてくれ。」
「おい、お前ら‥‥なんで俺達を助けた。」
 バルレルは、全く警戒を解かずにの側についている。
 その射抜くような視線を受けながらも、平然と彼は答えた。
「野垂れ死にした方がよかったか?‥‥所用を受け、ここに帰る途中、目に付いたから助けた。それだけだ。」
 そういい放つと、イオスに任せて自分はテントの外に出る。
 イオスは、とりあえず清潔な布を水に濡らし、額に当ててやった。
「‥‥あり、がと‥‥。」
「イチイチ礼を言わなくていい。少し休んだら、着替えるといい。一人でできるか?」
 出来ないのであれば、手伝うとサラリと言う。
 流石に男の人に体を見られるのは‥‥戸惑いがあるので、丁寧に断った。
 イオスは分かった、と答えると、とりあえず着替えを置き、食事やその他必要なものを取りに、テントの外へと出て行った。
 二人だけになり、バルレルはやっとの事で警戒を解く。
 とはいえ、いつ何時、なにがあるか分からないので、槍は近くに置いたままだが。
「バル、レル‥‥なんなの、私‥‥どうしちゃったの‥‥?」
 今までの元気のよさからは考えようもつかない程、か細い声。
 召喚術が使えない。
 その事実が、を押しつぶしそうなぐらいの不安を与えた。
 泣きそうになる彼女を見て、バルレルは小さく頭を小突いた。
「こら、お前がそんなに弱気でどうすんだよ。いつもみたいに、なんとかなる、って思ってろ!そうじゃねぇと、なんも出来なくなるだろうが。」
「‥‥‥‥うん。」
 ぐしぐしと目を擦り、涙をふく。
 は自分の手の甲の印を見つめた。
 熱い。体もそれに影響されているように、熱い。
 あの、ガレアノという男が原因なのは間違いないのだが‥‥かけられた呪いの種類さえ判らない。
 というより、呪いというもの自体、始めて見たのだから。
「憶測だけどな。今テメェがそんなにヘロヘロになってるのは、体の中にある力とが、その呪いの押さえつける力と戦ってるからだ。」
「どういう‥‥事?」
「つまり、だ。おメェは、常人より強い。普通のニンゲンなら、術を掛けられた時点で、あっさり術が全く使えなくなる。だが、テメェは違う。」
 先の戦い‥‥トウヤ達と協力し、魔王を打ち倒した戦いで、は信じられないぐらいに強くなった。
 術自体は不安定極まりないが、とにかく資質は計り知れないものがある。
 体の中に蓄積されたサプレスの術者としての力が、呪いというカセに対して猛反発しているから、体の方に異常が出た。
 呪いに負けてしまえば、解呪されるまで完全に術は使用不可能となり、勝てば、呪い自体の効力がなくなる。
 今はその戦いの真っ只中で、体が自由に動かないのだろう。
 外し方は‥‥知らないが。
 バルレルの場合、元の姿の時にたとえ掛けられたとしても、そんなものは自分に到達する前に、粉砕している。
 大体、悪魔がニンゲンに呪いをかけるなんて、始めて聞いた。
 というか、ニンゲンに呪いがかかるなんて―――。
「‥‥凄い召喚師でも‥‥外せるかわからないって‥‥言ってた。」
「‥‥これじゃ、誓約を外す事もできねぇな‥‥ま、いいけどよ。」
「?」
「暫く付き合ってやる。‥‥なんか、イヤな感じもするしな。」
 そう言うと、バルレルはの隣に腰をすえた。
「目、つぶっててやるから、着替え済ませろ。」
「あ、うん‥‥。」
 流石に手伝う訳にはいかず、ベッドの下で目をつむって待つ。
 衣擦れの音がし、終わったのが判ると、目を開く。
「‥‥とにかく今は、体をなんとかしやがれ。いいな。」
「分かってる。」
 とにかく、今は体をなんとかしなくてはならない。
 全てはそれから、と目をつむる。


「あの娘はどうした。」
「眠ったようです。護衛獣が付き添っているので、大丈夫です。」
 イオスの報告を聞き、ルヴァイドは溜息をついた。
 一応、安心したらしい。
 それにしても‥‥何故、あんな所に倒れていたのだろう。
「‥‥イオス。」
「はっ。」
「‥‥助けた事は、奴等には秘密にしておくぞ。」
「で、ですが‥‥発覚したらルヴァイド様が‥‥。」
 勝手に人を入れたことがバレでもしたら、彼の立場がまずくなる。
 あの娘の為に、ルヴァイドを危険にさらす訳にはいかない。
 かといって、助けてしまった人間を今更投げ飛ばす気にもなれないし、それをしたら、ルヴァイドを怒らせるだろう。
「‥‥いいな、黙っていろ。」
「はい。」
 イオスは一礼すると、テントを出た。
 月が彼を照らす。
 影は長く、闇を落とした。



久々な更新。短くてすみませんです。お話にまとまりないし。
徐々に進めます‥‥はい。

2002・5・14

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