呪縛と刻印 3




 バルレルは、必死にの気配を追っていた。
 そんなに遠くへ行っている感じではない。
 聖女‥‥前、ゼラムでギブソンとミモザ邸で一時、見たことがあるアメルという少女がいたという村より、もっと西。
 ファナン方面に向かう森近くで、の気配を感じる。
 息を切らして全力疾走している自分が、なんだか惨めな気がした。
「ハァッ‥‥クソ!俺は別にアイツが心配なんじゃねぇからな!」
 自分を召喚した人間にいなくなられたら、サプレスに帰ることができなくなるからだと、誰にともなく言い訳をしながら、それでもバルレルは必死で走っていた。
 嫌な予感は、のいる場所に近付くに連れて大きくなってきている。
 不安を駆り立てられて、焦る気持ちを抑えようもなく、とにかく走り続けた。
 やっとの事で気配の濃厚な森の中へと入ったが‥魔物の気配が濃い。
「なんだよ‥‥なにが起こってるんだよっ‥‥。」
 異様な空気を発する森の中の、の小さな気配を探して、なおも疾走する。
 こんな時、元の姿だったらと思ってしまう自分を感じながら。


「っく‥‥!」
 追っ手の魔物の攻撃を、ギリギリの所で避ける。
 そのうちの一匹の爪が、の体をかすめて彼女の薄皮を切り裂いた。
 少しの痛みが体に走るが、そんなことを気にしていられる状況でもなく。
 再度繰り出された攻撃を、拾った棒きれでなんとか防ぎ、次の魔物の攻撃が来る前に、きびすを返して走り出す。
 自分より明らかに力もあり、大きさもある魔物相手に、その辺で拾った棒では太刀打ちできない。
 もし、力いっぱいに爪を振り下ろされたら、棒は粉砕してしまうかもしれないし、そうなると、間違いなく自分はあの世行きだ。
「あぁもう‥‥召喚術は使えないし‥‥っ!!」
 全く使えない訳ではない。
 基本的な召喚術なんかは、まだ使えるだろう。
 魔力が完全に消えうせている訳ではないようなので。
 ただ、今は装備を含めた全ての荷物が手元にないため、どちらにせよ術は使えない。
 なんとか一人で魔物二体から逃げ回っているが、体術だけでは逃げ切れる可能性は低いし。
 森をどこへ進んでいるのかさっぱり分からないが、とにかく走るしかない。
 幸いにも身軽な方だったので、今のところはかすり傷程度で済んでいる。
 これからも、という保障は全くないが。
 このまま走っていても、魔物が退散してくれるとは思えない。
 まるで的を絞っているかのように、を執拗に追ってくる魔物。
 あの、ガレアノという男が呼び出したのだろう。
 なんの理由でかは分からないが、なにか理由があるから、こんな状況になっているんだろうし。

 ―なんて、余計な事を考えていたのが悪かった。

「っきゃぁっ!」
 足元にあった枝に、思い切りつまづいてしまい、受身を取る間もなく倒れる。
 魔物のうちの一体が、上にのしかかり、もう一体が腕を掴んだ。
 爪が食い込み、血がにじみ出る。
 ――魔物って、こんなに‥‥考えた行動したっけ?
 なんて、自分の置かれた状況とはかけ離れた事を考えた。
「っく‥‥!!」
 持っていた棒を振りかざすが、魔物には傷一つつけられない。
 死ぬのかもしれない。
 トウヤに、ソルに‥‥リプレやアヤメ、フラットの皆になんて言い訳しよう。
 ちゃんと、帰るって約束したのに。
 目は閉じない。
 恐怖から逃げない。
 最後の最後まで、目の前のものから逃げない。
 たとえ、最後に見たものが魔物であったとしても。
 魔物の爪が、振り下ろされる瞬間‥‥、は信じられないものを見た。
 後ろから見覚えのある槍の矛先が、魔物を突き抜けて一瞬での上に乗っていたソレを塵に還す。
 腕を掴んでいた方の魔物は、いきなり起こったその異常事態に、反応が一瞬遅れた。
 その隙を逃がさぬかのように、もう一体も一瞬で塵と消える。
 は信じられない思いを抱きながら、目の前の人物を見た。
「‥‥無事だな。」
「ば‥‥バルレル‥‥。」
 がばっと起き上がると、助けてくれたその人物、自分の護衛召喚獣バルレルは、槍をしまって、荒い息をつきながら座り込んだ。
「‥‥っぜぇ‥‥ぜぇ‥‥疲れた‥‥。」
「あ、ありがとう‥‥。ところで、どうやってココへ‥‥。」
 息を整え、肩を回しながらの質問に答える。
「あぁ、お前いきなり消えたろ。気配が残ってたんで、それを追ってきた。ここは‥‥ゼラムの西側だ。俺も滅茶苦茶走ってきたから、詳しくはわかんねぇ。」
 は、ふぅっと溜息をついた。
 バルレルは、とりあえず、彼女がいつも使っているサモナイト石付きの武具や装飾品は持って来ていたので、渡す。
 だが、服の類は持って来なかった。
 焦っていたので、ひとまとめになっていた腰につけるバッグしか持って来ていない。
 まあ、石があるだけましだが。
 爪でやられた、自分の腕を見る。
 血が滴っているが、傷自体はそんなに酷くもないようだ。
 だが、包帯もなにもない。リプシーを呼び出す力も、すでになかった。
「‥‥おい、自分で回復しろよ。」
「それが‥‥術封じられちゃってまして。」
 バルレルに、あったことをそのまま話す。
 彼は信じられない思いで、の右手の甲を見た。
 ――確かに、刻印がある。
 サプレスの悪魔が用いる、封じの術によく似ている。
 それとは少し違うようだったが、確かに彼女からいつもの力が感じられない。
 厄介なものを植え付けられたものだ。
「解呪できるのか?」
「私じゃ無理みたい‥‥。トウヤやソルだったら、なんかわかるかもしれないけど。」
 トウヤとソル。
 名前はから何度か聞いているが、どういう人物かは知らない。
 はサイジェントから来た人間。
 という事は、その二人もサイジェントの人間かもしれない。
 ここから自由都市サイジェントまでは、かなり遠いので、どちらにしろ今すぐには無理な話だ。
「どうする?ここからゼラムまで戻るか?それとも‥‥。」
「‥‥近いのは、ファナンかもしれないね。そこまで行こうか‥‥。サイジェントに行くなら、ファナンのほうが近いし。」
「そうだな、寝巻き姿をなんとかしねぇとヤベェしな。」
 今頃気付いた。
 は寝巻き姿のままで、戦っていたのだ。
「バルレルえっちぃ!」
「‥‥‥‥あのな。」
 元気があるんだったら大丈夫だろうと、少し安心する。
 とにかく、腕の止血だ。
 はパジャマの腕の部分を引きちぎると、それで止血した。
 衛生的とはいえないが、この場合仕方ない。
 二人は立ち上がると、歩き出した。
 とりあえず、先導できそうなバルレルを前にして。


 一方、サイジェント。
 トウヤは、右手の痛みを覚えて目を覚ました。
 嫌な感覚。
「‥‥‥‥?」
 ずきずきと、右手の甲がうずく。
 彼女になにかあったのだろうか。
 トウヤはいてもたってもいられない気分になった。
 だが、テレパシーが使えるわけでもない。
 無性にが気になり、窓の外に視線をやった。
「どうした、トウヤ?」
「あぁ‥‥ソル。いや、別に‥‥。」
 ふぅん、と気にした様子もないソルだったが、彼もまた、嫌な予感が身を包んでいた。
 は聖王国へと向かった。
 ‥‥正確な位置は把握していない。
 ギブソンとミモザがついているし、そんなに心配するような‥‥事もないだろう。
 ないはず。
 窓から空を見つめながら、彼女の無事を祈った。
 すぐに傍に行く事が出来ない、自分を悔いながら。



すみません、中途半端;;毎回ですが。
次。次は黒の旅団と接触‥‥する予定。
ルヴァイドとイオス、ゼルフィルド〜出現予定。
ちなみに、うちの誓約者は、トウヤのみです。ソルがパートナー。
ハヤトも一応出す予定ですが、誓約者ではありません。
‥‥なんか、この時点でもう‥‥始末に終えない頭の中身になってます;;

2002・4・24

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